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満月の夜
しおりを挟む月が地上に近くいつも以上に大きく、そして明るい夜。
ベッドの上で月光を浴びていたこの国の王太子は、不意に目が冴えた。
覚めたというよりも、冴えたのである。
バチリと音がしそうな勢いで目を開け、体を起こした。
少しの違和感を感じたが、それよりも部屋の中の様子が気になった。
記憶の中の部屋とは、微妙に違う。
知らない物が増えており、お気に入りだった物が消えていた。
特に、婚約者から貰った物が一つも無い。
いつでも会えるようにと、壁に飾られていた小さな姿絵も無くなっていた。
「何か……変だな」
呟いた自分の声にも驚いた。
これ程低くは無かったはずだ、と。
視界の隅にある机の上が目に入った。
几帳面な自分にしては、珍しく本が置きっ放しになっている。本は全て、所定の位置に置かないと、何となく気持ちが悪いのだ。
目を凝らしても、遠くにある机の上がベッドの上に居る自分に見えるはずもなく。
諦めてベッドが降り、立ち上がった。
「うお?!」
想像以上に高い視点に、思わず体がグラリと揺れる。
いつも通り歩いているつもりなのに、一歩の歩幅が大きいのが判る。
たどり着いた机も、やはり記憶の中よりも低く小さい。しかし子供の頃に端に付けた傷が、自分の机だと証明していた。
横にある本棚も、目線の高さと記憶の中の段数が違う。
そして、机の上に置いてあった本。
「高等学校?」
そこに有ったのは、高等学校の教科書だった。
「明日は、中等部の入学式だったはずなのに?」
教科書が有るという事は、高等部の入学式が終わっているという事。
「僕の3年間の記憶は、どこへ行ってしまったんだ?」
夢ではないかと手の甲を抓ってみたが、残念ながらしっかりと痛かった。
色々と不安だが、王太子の1番の不安は婚約者の事だった。
大好きな、とても大好きな、幼い頃からの婚約者。
セシリア・ヴォルテルス公爵令嬢。
年の近い貴族令嬢とのお茶会と言う名のお見合いの時。
一目惚れをしたのは王太子の方だった。
積極的な他の令嬢達と違い、控えめに席に座って紅茶を飲んでいた。
元々が地力のある公爵家の令嬢なので、政界の力関係等も有り、家族にも別に頑張らなくても良いと言われていたのだろう。
その余裕のある様がとても王妃に向いているように、王太子には見えた。
無論、そのような事を脇に置いても、光を受けて輝く白金の髪や、薔薇色の頬も、春の空のようにほんのりと紫がかった薄青い瞳も、瑞々しい桃色の唇も、何もかもが王太子を惹き付けていたが……。
「彼女と婚約します!」
まだ1度目の顔合わせのお茶会なのに、セシリアの手を取り宣言してしまい、周りの大人達を慌てさせた。
「まだ、早いわよ。他のご令嬢ともお話してみて」
王妃が宥めても、王太子は首を横に振った。そもそもセシリアとも会話などしていない。
セシリアの母、ヴォルテルス公爵夫人も王妃と共に王太子をやんわりと諌めたが、王太子はセシリアの手を離さなかった。
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