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邪魔者
02:幼い頃の思い出
しおりを挟むエマール伯爵家から戻って来たフローラは、自室のある別邸へと向かう。
別邸と言っても、前々伯爵夫妻が余生を過ごす為に建てたもので、正直内装は本邸よりも金が掛かっている。
しかも本当の余生は南国へ移住したので、この別邸に住んでいたのは10年足らずらしい。
フローラは10歳になると、この別邸へと居を移した。
当然幼い子供が自主的に移るわけはなく、いつの間にか本人抜きで話が決まっていた。
しかし当時のフローラは既に、それを悲しいとも淋しいとも感じなくなっていた。
なぜならば、両親も姉も、フローラを要らないものとして扱っていたからだ。
食事の席には呼ばれず、お腹が空いたので食堂へと行けば、三人はデザートを食べていた、なんて事もあった。
しかもフローラ抜きで食事をする為に、態々普通の貴族では考えられない程の早い時間に夕食を摂る徹底ぶりである。
「食後のお茶はサロンへ用意します」
そう執事が告げると、家族三人はフローラに声も掛けずに出て行った。
その後、使用人達はテーブルクロスを掛け替え、フローラの夕食が始まるのである。
それでも一緒に食事をするよりは良い、と当時のフローラは密かに思っていた。
いつからか一緒に食事をすると、必ずシルヴィがフローラの食事を横取りするようになったからだ。
「そっちのほうが大きい」「足りないからよこしなさい」「アンタの方が年下なんだから」と、何かと理由を付けて皿ごと持って行ってしまうのだ。
当然シルヴィ大好きな両親が窘める事もなく、むしろ「成長期だから」などと笑って見ていた。
シルヴィとフローラは1歳しか変わらないのに、である。
別邸の使用人は元々は本邸にいた者達で、ファビウス伯爵家に代々仕えるような忠義に厚い者達だった。フローラが別邸へ移動した時に、一緒に移ってきたのである。
その為、本邸に居るのはダヴィドが新しく雇い入れた者達なので、偶にフローラが顔を出すと、酷くぞんざいに扱われた。
ファビウス伯爵邸へ交流会に来ていたモルガンは、シルヴィとの距離の方がフローラとの距離より近かったので、そういう使用人の態度を目撃し、フローラを軽んじても良いと理解したのかもしれない。
フローラには、モルガンの他にもう一人幼馴染が居た。
夏の間だけ避暑を兼ねて自領へと行っていた時に知り合った、天使のように可愛い男の子だった。
貿易を主な財源とするファビウス領は、大きな港と栄えた港町、そして貴族の保養地として有名だった。
変な虚栄心の強い両親は、自領を「田舎」と言って嫌い、王都から離れようとしない。その為、避暑にはフローラだけが行っていた。
所領の邸宅には当然管理する者がおり、領地の運営管理をする家令も王都の居宅と行ったり来たりしている。
タウンハウスの本邸は、今住んでいるファビウス夫妻の趣味が反映されているので妙にギラギラしていて、フローラは好きでは無かった。
ランド・スチュワードも同じ考えのようで、タウンハウスに来る度に別邸へ顔を出し、「成金は金の使い方を知らない」とフローラに愚痴っていた。
フローラが避暑でカントリーハウスを訪れるのとほぼ同日に、天使も別荘へと避暑に来ていた。
「フローラ! 今年も来たよ!」
フワフワの金髪を揺らしながら水色の瞳を細めた満面の笑顔で、天使が馬車から飛び降り走り寄って来る。
「アル!」
王都とは違う明るい笑顔で、フローラも出迎える。
その様子を、両家の使用人達は笑顔で見守っていた。
幼い二人が手を繋いで庭を散歩する姿は、使用人達を癒した。
屋敷内に限らず、街や港へも遊びに行き、領民や避暑に来た貴族達からも『天使と妖精』と呼ばれて、温かく見守られていた。
その関係が変化したのは、天使の背が伸び、フローラが見上げないといけなくなった頃だった。
「嫡男では無いし、自分で自分の未来を作らなければいけない」
天使は空色の瞳を潤ませて、フローラに告げた。
天使は侯爵家の次男だった。侯爵家は子爵位を所持していたが、それは嫡子が爵位を継ぐまでの仮爵位として使われるものだった。
他家に婿入りしないと天使は市井に降りる事になる。
当然侯爵家との繋がりが欲しい家からは、婚約の申込みがひっきりなしに届けられた。
しかし、天使は自分で爵位を得る道を選んだ。
騎士爵取得である。
騎士になり、手柄を立てて叙爵する方法で、強ければ平民でも貴族子息でも関係無く手にする事が出来る爵位でもある。
明確に「待っていて」と言われたわけでは無い。しかしフローラは、天使が迎えに来るのを待とうと思っていた。
物心付く前に、既に婚約が結ばれていた事を知らなかったから……。
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