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日記
しおりを挟む自室に戻ったアレクサンデルは、ベッドに座って窓からの差し込む月の光を見ていた。
なぜ、3年もの間の記憶が無いのか。
なぜ、昼間の自分は婚約者を冷遇するのか。
なぜ、昼間の自分は、猿だと言って馬鹿にしていた相手に欲情するのか。
なぜ、なぜ、なぜ。
ロドルフが調べてくれると言っていたので、頼る事にした。
それは仕方が無い。
なぜなら、アレクサンデルは昼間は別人であり、調べる事が出来ないのだから。
「いや、出来る事を探そう」
まずは自由に動き回れる部屋の中だ。
ベッドから立ち上がったアレクサンデルは、部屋にある机へと向かった。
上から順に引き出しを開ける。
見覚えの有るものも、無いものも、綺麗に整理整頓されて入っている。
そういうところは、自分では無いが自分がやったのだと納得する。根本は変わっていない。
それならば、なぜ。
1番下の引き出しを開け、ふと思い出して上の段の板に触れた。
1番下の引き出しは大きく深く、目一杯物を入れる事が無いので、上の板に薄い本が入る程度の袋を貼り付けた、簡易な隠し場所を作ったのだ。
「メイドが片付けたのならば、ここの日記はまだあるはず」
触れると、確かに硬い感触がした。
誰にも読まれたくない、恥ずかしいセレシアへの愛が詰まった日記。
アレクサンデルの記憶では、中等学校入学式で見掛けた愛しい婚約者への愛と、フラート子爵令息に聞いた閨の話により妄想した願望を書いたのが最後だった。
「……あれ?」
周りに誰も居ない事を確認して開いた日記には、記憶よりも1日多く日記が書かれていた。
日付は、入学式の翌日。記憶を無くした当日である。
『一晩考えたけど、フラート卿の提案を受け入れようと思う。』
そう書き出してあるので、当日の朝に書かれたものだろう。
『セシィと抱き合う夢を見た。』
間違い無く自分の字なのに、アレクサンデルの記憶には全然無い内容だ。
『このままでは、僕はセシィの純潔を結婚前に無理矢理奪ってしまうかもしれない。そうしたら、僕に非があってもセシィは正妃になれなくなってしまう。』
婚姻時に純潔でないと王太子の妃にはなれない。勿論、正妃だけでなく、側妃としても同じ条件だ。しかし、純潔云々の件は女性側には知らされない。
それは、託卵や体から籠絡しようとする者への対策だった。知ってしまえば、やり口が巧妙になって防ぎ難くなってしまうからだ。
「ははは。そうだった。それなら猿は僕の妻にはなれない」
だから、ロドルフがスヒッペル伯爵令嬢の件を、あまり重要視していないのだと気が付く。
それにしても、とアレクサンデルは首を傾げた。
まだ側近候補なので、学生の三人は知らない。
しかし、王太子は知っているはずだ。
勿論、セシリアの父であるヴォルテルス公爵も知っているが、まさかスヒッペル伯爵令嬢と既に関係を持っているとは思っていないだろう。
「昼間の様子を聞く限り、王太子は猿との関係を隠していない。なぜ、そんな自分の評判を落とす事をしてるんだろう?」
スヒッペル伯爵令嬢は、正妃にも側妃にもなれない。妾がせいぜいだ。
純潔の件を忘れてる?
それとも、他に理由があるのだろうか。
アレクサンデルには判らなかった。
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