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それぞれの未来
28:流された愚者
しおりを挟むモルガンは、押し込められた部屋で、ただ呆然と座っていた。
一緒に行動していたシルヴィとは離され、簡易なテーブルセットとベッドしかない狭い部屋へと監禁されている。
そっと手を頭に当て、いつもと違う手触りに顔を顰める。
シルヴィに唆されて、ファビウス伯爵家に無理矢理押し入ったのは、確かに悪かったかもしれない。
だが長年婚約者だったのだ。謝れば許されると思っていた。
だからモルガンは元婚約者だと名乗った。その時に昔からの癖で、フローラのファーストネームを呼び捨てにしただけなのに。
どれだけ狭量なのか。そう思いながら、寂しくなった頭頂をモルガンは撫でる。
「これでは、新しい婚約者も決まらない」
溜め息と共に吐き出された言葉は、モルガンの素直な気持ちだった。
彼の中では、今回の件はシルヴィが主犯で自分は無理矢理付き合わされた、という形だった。
それに婚約者のアルベールは怒り狂っていたが、自分に好意を持っていたフローラは、絶対に許してくれると思っていた。
その為、シルヴィは罪人となり自分との婚約は解消となるはずだ、とも。
裁判が始まった。
証拠として提出されたのは、ファビウス伯爵家の王都の居宅の門を突破する映像。そして、屋敷内での横暴な行動。
まだ王国内に普及していない魔導具に、観覧席から感嘆の声が漏れる。
そう。観覧席。
傍聴人達にとっては、裁判も単なる娯楽だ。
特に今回は人死にも出ていない犯罪で、罪人も若い。罪もそれほど重くないだろうと、傍聴人も気楽に見学していた。被告のおかしな髪型のせいもあり、クスクスと笑いの漏れる明るい雰囲気である。
それが一変したのは、とある証拠品が提出されてからだ。
「これは、貴方が売った品で間違い有りませんか?」
豪奢なブローチがモルガンの前へと置かれた。
「はい」
ブローチを確認したモルガンは、母の持ち物を一つくらい売ったから何だと言うのか、と怪訝な表情で返事をした。
「どこから持ち出しました?」
「母の宝石箱からです」
「鍵は?」
「鍵? 普通に部屋に置いてありましたよ」
「以上です」
ブローチを持って来た男が淡々と質問をした後、裁判官の元へとブローチが戻される。
それと共に奥の扉が開き、モルガンの両親……エマール伯爵夫妻が入って来る。
自分を擁護しに来たのか! と、モルガンの表情は明るくなるが、両親は一切モルガンを見ようとはしなかった。
モルガンの予想……希望? 通りに、婚約は解消となった。
しかしそれは、モルガンが思っていたのと違う形で。
「なぜ、なぜ国外追放なんて重い罪になるんだ!」
裁判所の警備員に押さえつけられながら、モルガンは叫ぶ。
「ですから、先程も説明した通り、貴方は王家から下賜された品を盗んだ挙句、許可無く売り払ったからです」
裁判官が、今までと変わらぬ淡々とした口調で話す。彼は、無罪でも、死刑でも、同じように話すのだろう。
「下賜品の監督不行届で、エマール伯爵家にも責任は問われますが……使用人単独では部屋に入れなかったようですし、子爵へ降爵程度で済むでしょう」
モルガンは知らなかったが、夫人の宝飾品等が置いてある小部屋は、魔導具できちんと防犯対策は行われていた。
身内以外は許可無く入室出来ない。
なぜ身内は大丈夫かというと、今代にはいないが、娘と宝飾品を共有する事もある為である。
裁判が閉廷するまで、いや、閉廷しても、エマール伯爵夫妻はモルガンを見る事は無かった。
ガタゴトと揺れる馬車は、窓には鉄格子がはめられ、扉は外側からのみ開閉が出来るようになっている。
当然椅子は剥き出しの木のままで、柔らかいクッションなどは無い。
扉が開けられるのは、トイレの時のみで、モルガンは寝食もその狭い馬車の中で済ませる。
今日も馭者と護衛の半分は宿へと向かう。
残った護衛は、逃亡防止の監視と一応は馬車の警備をする。
しかし貴族を護衛するのと違い、命を懸けてまでモルガンを護る事は無いだろう。
「そういえば、コイツの相棒も罰が執行されたらしいな」
火を囲う護衛二人の声がモルガンに届く。
「あぁ、どこぞの大国の王の側室になるんだって?」
はははは、と笑う声が真っ暗な馬車の中へ響く。
「何で俺は国外追放で、主犯のシルヴィが王の側室なんだよ!」
王の側室なんて、罰では無くむしろ褒美では無いか!
怒りに任せて、モルガンは床を拳で何度も殴る。
ガンゴンという音と、モルガンが何やら叫ぶ声が闇夜に響くが、護衛は止めなかった。
シルヴィの話をしたのは、態となのかもしれない。
何十日も掛けて、モルガンを乗せた馬車は森へと到達した。
あの日、馬車の中で暴れたモルガンは怪我をしていたが、当然治療などされていない。
傷が不衛生な環境で化膿していたが、トイレの時に水で洗われる程度で、消毒もされなかった。
「ここから先は、好きにすると良い。森の中で生活するのも、荒野を越えて他国を目指すのも」
馭者が餞別にと、水筒に入った水を渡した。
馭者は空になった馬車を操り、元来た道を進む。
四人の護衛は、一人は馬に乗り、一人は自分達用の馬車の馭者を務め、二人は馬車の中で眠る。夜警をした者は、馬車の中で眠るのだ。
自分を置いて去って行く馬車を、モルガンはいつまでもいつまでも、無表情で見送っていた。
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