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新たな婚約

16:勢い余って

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 結局、何も言い訳の出来ない元婚約者は、食堂から去って行きました。
 入れ替わりで食堂へ来た殿下は、その異様な雰囲気に「何があった?」と首を傾げていました。

 せっかく上がっていた元婚約者の株は大暴落です。
 私への献身的な態度も、全て演技だと皆にバレたようです。
 それはそうですよね。
 他人の評判を落として自分を上げようとするなど、人としてどうかと思います。
 それほど私が好きだ、とかならまだ救いが有るのですが、彼に有るのは自己愛です。


 この件で慰謝料の額が跳ね上がり、サンニッカ家は侯爵という爵位と領地を売る事になりました。
 当然学園に通い続ける事も出来なくなり、元婚約者とは本当に、おそらく永遠に、お別れとなりました。

 長男は三男が継ぐはずだった伯爵位を継ぎ、三男は仮爵位だった子爵位を継ぐそうで、貴族のままではいられるようです。
 三男の方は領地が無いので、長男の補助として働くようです。

 そして元婚約者は、平民へと落ちました。
 長男が継いだ伯爵領で、農民として働く事が決まっているそうです。
 ご両親もです。
 最終的に話し合いの場に来たのは、伯爵位を継いだばかりの長男でした。
 元婚約者の事を慰謝料分は働かせる、と言ってましたが、死ぬまで働いても無理でしょう。



 そして完全に婚約破棄が成立し、慰謝料の件も終わって肩の荷がおりサッパリとした気分になった時に、その出来事が襲いかかってきました。
 青天の霹靂へきれきです。

「私が、王太子殿下の婚約者、ですか?」
 お父様の執務室へ呼び出されたと思ったら、王家からの立派な書状を渡され、それが殿下との婚約を打診するものだったのです。

「でも、私は一度候補を降りておりますし……」
 戸惑う私の肩を、お母様が優しく抱き寄せます。
 なぜ執務室にお母様が居るのかと思っていたのですが、婚約の話だったからですね。
 お母様に肩を抱かれたまま、ソファへと誘導されます。
 私の手の中には、まだ婚約打診の書状があります。

「無理強いはしないわ。貴女の気持ちが1番大切」
 ソファに座った私の横に一緒に座ったお母様が、私をキュッと抱きしめました。
「ピエティカイネン公爵令嬢の事なら、気にせずとも大丈夫だ」
 お父様がレベッカ様の事を口にします。
 王家が婚約を打診してきたのですから、レベッカ様は婚約者候補から外れたのでしょう。

 明日お会い出来たら「おめでとうございます」と言っても大丈夫でしょうか?
 もしかしたら先にレベッカ様から報告されるかもしれません。
 頬が緩みそうになるのを我慢します。
 自分の事を、いえ、殿下の事をきちんと考えなくては。


「今すぐに返事をしなくてはいけないのでしょうか?」
 せめて今日1日くらいは猶予をください。
 出来れば3日、可能ならば1週間は欲しいです。
「大丈夫だ。結婚式まではまだ1年以上有るからな。ゆっくり悩みなさい」
 お父様のおかしな返答に、結婚式ありきなの!? と確認する気力は私には残っていませんでした。



 翌日は、午前中が学園で午後が教会での活動でした。
 朝一で届いた元婚約者からの速達の手紙を通園中に読もうと受け取り、馬車に乗り込みます。
 名前を呼ぶのも嫌なほど、本当に大嫌いだった元婚約者。
 最後に謝罪の手紙くらいは読んであげた方が良いですよね。

 馬車に乗る前に、執事にペーパーナイフで封を開けてもらってます。
 もう貴族では無いので封蝋は無く、市民が使う糊という物で封がされていました。
 紙も粗く、あぁ、彼はもう本当に貴族では無くなったのだと、少しだけしんみりしてしまいました。

 まぁ、その気持ちは無駄だったのですが。

 結論から言うと、元婚約者からの手紙は謝罪でも何でもありませんでした。
 要約すると、『本当は俺の事が好きなんだろう? 周りに流されて、婚約破棄を了承しただけなんだろう? 今ならまだ許してやるから、素直に謝って俺と婚約をしなおせ!』でした。


 この後に及んで、まだ私が彼を好きだと思い込んでいるのです。
 ここまでいくと、逆に褒めたくなりますね。
 どれだけ私の事を見ていなかった、知ろうとしなかったのでしょう?
 どれだけ自分を特別な、嫌われるはずなど無い素晴らしい人間だと思い込んでいるのでしょう?

 この怒りのまま、殿下と顔を合わせたのがいけませんでした。
 感情が高ぶっていたのです。
「慎んでお受けいたします!」
 婚約の件を、両親より先にご本人に返事をしてしまいました。


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