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邪魔者

05:不貞行為と真実の愛

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「婚約者がいるのに、他の女性と食事をするのはどうかと思われます」
 いつもより静かな食堂に、フローラの凛とした声が響いた。
 その言葉の持つ意味が理解出来ず、周りの生徒達は首を傾げたり、顔を見合わせたりしている。
 婚約者と食事をしている場に割り込んだのは、立っている女生徒の方ではないか、と。

「シルヴィお姉様。いくら身内とはいえ、妹の婚約者とそのように親密に過ごすのは、淑女としていかがなものかと思います」
 ゆっくりハッキリと、誰にでも聞き取れるように意識して、フローラは言葉を口にした。
 友人二人の助言に従い、不貞を容認していないと皆に知ってもらう為である。


「え?」
 驚きの声を上げたのは、シルヴィでもモルガンでも無い。モルガンは舌打ちし、シルヴィは無言でフローラを睨みつけていた。
「嘘……」
「妹?」
「婚約者ではなかったのですか?」
 近くの席の令嬢が驚いた顔でシルヴィを見ている。

「ふ、フン! 嫁ぎ先の無い駄目な女の為に婚約を結んでやったが、別に今から美しいシルヴィに変更しても、何も問題は無い!」
 モルガンが声高に主張した。
 それに追随するようにシルヴィも持論を、何度もエマール伯爵家に却下された勝手な思い込みを、さも本当の事のように話す。
「そうよね。家の繋がりを欲した、幼い頃に結ばれた婚約だもの。今なら愛し合う者同士に変更してくれるわ」

「それならば、婚約者の変更手続きを早くお願いします」
 フローラはモルガンを静かに見つめた。
 その熱の無い視線に、一瞬モルガンがひるむ。
「そういうところが嫌なんだよ! 感情あるのか? お前は人形じゃないのか?」
 が悪くなったモルガンは、フローラ個人を責める事にしたようだ。


「まぁ! エマール伯爵令息は、婚約者を大切にするのでは無く、貶めるのですね」
 フローラの後ろへそっと近付いたレティシアが、その肩を優しく抱き寄せる。
「婚約者変更を先にするのが道理だと思っていたのだが……」
 アストリもフローラの傍に寄り、レティシアと違い庇うように前に立った。

「なんだと!? 貴様! 失礼な奴だな! 何様のつもりだ!」
 モルガンが声を荒げるが、アストリは鼻で笑い、レティシアは笑みを深める。
 二人はクルリときびすを返し、フローラを連れて歩き出す。
 当然、モルガンの事は完全無視である。

「不誠実な方々が目に入らない席に行きましょう。視界に入るとお食事が不味くなりますから」
 レティシアがおっとりと、しかし対象者に聞こえるように話す。
「フローラ様、モーリアック家は貴女の味方ですからね」
 アストリは、悔しげに睨んでくる不実な二人にきこえよがしに宣言をした。



「ありがとうございました」
 空いている席に着き、フッと溜め息を吐き出してから、フローラはお礼の言葉を口にした。
 今までも自分の家族にモルガンとの婚約について改善要求らしきものはした事があったが、面と向かって二人の不貞行為を咎めた事は無かった。
 その為に、本人が自覚している以上に緊張していたようだ。

「当然の事を言っただけだよ」
 アストリも物心付く前に婚約が決まっていたが、年の離れた婚約者はとても優しく誠実な人物だった。
 だから尚更、モルガンの不誠実さが許せないのだろう。

「これであの二人が反省すれば良いのですけれどねぇ」
 レティシアが頬に手を当て、首を傾げながら呟く。
「モルガン様がご両親を説得してくださるだけで、丸く収まりますのに……」
 フローラがもう一度溜め息を吐き出した。



 妹が婚約解消を嫌がり、愛し合う二人の邪魔をしている。
 嫁ぎ先が見付からないから、美しい姉をねたんで邪魔をしている。

 おかしな噂が本当の事のように囁かれだしたのは、あの食堂の件から半年程経ってからだった。
 シルヴィとモルガンは、今まで通り恋人として振る舞っているようだが、フローラの視界に入らないように行動をしていた。
 フローラに見つかると、「不貞行為だ」と責められるからである。

 そして責められるたびに、同じ学年の生徒に「自分達は悲劇の主人公だ」とでも訴えていたのだろう。
 2年の生徒がシルヴィとモルガンを真実の愛をつらぬく恋人同士として応援しだしたのだ。


 正直、フローラはモルガンとの婚約解消を望んでいたので、そのまま噂を放置した。
 エマール伯爵家で行われるはずの交流会は、当日に「予定が入ったので中止でお願いします」と馭者が言伝ことづてしてくるようになった。
 その馭者の操る馬車で、シルヴィだけはいそいそとモルガンの下へ通っていたのかもしれない。

 そもそも言伝を馭者が持って来る事自体が普通では無い。
 その為に従者がいるのである。
 しかし従者は本邸にシルヴィを迎えに行っており、馭者が片手間に言伝に来ていたのである。
「露見するとは思わないのか、愚かな」
 本邸の方を見ながら怒りを滲ませたのは、フローラではなく、彼女付きの執事だった。


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