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重なる罪

21:無知は罪

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「ねぇ、モルディ」
 学園の昼休み。貴族としての対面を保て、と父親に言われ、モルガンは渋々シルヴィと過ごしていた。

 あれほど魅力的に見えていたシルヴィだが、艶やかだった金髪はくすんでおり、あの色が高級髪油による偽物だったのだと判る。
 あれほど白かった肌も実は化粧のお陰だったようで、色はモルガンの記憶よりも浅黒く肌理きめが荒い。

「何もかも偽物か」
 自分の行動を棚に上げ、モルガンの中で自分はシルヴィに騙された被害者だった。
 だから自分は悪くないので、謝ればフローラは許してくれるはずだし、許されれば婚約者に戻れる……と、昨日までは思っていた。


 頬を染めて恥じらうフローラは、とても可愛らしく、魅力的だった。
 自分へは見せた事の無い顔を、今の婚約者には見せているのかと、激しい嫉妬に駆られた。
 その資格など無い事には気付かずに。

「ねぇ、聞いてる? だから、フローラに養って貰いましょうよ」
 シルヴィが何かを言っていたが、全て聞き流していた。
 それが、今の言葉だけが、ハッキリと聞こえた。



 破棄したとはいえ、元は婚約者だ。情が有るに決まっている。長い時を共有しているのだから、と。
 モルガンと長い時間を共有していたのは、当然シルヴィの方であるのに、五分にも満たない交流を、フローラが大切にしていた、と思い込んでいる。

 学園で注意してきたのは、嫉妬からだという考えが根底にあるのだ。
 本当は貴族の常識としてのフローラの行動なのだが、そもそもモルガンにはその常識が備わっていない。

 だから、実際に血の繋がりが無くても十年以上一緒に暮らした姉と婚姻するモルガンを、祝い、保護するのが当たり前では無いか、と、そう思った。思い込んでしまった。
 そしてシルヴィを出汁に一緒に暮らせば、フローラは自分の元へ戻って来ると。

 もしここにファビウス伯爵家の使用人達がいたら、一から全て否定して、泣いて謝るまでしただろう。
 しかし今周りには誰もおらず、訂正してくれる優しい友人も、彼等にはいなかった。



 翌日、モルガンとシルヴィは精神的苦痛を理由に休学手続きをして、学園に行くのを止めてしまった。
 しかし毎日家は定刻に出ている。
 どこへ行っていたかというと、ファビウス伯爵家の屋敷の前である。

 フローラが馬車に乗って出て行くのを観察する。
 門の開いている時間、門番達の動き、馬車や護衛との距離。
 毎日毎日飽きもせず観察する。

 エマール伯爵家の馬車は学園まで送らせて、学園の傍で毎日貸馬車を借りていた。その費用は、モルガンが母親の宝石箱から盗んだブローチである。
 父の色も母の色も入っていない、真っ赤な大きな石と紺に近い青い石の付いたブローチ。

 着けているところを見た事も無いので、気に入っていないのだろうと考え、盗んでも気付かれ難いし、気付かれても許されるだろうと、モルガンは軽く考えていた。
 勉強が嫌いで、貴族の常識さえ危ういモルガン。
 仕舞われていた宝石箱の豪華さや、一つだけ別に収められていた理由など知る由もない。

 モルガンは、エマール伯爵家の夫人が代々受け継いできた宝飾品を売ってしまっていた。



 モルガンとシルヴィが学園を辞めて三ヶ月。
 フローラが屋敷を出て行った後、閉まり切る前の門の間をシルヴィが駆け込んだ。
 当然門番のうちの一人が追い掛ける。
 その隙に、モルガンが馬車で門を突破した。
 立派な犯罪である。

 なぜ馬車ごと行ったかというと、当座の生活に必要な荷物を馬車に積んでいたからだった。
 屋敷まで行ってしまえば、自分を慕っていた使用人ばかりだから大丈夫だ、とシルヴィが言っていたのを、モルガンはそのまま信じた。


 貴族の屋敷では、使用人が何か罪を犯したり、その家に不利益になる事をしない限りは、不当に解雇する事が出来ない。
 一人、二人ならば、気に入らないという理由での解雇も有るかもしれないが、屋敷の使用人全員という事は、普通は有り得ない。

 それは、さすがのモルガンでも知っていた。
 実家の気に喰わない執事をクビにして欲しいと両親に言った時に、滾々こんこんと、教育と言う名の説教をされたのだ。

 しかしモルガンは知らなかった。
 本邸で雇われていた使用人達は正当に雇われた者では無いので、そもそもファビウス伯爵家の使用人では無い事を。


 走っているシルヴィと門番の間に馬車を割り込ませ、息もえのシルヴィを馬車に引っ張りあげた。
 そのまま屋敷まで馬車を走らせる。
 門番はもう追って来なかった。

 伯爵邸の玄関を勝手に開け、中へと入る二人を、使用人達は無言で見送った。
 シルヴィはともかく、モルガンはまだ伯爵令息なので、主人の許可なく無体な事は出来ない。

 何も知らない貸馬車の馭者は、何かがおかしいと思いながらも、二人の後を荷物を持って付いて行った。


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