ほんわりゲームしてます I

行きたい所へ行く！それが冒険。多分

第495話：男の浪漫

「い、いら……いらっしゃいませ」
　うん。貼り付けた笑顔が怖い。
　その口元の牙は本物ですか？飾りですか？
　ジルドの牙より長いから、吸血鬼ではないと思う。
　売り物は……ナニコレ？
　虫？カブト虫？ヘラクレスオオカブト？
　でも、俺の知っているヘラクレスオオカブトよりもかなりデカイ。３０センチはあるぞ、コレ。
　しかも、七色なので、間違い無く別物だ。

「こ、これ、これは、周りは小麦粉、で、パイ生地みたいな感じ、で、中は肉を焼いて……」
　一所懸命説明してるのだが、息継ぎの場所がおかしくて内容が頭に入って来ない。
　とりあえず本物の虫ではない事は理解した。
「お、おす、すめは、ヘラクレスと、こっちのニジイロクワガタ」
　商品名は虫のままなのか！
　そりゃ客は逃げるな。
　ヘラクレスよりニジイロクワガタの方がよりキラキラなのは、何かこだわりが有るのか？名前？名前のせいか？


「おぉ！ヘラクレスオオカブトにニジイロクワガタか！男の浪漫だな！」
　後ろから声を掛けてきたのは、ユズコだ。さすがにちょっと驚いた。
　いつの間に後ろに居たのか。
　それにしても、確かにこういう系大好きだよな、お前。

「周りがパイ生地で、中身は肉らしいぞ」
　とりあえず知っている情報を共有する。
「お、うごん、豚」
　店主がヘラクレスを指差す。
「ふら、ふれ、フレースべ、ルグ」
　今度はニジイロクワガタを指差した。
　そしてチーンという聞き慣れた音が聞こえ、店主はいそいそとしゃがみ込み、新たな虫・をカウンターに置く。
「オウゴンオニクワガタ」
　焼き立ては、普通に虫の形したパイだな。

「中身、リッチブルだから、金、色」
　店主の手に瓶が握られていて、そこから黄土色の液体がパイに掛けられた。
　パイにぶつかって弾けて、黄土色が白衣を汚す。
「調理、コーティング」
　店主が呪文を唱えると、黄土色が黄金色に変化して、他の虫・と同じように本物らしく見えるようになった。
　え？このキラキラって［料理］で出来るのか？


「い、ちど調理したから、この３つはすぐ出来る、よ」
　あぁ、そうか。一度調理した物は材料さえあれば［料理］スキルですぐに作れるからな。
　いや、そういう問題では無くてだな。このキラキラに変化するのは調理なのか？
　魔法では？いや、料理スキルも魔法っちゃ魔法だが……。

　俺の訝しむような視線をどう勘違いしたのか、店主がゴソゴソと動き、カウンターに小麦粉やバター、カカオ等を置く。
「調理、カブトムシ」
　店主が呪文を唱えると、掌てのひらの上に普通サイズのカブトムシ。
「こ、れは、チョコレー、トクッキー」
　おぉう、リアル過ぎて食欲が湧かない。
「いつもは、お菓子、だけど。今日はめず、らしい食材、手に入ったから」
　あ、はい。多分それは、俺が売ったやつですね。

　どうやら店主は、俺が［料理］を知らなくて、すぐに出来るというのを信じていないと誤解したようだ。
　だから簡単な「カブトムシ」で実演してくれたのだろう。
　そしてそれに感動したのは俺では無い。

「うおぉ、凄えな！他は？他には何が出来るんだ！？」
　ユズコが子供のように目をキラキラさせている。
「調理、ミヤマクワガタ」
　はい。動き出さないのが不思議なミヤマクワガタ参上。
「調理、タランチョラ」
　うえぇ！？ちょ、これは食べ物にしてはいけないフォルム。
「調理、モルフォチョウ」
　綺麗！すごく綺麗だな！でも食べ物だよな？コレ。
「調理、ヨナグニサン」
　え？何これ。ヘビ柄の羽の蝶だか蛾だか。

　この店に客が居ないのがとてもとてもよく理解出来た。
　食べ物の屋台の中に、なぜか虫を売っている屋台があれば、そりゃ避けるわ。
　本当は食べ物だとしても、まず、説明までたどりつかないだろう。