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サースティールート
不安も怖さもの日
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木曜日の放課後。
昨日の夜からも谷口くんとメッセのやり取りを続けている。
週末塾がないという谷口くんと、お互いに都合の合う土曜日に、向こうの世界に一緒に行くことになった。本当に行けるのかなぁ。
時間と場所を正確に特定したいので、私の部屋の押入れを見させて欲しいとのこと。
部屋に男の子が入るのは初めてでちょっと緊張するけれど、仕方がない……。
私は諦めて、土曜日までに部屋の掃除を頑張ることにした。
あと谷口くんが『良かったら日曜日も空けておいて』と言っていた。日曜日も一緒に行ってくれるのかな?
そして学校から帰宅した私は、制服に着替え……今日も押入れから異世界へ!
まだちょっと早い時間。
持って来た荷物が多かったので、寮の部屋の方へ出た。
顔を出すとサースからの伝言くんが煌めく。
キラキラした光に触れると、素敵な低音ボイスが響いた。
『今日は魔法研究室で待っている。来たら連絡が欲しい』
(……)
魔法研究室に行くことなんていつものことなのに、サースはわざわざ連絡をくれてる。どうしたんだろう?
昨日の帰りがけの様子がおかしかったことに気付いていたのかな……。
(サースは、世界で一番優しい……)
私の世界で一番大好きな人。
ペンダントを外して私は心の中で、サースへの伝言を魔力を込めて送る。
『今寮に着きました!すぐに行くね』
今日はたくさんの荷物を持って来ている。
紙袋の中には、ずっとサースに隠し続けていた、私の秘密が詰まっている。
これはサースを傷つけるものかもしれない。
今より私は嫌われるのかもしれない。
だけど一番の最悪な未来を回避出来るなら、最善を尽くしたい。
「ミューラー、願いを使って、サースの魔王堕ちを止められる?」
『運命は変えられないよ』
寮の部屋の中。ペンダントを付け直しながら聞いた私の問いに、変わらぬ返事をするミューラー。
(結局、私は無力でなんにも出来なかったんだ……)
だけど。優しくて、賢くて、強くて、哀しいあの人なら。
自分の道を自分で切り開けるのかもしれないと信じたい。
寮から出ると、少し離れたところに、木に寄りかかるようにして立つサースが居た。
長い黒髪を風になびかせながら、腕を組んで、考え事をするように空を見つめている。
「サース……」
私の声に振り向くと、彼は満面の笑みを浮かべる。
いつものふわっとした笑みよりも、もっと喜びを伝えているような笑顔で出迎えられて、私は戸惑ってしまう。
サースは駆け足で私の元へ来ると言った。
「待っていた、サリーナ……」
そもそもわざわざお出迎えしてくれるのも、初めてじゃないかな?
昨日の今日だったのもあって、恐る恐る、サースの表情を窺う。
優しい微笑みが私を見下ろしているだけだった。
「おまたせ……?サース」
疑問符を付けた私の台詞に、サースは思わずと言ったふうに笑う。
「ああ、待っていた。荷物を持とう」
私の手からずっしりと重い紙袋を受け取って、彼は歩き出す。
魔法研究室に向かうまでの間も、少し緊張してドキドキしていた。
すると様子のおかしい私を気遣うようにサースは振り返り、空いた片手で私と手を繋いで歩き出す。
私は引っ張られるだけだったけれど、それでもサースの手は、とても温かいな……と感じていた。
魔法研究室に着くと、サースは机の上に紙袋を置く。
そして椅子を壁際に二つ並べた。
(ん?この並べ方だと、横並びにぴったり座るしかないけれど……)
いつにない椅子の並べ方に疑問を抱いていると、サースが言う。
「サリーナ、この中身は見てもいいのか?」
「うん」
紙袋の中のものを、一つずつ机の上に並べ出した。
紙袋の中身は以下の通り。
ポータブルゲーム機(PS〇)
モバイルバッテリー20000mAh +充電ケーブル
『二つの月の輝く下で……』ゲームパッケージ
『二つの月の輝く下で……』公式ガイドブック(攻略本)
『二つの月の輝く下で……』公式画集
「……」
サースは無言でそれらのものを暫く見つめる。
こんなものを見せられたら、一体どんな気持ちになるんだろう……私には想像も出来ない。
サースは視線に気が付くと、微笑んでくれた。
「サリーナ、座って。ゆっくり教えて欲しい」
私を机から遠い方の椅子に座らせると、彼はまずガイドブックと画集を手にして隣に座った。
座り込むときに、ふわっとサースの髪からの良い匂いが漂ってきて、彼の腕と私の肩が当たってしまうし、近過ぎる距離感にむずむずとする。
思わず椅子を動かして距離を置こうとする私の片手を、彼は掴んで動きを封じる。
「えっと……」
たじろぎながら、真横に座るサースの顔を見上げると、彼は私の視線を受けて気遣うように微笑む。
「サリーナ……」
「はい」
漆黒の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「昨日から怯えるように俺を見ることに気が付いている。何度も嫌いになったら教えて欲しいと言われた。サリーナは、この話をしたら嫌われると思っていたのだろうか?」
そう言ってから、サースは視線を自分の膝の上の公式ガイドブックに移す。
その表紙には、真ん中に描かれたヒロインを囲む攻略キャラたちが描かれていた。もちろんサース様も居る。
「うん……」
大好きだったゲームのキャラクターを今本人が見つめている構図に、私はなんとも言えない気持ちになりながら返事をする。
彼は顔を上げると、探るように私の顔を見つめる。
「なぜだ?」
なぜって!?
「だって、自分のことをゲームの中の人だと思って……会いに来てる人がいたら、怖いよね」
「怖い?」
「気持ち悪いよね」
「そんなことはないが」
「だって私サースの絵しか描きに来てないし」
「そうか」
サースがまた満面の笑みを浮かべてしまう。
どうしてそんなに嬉しそうにしてくれるのか分からなくて、いたたまれない気持ちになってしまう。
「それだけか?」
「え、えっと……」
どういう意味か分からない。彼は私から手を離すとガイドブックをパラパラとめくり始める。
「この中の男に嫌われる要素がある訳じゃないのか?」
「まさか……!?サース様はすごくカッコよくて優しくて知的で最高なんですよ!!」
サースが少しだけ訝し気に私を見返す。
「……その男は俺なのか?」
「……あなた様です」
「昨日少し聞いているが。つまり、このローザ嬢が恋愛をするゲームなんだな」
「そうです」
「攻略対象者の誰と結ばれるかにより結末が変わる」
「その通りです」
「それでこれだけ攻略対象がいるのにどうして俺のところに来たんだ」
ぐ……!
サースが思っていたよりもぐいぐい質問してくるので、私は冷や汗だらだらの気持ちになって、返事に困ってしまう。
「……っ」
「なんだ?」
「そのゲームは二年前に発売されたんです」
「ふむ」
「もう発売から結構経ってて、未だに毎日のようにやっている人なんてそう居ないんです」
「そうなのか」
「私は特殊な部類の人なんです」
「ふむ」
「ゲームの中の、その……一人の攻略対象者をとても好きになってしまい、毎日のように絵を描いていたら、ある日突然ミュトラスの使いという人の声が聞こえて来ました。願いを叶えると。気が付いたら私の部屋とこっちの世界が繋がってしまっていました」
「……」
サースが穴が開くんじゃないかっていうくらい、まっすぐに私を見つめている。私は心臓が飛び出しそうなほど鼓動を早めていた。
「一人の攻略対象者とは?」
「サースティー・ギアン様です……」
逃げ場などどこにもない私は、泣きべそをかきながらそう言った。
「なぜ泣くんだ……」
「だって……」
私が気持ちの悪いストーカーだってバレてしまった。
昨日から遠回しには伝えていたけれど、今はっきりと言ってしまった。
訳の分からない神様の力を使って世界を越えてまで、あなたを追いかけて来てるんだって。
「サリーナ、顔を上げて」
サースの声に顔を上げると、どこから出したのかハンカチを顔に当てられて、涙を拭いてくれる。
「今聞いた話のどこにも、嫌いになる要素はない。サリーナが俺を恐れる必要はない。一応言っておくが、俺はもちろん怖いと思わないし、気持ち悪くもなければ、絵を描かれるのはむしろ好ましい」
軽く微笑みながら、優しい口調でそう言ってくれた。
「本当……?」
「ああ」
サースはストーカーを怖いと思わない特殊な人なのだろうか?それとも、気を使ってそう言ってくれているのかな……。
不思議な思いでサースの顔をじっと見つめる。
私の視線を受けて、サースは少しだけ長い睫毛を伏せるようにして、言う。
「サリーナの方こそ、実際に会ってみて、ゲームの中の男と違うと思わなかったのか?」
「……知らなかったことはたくさん知れたけど、全部嬉しかった。思っていたよりもっと優しい人だって知ることが出来た」
「つまらない日常を送っている何も持たない男だっただろう?」
「ううん」
私はサースの制服をぎゅっと掴んで言う。
「毎日一緒にいて、すごく楽しかった」
私の手の上に、サースはそっと手を重ねる。
「……そうか」
その安心したような笑顔が、私の心も温かくしてくれるようだった。
「何も変わってない。サリーナ、明日からも今まで通り来てくれるか?」
「うん……」
ぎこちない笑顔を返すと、サースもほっとしたような顔をする。
心配を掛けていたんだなって気付いて、反省する。
「サリーナはゲームだと言うが」
サースは真面目な顔つきで公式ガイドブックに視線を落としながら言う。
「これは予言のような何かで、この世界の未来を変えるものを秘めた、神の次元の力だろうと思う。それがなぜ、別の世界で具現化されていたのか分からないが」
私はそんな風には思ったことがなかったから、驚いてサースを見上げる。
「サリーナは、神に導かれてやってきてくれた……。そのことで嫌われるなんて思う必要は、本当にないんだ」
私が思ってもいなかったことをサースは言ってくれる。
「……サースは凄いね。私には分からないことを思いつくんだね。私ずっと一人で悩んでても何も分からなかったの……」
「悩んでいたのか」
彼は腕を伸ばしてくると、私の肩を抱いた。
突然サースの匂いと暖かさに包まれて私は動揺する。
「時折思いつめたような顔をしていたが、俺のことで悩ませていたなら申し訳なく思う」
優しくそう言うと、私の肩から腕をさするように手を動かす。
私はドキドキとサースの体温を感じていた。
「サリーナ、これからは、一人で悩まず言って欲しい」
「うん……」
サースは世界で一番優しい。大好きな、大好きな人。
そうして私は、公式ガイドブックを見ながら概略の説明をして、その後にゲーム機の基本操作を教えた。モバイルバッテリーを使えば併せて10時間くらいプレイ出来ること、10時間くらいじゃ完全攻略には程遠いこと。公式画集はおまけだけど、参考にと渡す。
「電源の問題はもどかしいな」
「うん……」
充電のことを考えると全部のルートをやり終えるのに何日くらい掛かるのだろう。
「明日は、夕方返してもらって一度戻って充電しようかな。帰り際にもう一度渡せるよね?」
「ああ」
一応、初回は何も考えずに、攻略本も読まずに、思うがままに進めて終わらせるのがおすすめだと伝える。思うがまま進めたら、一体サースは誰のルートにたどり着くんだろう……それってものすごく気になる。
夕食後、別れ際に谷口くんのことを伝える。
「谷口くんが2日後一緒に来てくれるって言っていたの。サースに会いたいみたいだったんだけど、予定空いているかな?」
「……俺に?」
「たぶん帰還魔法のことだと思う」
「ああ」
「日曜日も空いてたら、とも言ってた」
「ふむ。なら、両日あけておこう」
「良かった」
サースは私の片手を両手で掴むと、優しく握りしめて言った。
「また明日だ、サリーナ」
「うん。また明日ね」
暗闇の中でも美しいサースの微笑は、昨日までと何も変わっていなかった。
(サースは賢くて懐が深くて、なんでも受け入れて聞いてくれた。一体なんでこんな素敵な人が魔王になるなんて言うんだろう。サースは初回プレイを誰とのエンドを迎えたのかなぁ……ああ、頭の中に一瞬薄い本が浮かんだ。読んでないよ!読んでないよ……?と思いながら眠った日)
昨日の夜からも谷口くんとメッセのやり取りを続けている。
週末塾がないという谷口くんと、お互いに都合の合う土曜日に、向こうの世界に一緒に行くことになった。本当に行けるのかなぁ。
時間と場所を正確に特定したいので、私の部屋の押入れを見させて欲しいとのこと。
部屋に男の子が入るのは初めてでちょっと緊張するけれど、仕方がない……。
私は諦めて、土曜日までに部屋の掃除を頑張ることにした。
あと谷口くんが『良かったら日曜日も空けておいて』と言っていた。日曜日も一緒に行ってくれるのかな?
そして学校から帰宅した私は、制服に着替え……今日も押入れから異世界へ!
まだちょっと早い時間。
持って来た荷物が多かったので、寮の部屋の方へ出た。
顔を出すとサースからの伝言くんが煌めく。
キラキラした光に触れると、素敵な低音ボイスが響いた。
『今日は魔法研究室で待っている。来たら連絡が欲しい』
(……)
魔法研究室に行くことなんていつものことなのに、サースはわざわざ連絡をくれてる。どうしたんだろう?
昨日の帰りがけの様子がおかしかったことに気付いていたのかな……。
(サースは、世界で一番優しい……)
私の世界で一番大好きな人。
ペンダントを外して私は心の中で、サースへの伝言を魔力を込めて送る。
『今寮に着きました!すぐに行くね』
今日はたくさんの荷物を持って来ている。
紙袋の中には、ずっとサースに隠し続けていた、私の秘密が詰まっている。
これはサースを傷つけるものかもしれない。
今より私は嫌われるのかもしれない。
だけど一番の最悪な未来を回避出来るなら、最善を尽くしたい。
「ミューラー、願いを使って、サースの魔王堕ちを止められる?」
『運命は変えられないよ』
寮の部屋の中。ペンダントを付け直しながら聞いた私の問いに、変わらぬ返事をするミューラー。
(結局、私は無力でなんにも出来なかったんだ……)
だけど。優しくて、賢くて、強くて、哀しいあの人なら。
自分の道を自分で切り開けるのかもしれないと信じたい。
寮から出ると、少し離れたところに、木に寄りかかるようにして立つサースが居た。
長い黒髪を風になびかせながら、腕を組んで、考え事をするように空を見つめている。
「サース……」
私の声に振り向くと、彼は満面の笑みを浮かべる。
いつものふわっとした笑みよりも、もっと喜びを伝えているような笑顔で出迎えられて、私は戸惑ってしまう。
サースは駆け足で私の元へ来ると言った。
「待っていた、サリーナ……」
そもそもわざわざお出迎えしてくれるのも、初めてじゃないかな?
昨日の今日だったのもあって、恐る恐る、サースの表情を窺う。
優しい微笑みが私を見下ろしているだけだった。
「おまたせ……?サース」
疑問符を付けた私の台詞に、サースは思わずと言ったふうに笑う。
「ああ、待っていた。荷物を持とう」
私の手からずっしりと重い紙袋を受け取って、彼は歩き出す。
魔法研究室に向かうまでの間も、少し緊張してドキドキしていた。
すると様子のおかしい私を気遣うようにサースは振り返り、空いた片手で私と手を繋いで歩き出す。
私は引っ張られるだけだったけれど、それでもサースの手は、とても温かいな……と感じていた。
魔法研究室に着くと、サースは机の上に紙袋を置く。
そして椅子を壁際に二つ並べた。
(ん?この並べ方だと、横並びにぴったり座るしかないけれど……)
いつにない椅子の並べ方に疑問を抱いていると、サースが言う。
「サリーナ、この中身は見てもいいのか?」
「うん」
紙袋の中のものを、一つずつ机の上に並べ出した。
紙袋の中身は以下の通り。
ポータブルゲーム機(PS〇)
モバイルバッテリー20000mAh +充電ケーブル
『二つの月の輝く下で……』ゲームパッケージ
『二つの月の輝く下で……』公式ガイドブック(攻略本)
『二つの月の輝く下で……』公式画集
「……」
サースは無言でそれらのものを暫く見つめる。
こんなものを見せられたら、一体どんな気持ちになるんだろう……私には想像も出来ない。
サースは視線に気が付くと、微笑んでくれた。
「サリーナ、座って。ゆっくり教えて欲しい」
私を机から遠い方の椅子に座らせると、彼はまずガイドブックと画集を手にして隣に座った。
座り込むときに、ふわっとサースの髪からの良い匂いが漂ってきて、彼の腕と私の肩が当たってしまうし、近過ぎる距離感にむずむずとする。
思わず椅子を動かして距離を置こうとする私の片手を、彼は掴んで動きを封じる。
「えっと……」
たじろぎながら、真横に座るサースの顔を見上げると、彼は私の視線を受けて気遣うように微笑む。
「サリーナ……」
「はい」
漆黒の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「昨日から怯えるように俺を見ることに気が付いている。何度も嫌いになったら教えて欲しいと言われた。サリーナは、この話をしたら嫌われると思っていたのだろうか?」
そう言ってから、サースは視線を自分の膝の上の公式ガイドブックに移す。
その表紙には、真ん中に描かれたヒロインを囲む攻略キャラたちが描かれていた。もちろんサース様も居る。
「うん……」
大好きだったゲームのキャラクターを今本人が見つめている構図に、私はなんとも言えない気持ちになりながら返事をする。
彼は顔を上げると、探るように私の顔を見つめる。
「なぜだ?」
なぜって!?
「だって、自分のことをゲームの中の人だと思って……会いに来てる人がいたら、怖いよね」
「怖い?」
「気持ち悪いよね」
「そんなことはないが」
「だって私サースの絵しか描きに来てないし」
「そうか」
サースがまた満面の笑みを浮かべてしまう。
どうしてそんなに嬉しそうにしてくれるのか分からなくて、いたたまれない気持ちになってしまう。
「それだけか?」
「え、えっと……」
どういう意味か分からない。彼は私から手を離すとガイドブックをパラパラとめくり始める。
「この中の男に嫌われる要素がある訳じゃないのか?」
「まさか……!?サース様はすごくカッコよくて優しくて知的で最高なんですよ!!」
サースが少しだけ訝し気に私を見返す。
「……その男は俺なのか?」
「……あなた様です」
「昨日少し聞いているが。つまり、このローザ嬢が恋愛をするゲームなんだな」
「そうです」
「攻略対象者の誰と結ばれるかにより結末が変わる」
「その通りです」
「それでこれだけ攻略対象がいるのにどうして俺のところに来たんだ」
ぐ……!
サースが思っていたよりもぐいぐい質問してくるので、私は冷や汗だらだらの気持ちになって、返事に困ってしまう。
「……っ」
「なんだ?」
「そのゲームは二年前に発売されたんです」
「ふむ」
「もう発売から結構経ってて、未だに毎日のようにやっている人なんてそう居ないんです」
「そうなのか」
「私は特殊な部類の人なんです」
「ふむ」
「ゲームの中の、その……一人の攻略対象者をとても好きになってしまい、毎日のように絵を描いていたら、ある日突然ミュトラスの使いという人の声が聞こえて来ました。願いを叶えると。気が付いたら私の部屋とこっちの世界が繋がってしまっていました」
「……」
サースが穴が開くんじゃないかっていうくらい、まっすぐに私を見つめている。私は心臓が飛び出しそうなほど鼓動を早めていた。
「一人の攻略対象者とは?」
「サースティー・ギアン様です……」
逃げ場などどこにもない私は、泣きべそをかきながらそう言った。
「なぜ泣くんだ……」
「だって……」
私が気持ちの悪いストーカーだってバレてしまった。
昨日から遠回しには伝えていたけれど、今はっきりと言ってしまった。
訳の分からない神様の力を使って世界を越えてまで、あなたを追いかけて来てるんだって。
「サリーナ、顔を上げて」
サースの声に顔を上げると、どこから出したのかハンカチを顔に当てられて、涙を拭いてくれる。
「今聞いた話のどこにも、嫌いになる要素はない。サリーナが俺を恐れる必要はない。一応言っておくが、俺はもちろん怖いと思わないし、気持ち悪くもなければ、絵を描かれるのはむしろ好ましい」
軽く微笑みながら、優しい口調でそう言ってくれた。
「本当……?」
「ああ」
サースはストーカーを怖いと思わない特殊な人なのだろうか?それとも、気を使ってそう言ってくれているのかな……。
不思議な思いでサースの顔をじっと見つめる。
私の視線を受けて、サースは少しだけ長い睫毛を伏せるようにして、言う。
「サリーナの方こそ、実際に会ってみて、ゲームの中の男と違うと思わなかったのか?」
「……知らなかったことはたくさん知れたけど、全部嬉しかった。思っていたよりもっと優しい人だって知ることが出来た」
「つまらない日常を送っている何も持たない男だっただろう?」
「ううん」
私はサースの制服をぎゅっと掴んで言う。
「毎日一緒にいて、すごく楽しかった」
私の手の上に、サースはそっと手を重ねる。
「……そうか」
その安心したような笑顔が、私の心も温かくしてくれるようだった。
「何も変わってない。サリーナ、明日からも今まで通り来てくれるか?」
「うん……」
ぎこちない笑顔を返すと、サースもほっとしたような顔をする。
心配を掛けていたんだなって気付いて、反省する。
「サリーナはゲームだと言うが」
サースは真面目な顔つきで公式ガイドブックに視線を落としながら言う。
「これは予言のような何かで、この世界の未来を変えるものを秘めた、神の次元の力だろうと思う。それがなぜ、別の世界で具現化されていたのか分からないが」
私はそんな風には思ったことがなかったから、驚いてサースを見上げる。
「サリーナは、神に導かれてやってきてくれた……。そのことで嫌われるなんて思う必要は、本当にないんだ」
私が思ってもいなかったことをサースは言ってくれる。
「……サースは凄いね。私には分からないことを思いつくんだね。私ずっと一人で悩んでても何も分からなかったの……」
「悩んでいたのか」
彼は腕を伸ばしてくると、私の肩を抱いた。
突然サースの匂いと暖かさに包まれて私は動揺する。
「時折思いつめたような顔をしていたが、俺のことで悩ませていたなら申し訳なく思う」
優しくそう言うと、私の肩から腕をさするように手を動かす。
私はドキドキとサースの体温を感じていた。
「サリーナ、これからは、一人で悩まず言って欲しい」
「うん……」
サースは世界で一番優しい。大好きな、大好きな人。
そうして私は、公式ガイドブックを見ながら概略の説明をして、その後にゲーム機の基本操作を教えた。モバイルバッテリーを使えば併せて10時間くらいプレイ出来ること、10時間くらいじゃ完全攻略には程遠いこと。公式画集はおまけだけど、参考にと渡す。
「電源の問題はもどかしいな」
「うん……」
充電のことを考えると全部のルートをやり終えるのに何日くらい掛かるのだろう。
「明日は、夕方返してもらって一度戻って充電しようかな。帰り際にもう一度渡せるよね?」
「ああ」
一応、初回は何も考えずに、攻略本も読まずに、思うがままに進めて終わらせるのがおすすめだと伝える。思うがまま進めたら、一体サースは誰のルートにたどり着くんだろう……それってものすごく気になる。
夕食後、別れ際に谷口くんのことを伝える。
「谷口くんが2日後一緒に来てくれるって言っていたの。サースに会いたいみたいだったんだけど、予定空いているかな?」
「……俺に?」
「たぶん帰還魔法のことだと思う」
「ああ」
「日曜日も空いてたら、とも言ってた」
「ふむ。なら、両日あけておこう」
「良かった」
サースは私の片手を両手で掴むと、優しく握りしめて言った。
「また明日だ、サリーナ」
「うん。また明日ね」
暗闇の中でも美しいサースの微笑は、昨日までと何も変わっていなかった。
(サースは賢くて懐が深くて、なんでも受け入れて聞いてくれた。一体なんでこんな素敵な人が魔王になるなんて言うんだろう。サースは初回プレイを誰とのエンドを迎えたのかなぁ……ああ、頭の中に一瞬薄い本が浮かんだ。読んでないよ!読んでないよ……?と思いながら眠った日)
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