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価値・無価値は、人によって違うものなのだと再確認した
第437話:密かに進んでいた
しおりを挟む 長くなっちゃったけど、私が虎退治に執念を燃やす理由、真一も理解してくれたと思う。
南那を邪険に扱う理由? あの子が虎と取引して卓郎を殺させたんじゃないか、っていう噂はもちろん知っているけど、信じてはいないよ。望まないで生んだ子だから、うとましい。偶然だとしても、愛していた卓郎が死んだのに生き残ったから、うとましい。虎と取引なんてしていないくせに、噂を信じる住人に対してなんの説明責任も果たそうとしないから、うとましい。ようするに、存在自体がうとましいってことじゃないかな。
……語るべきことはもうなさそうね。
* * *
真一は途中から咲子の隣に体を横たえていた。長くなりそうだ、と感じたからだ。
彼が添い寝してからというもの、咲子は彼の体に頻繁に指を這わせた。無意識に髪の毛をいじったり頬をかいたりするといった、自らの語りの邪魔にならない動作だった。
真一は触られているのは分かっていたが、その手をどうにかしようという方向に意識は流れなかった。話に惹き込まれたからだ。
聞いている最中は、流れ込んでくる情報を無防備に得ているだけで、特定の感情に心が揺さぶられることはなかった。しかし、話に大きな区切りがついたとたん、圧倒された。長い時間をかけて体内に注ぎ込まれたものが、「語るべき過去はもうなさそうね」の一言をスウィッチに、急激に膨らんで内側から突き破ってくるような圧力を加えてきた。痛みはなかったが、過食したさいに腹部に覚えるような圧迫感を胸に覚えた。
偶然にも、咲子がその部位を掌でそっと撫でた。彼はその手を自らの手でやんわりと押さえつける。
真一を圧倒したものの正体は、情報量だ。
咲子が語った範囲内の過去であれば、無駄な語句を刈り込んで脱線を削除すれば、発言をもっとコンパクトに収められただろう。
しかし今回は、その枝葉にあたる情報があまりにも多かった。人間時代の中後保に、虎になってからの中後保。今宮南那、今宮卓郎の親子。ケンさんの姉。さらには、少子高齢化問題、ジェンダー、心理学……。
数多くの項目から構成された莫大な情報の数々を前に、彼は途方に暮れた。苦しみを伴った呆然自失。その苦しみから逃れるために足掻くべきだし、足掻きたいと思っているのだが、悲しいかな、なす術がなかった。
真一は、自分の利益を最優先に行動し、そのためには相手を斬り捨てることも厭わない生きかたを、これまで自分が採用し、守りつづけてきた理由が腑に落ちた。
一個人が内包している情報は膨大だ。それが一気に体内に流れ込んできたら、精神的にもたない。だから、無視したり、突き放したり、利用し終わったらすぐに捨てたりして、極力関わり合わないようにしていたのだ。
南那を邪険に扱う理由? あの子が虎と取引して卓郎を殺させたんじゃないか、っていう噂はもちろん知っているけど、信じてはいないよ。望まないで生んだ子だから、うとましい。偶然だとしても、愛していた卓郎が死んだのに生き残ったから、うとましい。虎と取引なんてしていないくせに、噂を信じる住人に対してなんの説明責任も果たそうとしないから、うとましい。ようするに、存在自体がうとましいってことじゃないかな。
……語るべきことはもうなさそうね。
* * *
真一は途中から咲子の隣に体を横たえていた。長くなりそうだ、と感じたからだ。
彼が添い寝してからというもの、咲子は彼の体に頻繁に指を這わせた。無意識に髪の毛をいじったり頬をかいたりするといった、自らの語りの邪魔にならない動作だった。
真一は触られているのは分かっていたが、その手をどうにかしようという方向に意識は流れなかった。話に惹き込まれたからだ。
聞いている最中は、流れ込んでくる情報を無防備に得ているだけで、特定の感情に心が揺さぶられることはなかった。しかし、話に大きな区切りがついたとたん、圧倒された。長い時間をかけて体内に注ぎ込まれたものが、「語るべき過去はもうなさそうね」の一言をスウィッチに、急激に膨らんで内側から突き破ってくるような圧力を加えてきた。痛みはなかったが、過食したさいに腹部に覚えるような圧迫感を胸に覚えた。
偶然にも、咲子がその部位を掌でそっと撫でた。彼はその手を自らの手でやんわりと押さえつける。
真一を圧倒したものの正体は、情報量だ。
咲子が語った範囲内の過去であれば、無駄な語句を刈り込んで脱線を削除すれば、発言をもっとコンパクトに収められただろう。
しかし今回は、その枝葉にあたる情報があまりにも多かった。人間時代の中後保に、虎になってからの中後保。今宮南那、今宮卓郎の親子。ケンさんの姉。さらには、少子高齢化問題、ジェンダー、心理学……。
数多くの項目から構成された莫大な情報の数々を前に、彼は途方に暮れた。苦しみを伴った呆然自失。その苦しみから逃れるために足掻くべきだし、足掻きたいと思っているのだが、悲しいかな、なす術がなかった。
真一は、自分の利益を最優先に行動し、そのためには相手を斬り捨てることも厭わない生きかたを、これまで自分が採用し、守りつづけてきた理由が腑に落ちた。
一個人が内包している情報は膨大だ。それが一気に体内に流れ込んできたら、精神的にもたない。だから、無視したり、突き放したり、利用し終わったらすぐに捨てたりして、極力関わり合わないようにしていたのだ。
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