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重なる罪
22:底の底まで
しおりを挟む学園から帰ったフローラは、まず門番に止められて驚いた。
そしてモルガンとシルヴィが強行突破して、屋敷の貴賓室を陣取っている、と言う報告で二度驚いた。
貴賓室は屋敷の主人よりも高位の者が泊まる時に使われる部屋で、決して元婚約者や、身分詐称していた元姉の男爵令嬢が使って良い部屋では無い。
「エマール伯爵家にも使いをやっているのですが、全員出払っていて使用人しかいないとかで、まだ誰も来ておりません」
「そうなのね」
門番からの報告を聞いたフローラは、そのまま黙り込んでしまった。
一人で、あの意味の解らない姉と、寄りを戻そうとしてくるモルガンの対応をするのだと思うと、つい二の足を踏んでしまう。
そもそもモルガンには「二度と話し掛けないように」と宣言し、次は正式に抗議するとまで伝えたのに、屋敷に突撃して来るとは、常識が無さすぎて対面するのも躊躇する。
「アルは今日は帰って来るのかしら?」
フローラは門番にアルベールの予定を聞く。
アルベールが任務で帰宅が遅い時や泊まりになる時は、門の鍵を固く施錠して警備を厳重にする為、フローラよりも門番や警備隊の方がアルベールの動向に詳しいのだ。
「本日は定刻通りの帰宅予定です」
門番の返事を聞いたフローラは、馭者へ別邸へ向かうようにと指示を出した。
貴賓室を勝手に陣取ったシルヴィは、少しだけ焦っていた。
この部屋に来るまでの間、知っている使用人が誰も居なかったからだ。
予定では、部屋に到着する前に「シルヴィお嬢様! お会いしたかったです」と、使用人に囲まれるはずだったのに。
それでも止められなかったので、やはり自分はまだファビウス伯爵令嬢の資格があるのだと、自分に都合の良い勘違いばかりをしている。
本当は、二度とフローラに近付けなくする為に、態と罪を重くされているのに。
「なぁ、応接室でフローラの帰りを待った方が良かったんじゃないか?」
他貴族の屋敷内という事もあり、落ち着かないのだろうモルガンがソファに姿勢正しく座りながら、シルヴィへと質問をする。
対するシルヴィは、ソファに半ば寝転がるようにして寛いでいた。
「はぁ?! 私の家だし、なんでフローラごときを待たなきゃいけないのよ」
シルヴィは、旅行に行っている間に全てが終わっていた為に、まだ現実を把握出来ていない。
特務部隊が屋敷内を調査した事も、本邸使用人全てが不当占拠者として追い出された事も、何も知らない。
モルガンは、昨夜長兄に言われた事を思い出していた。
それは、もうフローラとの復縁は諦めて、ファビウス伯爵家の黒い過去であるシルヴィを引き受ける代わりに、婚約者時代と同じか、それに近い位の優遇をお願いする、というものだった。
今のシルヴィを市井に放てば、ファビウス伯爵家の縁者だと言い、傍若無人に振る舞う事が容易に想像出来る。
たかが元平民の男爵令嬢にすぎない今の状態で、高位貴族の伯爵家でのこの様子を見て、モルガンもすぐに理解した。
それをエマール伯爵家で抑えるから、その対価をくれ、というものだ。
今や完全にお荷物になってしまったモルガンの使い道としても、エマール伯爵家としては万々歳なのだが、それはさすがにモルガン本人には伝えられていない。
長兄と話をした時に「シルヴィがフローラに養って貰うって言ってた」とモルガンが嬉しそうに伝え、長兄に酷く冷たい目で見られたので、その話はそれ以上しなかった。
モルガンは甘やかされて育った、自分本位で思慮が浅い上に、人の意見に流されやすい優柔不断を兼ね備えた人物だった。
「特務部隊、アルベール・モーリアックが不法侵入者を緊急捕縛する!」
ノックも無く開かれた扉から姿を現したのは、フローラでも使用人でもなく、特務部隊の制服を着たアルベールだった。
手には捕縛用の特殊な縄が持たれている。
「はぁ?! 何言ってんの? 馬鹿じゃないの」
シルヴィはソファの上で体も起こさず、悪態を吐く。
モルガンはソファに座ったまま、顔を青褪めさせていた。
「お前の方が少しは理解していそうだな」
アルベールの視線がモルガンへ向く。
「お前とファビウス伯爵家当主との関係は?」
冷たい声で問われ、モルガンは俯く。
しかし、それでアルベールが許すはずも無く、腰の剣に手をやり、態とカチリと音を立てた。
「俺、わ、私はフローラの元婚約者です」
モルガンが答えるが、アルベールは納得しないのかスラリと剣を抜いた。その切先がモルガンの喉元へ向く。
「お前は、ファビウス伯爵家当主を呼び捨てに出来るほどの関係なのか?」
アルベールに言われ、モルガンは今までの癖でフローラを呼び捨てにした事に気付いたが、時既に遅し。
機嫌を底辺まで下降させたアルベールは、剣を横に薙ぎ払った。
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