上 下
8 / 31
変わる関係

07:婚約破棄

しおりを挟む



 フローラ達がレティシアを含むクラスメートと合流した時、入口付近から声があがった。
「モルガン・エマール伯爵令息とシルヴィ・ファビウス伯爵令嬢が来場されました!」
 今日は学園内のパーティーであり、呼び出しなど居ない。生徒が勝手におこなっているのだろう。しかしその声に反応し、ザッと人混みが分かれた。
 入口からフローラの所まで、人垣で道が作られる。

 無理矢理押しやられた生徒達からは不満の声が上がるが、人垣を作った生徒達は気にしていないのか、満面の笑みを浮かべている。
 自分達が押し退けた生徒の顔や身分など全然気にしていないようで、満足そうに入口へと顔を向けている。

「フローラ・ファビウス!」
 敬称も付けずにモルガンが叫ぶ。
 名前だけでなく、家名を含めたフルネームを叫ぶ事がどれだけ失礼な行為か気付いていない。
 たとえ婚約者であっても、衆人環視の中でやって良い行為ではない。

 周りの常識のある生徒達の冷たい視線になど気付かず、モルガンは自分に酔いれて続ける。
「俺はお前との婚約を破棄し、シルヴィと婚約をする!」
 モルガンの隣には、色鮮やかなドレスを着たシルヴィが居た。


 華やかで社交的な姉、冷たく内向的な妹。
 シルヴィは今の2年生や卒業してしまった3年生には、人気が高い。
 モルガンさえいなければ、と思っている男子生徒も多いだろう。

 婚約破棄を宣言したモルガンは、やりきった感満載の満足そうな顔をしている。
 その横のシルヴィは、フローラがどのような反応をするのかと、好奇心を隠しきれていない。

「この事は、両親は了承済なのですね?」
 冷静に返したフローラへ、シルヴィは胸を張って見下すような態度を見せる。
「当たり前じゃない。私がモルディと結婚してファビウス伯爵家を継ぐのよ」
「そうだ! 俺がファビウス伯爵となり、シルヴィが妻になる!」
 モルガンがシルヴィの腰を抱き寄せ、声高に宣言をした。


「素敵! やはり真実の愛は報われるのね」
 人垣から女生徒のうっとりとした声が上がる。
「邪魔者は淘汰される運命なのよ」
「そうだよなぁ。あんな冷たい婚約者なんて、俺ならごめんだ」
「醜く嫉妬して、家では家族と交流をしようともしないとか」
「社交も出来ない妻なんて、お荷物でしかないからな」

 人垣の中からフローラを嘲笑する言葉が放たれた。
 それに同意するように人垣の後ろからも笑い声が上がる。
 シルヴィの同級生達なのだろう。
 残念ながら貴族と言っても、学生時代からその立場をきちんと理解し、真実を確かめてから行動出来る者は少ない。


 フローラの隣で、アストリが小さく舌打ちをした。
 二人の後ろで、レティシアとその婚約者が冷めた視線を騒いだ者達に向けている。
 フローラが、横に居るアストリへと顔を向けた。

「婚約破棄の証人になっていただけますか?」
 フローラの問いに、アストリは頷く。
「必要ならば、私も証言しよう」
 レティシアの婚約者であるジェルヴェ・バルビエも証人になる事をフローラへ約束する。
 侯爵家の者とはいえ学生のアストリよりも、既に成人している侯爵家嫡男のジェルヴェの方が信用度が高い。
 後々何か揉めた場合、この約束がかなり重要な意味を持つだろう。

「エマール伯爵令息。貴方からの婚約破棄を受け入れます」
 フローラが背筋を伸ばし、モルガンの瞳をしっかりと見つめながら、婚約破棄を了承した。



 その後、モルガンとシルヴィを中心に盛り上がり、婚約破棄祝いだと騒ぐ者達と、パーティーで起きた事を家に報告する者達とに分かれた。
 当然、フローラは帰る事にした。
 一度別邸に帰り、パーティードレスから屋敷内で着るドレスへと着替え、何年か振りに本邸へと足を踏み入れる。

 一緒に居るのは侍女のローズだけではなく、執事と護衛の二人まで付いて来た。
 フローラ付きの執事が、本邸の執事へと声を掛ける。
「フローラ様が応接室で待っていらっしゃると、ダヴィド殿とサロメ夫人に伝えなさい」
 居丈高に命令された本邸執事は反発しようと口を開きかけたが、護衛二人に睨まれて慌てて去って行った。

「さあ、行きましょう、フローラ様」
 執事がフローラを応接室へと導く。
 大人しく付いて行くフローラの耳元で、ローズが「本邸の茶葉は安物なので、出てきても飲まない方が良いですよ」とこっそりと囁く。
 どこまでが本当の話なのかは判らないが、フローラはクスリと笑い、強ばっていた体が少しほぐれた。

 これからモルガンとの婚約破棄の報告をしなくてはいけない為に、必要以上に緊張していたようだ。
 そもそも両親はモルガンとシルヴィの婚約に賛成していたので、怒られる事は無いだろう。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

【完結24万pt感謝】子息の廃嫡? そんなことは家でやれ! 国には関係ないぞ!

宇水涼麻
ファンタジー
貴族達が会する場で、四人の青年が高らかに婚約解消を宣った。 そこに国王陛下が登場し、有無を言わさずそれを認めた。 慌てて否定した青年たちの親に、国王陛下は騒ぎを起こした責任として罰金を課した。その金額があまりに高額で、親たちは青年たちの廃嫡することで免れようとする。 貴族家として、これまで後継者として育ててきた者を廃嫡するのは大変な決断である。 しかし、国王陛下はそれを意味なしと袖にした。それは今回の集会に理由がある。 〰️ 〰️ 〰️ 中世ヨーロッパ風の婚約破棄物語です。 完結しました。いつもありがとうございます!

【完結】婚約を解消して進路変更を希望いたします

宇水涼麻
ファンタジー
三ヶ月後に卒業を迎える学園の食堂では卒業後の進路についての話題がそここで繰り広げられている。 しかし、一つのテーブルそんなものは関係ないとばかりに四人の生徒が戯れていた。 そこへ美しく気品ある三人の女子生徒が近付いた。 彼女たちの卒業後の進路はどうなるのだろうか? 中世ヨーロッパ風のお話です。 HOTにランクインしました。ありがとうございます! ファンタジーの週間人気部門で1位になりました。みなさまのおかげです! ありがとうございます!

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍
恋愛
小説『二番目の姫』の中に転生した私。 ヒロインは第二王女として生まれ、いつも脇役の二番目にされてしまう運命にある。 ヒロインは婚約者から嫌われ、両親からは差別され、周囲も冷たい。 嫉妬したヒロインは暴走し、ラストは『お姉様……。私を救ってくれてありがとう』ガクッ……で終わるお話だ。  そんなヒロインはちょっとね……って、私が転生したのは二番目の姫!? 小説どおり、私はいつも『二番目』扱い。 いつも第一王女の姉が優先される日々。 そして、待ち受ける死。 ――この運命、私は変えられるの? ※表紙イラストは作成者様からお借りしてます。

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...