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サースティールート

WINWINの勉強会の日

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 中間テストの結果は散々だったので、もう少し勉強を頑張らないと、夏休み中に補習に行くことになるかもしれない……。
 私はまだ見ぬ未来に怯えていた。

 こんなときこそ、サース先生頼り!
 人類を超えた英知!そして与えられた才を人(私)に分け与えてくれようとする世界で一番優しい人!

 ……今日から教科書も参考書もノートも持って出かけようと思う。
 きっと優しく教えてくれる。彼が時々厳しいのはきっと、私がサースの髪の匂いにうっとりして呆けてしまっているせいに違いないだろうし。



 そんな訳で、教えてもらう気満々の状態で、今日も押入れから異世界へ!

「いない……」

 4時半過ぎに魔法研究室に着いたけれど、扉は鍵がしまっていた。たぶん最近は学校には来ていないんだろうと思うし、迎えにも行けない。
 仕方なく中庭に出ると、ベンチに座る。
 一人だと勉強する気にもならず……うっかり持ってきてしまったスマホにイヤホンを付けて音楽を聴く。研究棟のまわりはひとけがなくて、どうせ誰も通りがかることもないだろうから。

 聴いていたのは、例の乙女ゲームのサントラだ。
 このサントラは、まさに神!という出来ばえで、サース様のキャラソンも入っている。歌詞を暗記する程聞き込んだし、いつでも歌いだせる。

「千の夜を超えて魂が君と重なるまで~♪」

 っていうか千の夜ってなんなんだ。ありふれたフレーズと思って気にしていなかったけれど、今となっては誰がこの歌詞を考えたのだろうかと思う。
 あとこんな歌詞もある。

「終わる未来を~♪君となら変えていける~♪」

 歌いながら思う。
 終わる未来ってなんなんだ。作った人は、魔王堕ちエンドのことを指していたのかな。

「愛する君のために~♪俺は悪になっても~構わない~♪」

「…………サリーナ」

 本物のサースの低い声が聞こえてきて、私はびくりと立ち上がる。
 ああ、似てるけど似てない、本物のサースの方がずっとイケボだ。そして呆れているのかいつもより心持ち声が低い……。

 黒髪ロン毛の美しい人は、イヤホンを付けながら音痴な歌を歌っていた私を訝し気に見下ろしていた。
 今まで見て来た中で、確実に、今日のサースの私を見下ろす瞳の中の困惑の色は、一番濃い。真っ黒だ。漆黒の瞳だけど。

「……何をしていたんだ?」

 歌を歌っていて……そう言おうとして、私が音楽を聴いていたこともきっと分からないだろうなって気が付く。
 イヤホンを耳から外して、サースのところに歩いていくと、さりげなく曲を流行りのポップスに変えてから、彼の耳にあてた。

「音楽を聴ける機械なんですよ」
「ほう」

 サースは長い睫毛を伏せるようにして耳を澄ませる。
 見上げた真上に、美しい顔が無防備に目を瞑っているから、私はドキドキしてしまう。

「教科書を見て、文明の発達が違うことは理解していた」

 サースはそう言ってから、瞑っていた瞼を上げて私をまっすぐに見つめた。

「サリーナ頼みがある」
「うん?」

 そんなことを言い出すのは、まさにはじめてのことだった。
 彼はいつも私に優しくしてくれるばかりで、自分の事なんて考えてもいないんじゃないかっていうくらい後回しにする人だったから。

「なんでも聞くよ!」
「……そう素直になんでも聞くと言われると困るが……」

 何が困るんだろう?と首を傾げる私を、サースは少しだけ笑って見下ろす。

「……サリーナの世界のことが知りたい。本でも、機械のことでもいい、今日から教えてくれないか」
「うん……?構わないよ」

 そっか、サースは研究熱心な人だもんね。目の前にこんな文明の利器を見てしまったらそりゃ気になるよね。

「あ、でも、良かったら勉強もちょっと教えてもらえないかな……」

 私の台詞にサースは柔らかく微笑む。

「そんなことはいつでも教える」

 細められた瞳に込められる優しさの色に私は彼に抱き付きたくなってしまう。自重自重。
 やっぱりサースは、世界で一番優しい。





 サースはスマホをとても興味深げに見ていた。
 操作方法を教えると、それだけで簡単に画面を操って行く。
 私は写真アプリだけは「ダメ絶対」と開かないように念を押した。
 そこにはいろいろなサース様画像が保存されている。公式でもちょっとギリギリを攻めた画像が用意されていたので、そんなものを本人に見られたら、もう二度と口を聞いてもらえないだろうと思う。
 今日は帰ったらデータはパソコンに移してスマホの中身は綺麗にしておこうと心に誓った。

 電波の入らないスマホでは出来ることは限られていたけれど、サースは退屈する風でもなく考えるようにしながら動かしていた。

「魔法が無くても、連絡が出来る手段があるというのは便利だな」
「……うん?」

 サースの言葉に私は疑問を抱く。魔法がなくても……?

「魔法があれば連絡取れるの?」
「ああ」

 初耳なんですけど?

「どうやって?」

 サースは顔を上げて「ああ……知らないのか」と言うと、少し考えるようにしてからじっと私を見つめた。

「……あらかじめ契約を交わした者同士で、連絡を取れる手段を魔法で作ることが出来る。少し面倒なので、家族や、恋人など、特定の人とだけ契約する人が多い」

「ふうん?」

 じゃあ、友達とメッセするみたいな気軽なものじゃないのかな。スマホの家族間割引をするときくらいの親密性のある関係で契約するのかな?

「じゃあ私とサースは契約出来ないんだ?」

 私の言葉にサースが、一瞬、瞳を揺らした。
 そして、ゆっくりと、笑みを浮かべた。

「お互いの粘液を混じり合わせながら契約を交わす。一般的には口づけをするな」
「……はい?」

 驚いてサースの顔を見つめると、なんか絶対面白がっているような流し目を私に向けている。

「ふ、ふぅん?そうなんだ」

 動揺を悟られないように答えると、サースが「契約するか?」と言い出したので、私は盛大にむせってしまう。
 せき込んでいる私を、サースが顔を背けて、声を押し殺すようにして笑っている。
 遊ばれている気がする。

「契約しましょうか……?」

 つい悔しくて、言い返したい気持ちになっていた私は、売り言葉に買い言葉、勢いだけでそう言ってしまった。
 お、サースがぎょっとして振り返ったよ。勝った!?

「……契約するぞ?」

 あれ、勝って負けた……?あれ?逃げ道なし?

「あ、やっぱり……」

 そう言って後ずさる私の腕をサースが掴んだ。ぎゃー!逃げられない。
 サースは私の片手を握ると、顔の前に持ち上げた。

「サリーナ、手の甲を少しだけ、舐めて」
「舐め……?」
「契約を交わす」

 あ、舐めるだけで良かったの。びっくりした。推しのファーストキスの危機が訪れていたのかと思ってしまった。
 キスに比べたら、恥ずかしさも薄く……私は自分の手の甲をちょっとだけ舐める。 
 するとサースは、私の手を彼の顔の前に持ち上げ、手の甲にキスをした。

 頭が真っ白になりながら、それを見守っていた。

 ゆっくりと、彼の形の良い唇が私の手の甲に触れる。
 彼が何かを小さく呟く。
 私の手から光がキラキラと溢れて行く。
 サースは私の手にもう一度顔を落とすと、今度は小さく舐めるようなキスをした。

 たぶん一瞬、私は、成仏した。
 神様仏様。もう思い残すことはありません。

「……終わりだ」

 私の手を解放し、体を離したサースがなんか言っているけれど、頭が働かない。

「……サリーナ?」
「……え?」

 まともに会話出来ない私の様子を見て、サースも少しだけ、頬を染めながら目を逸らした。

「……魔力を消費するから、今は、俺の方から一方的に連絡をとることしか出来ないが」

 そうなんだ?私魔力を封じられているんだよね。

「一度試すぞ」
「うん……」

 サースが何かを呟くようにすると、目の前に何かキラキラした光が舞いだした。

「その光が、俺からの伝言だな」
「伝言……!」
「光に触れると読み取れる」
「おお!」

 魔法の光にちょこんと触れると「勉強頑張れ」ってイケボイスの伝言が入っていた。サース先生……!

「……勉強、頑張ります……」
「うむ……」
「私も魔法使えるようになったら伝言出せる?」
「……おいおいな」

 おお、出来るようになるんだ!魔法の勉強もしてみたいなぁって、初めて思う。




 その後は、勉強を教えてもらったり、ちょっとだけ絵を描いたり、サースは飽きもせずスマホをいじっていたりと、夕食までの時間を過ごした。

 寮の夕食に行くと、今日もラザレスが来ていた。すっかり定番メンバーが決まってしまっている。
 ローザ様、メアリー様、ロデリック様、アラン様、ラザレス、サースと私。
 攻略キャラが大集合しているけど、いいのだろうか?
 やっぱりヒロインがいるから集まって来ちゃうのかなぁ。
 まだ出て来ていない、王宮の騎士様とかの攻略キャラもそのうちお会い出来るのかな?




 別れ際、サースが言う。

「サリーナ、一番好きな絵が欲しい」

 久しぶりに言われたなって思う。

「…………うん」
「なんだその沈黙は?」

 だって、この間ミューラーが譲渡とか訳の分からないことを言ってたから……。でもサースは何もしらないし。これってサースに言ってもいい情報なのかな。
 というのも、私はサースに絶対に知られたくないことがある。

 彼のことが大好きだってこと。ストーカーなんだってこと。
 だからゲームのことを彼に知られてしまうと、そこからバレてしまうと思っている。
 いつもどこまで話しても大丈夫な範囲なのか、考えると頭が働かなくてぐるぐるとしてしまう。

「はい、どうぞ」
「……何を悩んでいたんだ?」
「どれが一番か決めるのは悩ましいのですよ」
「そうか……」

 サースは絵を受け取ると、少しだけ優しい瞳で見つめた。
 その瞳は、私が今日描いた彼によく似ていた。

「また明日、サリーナ」
「また明日ね」





(魔法を勉強したら、私からもサースに伝言が送れるようになれるのかなぁ。折角サースが魔力を暴走させないようにペンダントを作ってくれたけれど、私も魔法が使えるようになりたいな。あと今度ミューラーを呼び出してもう少し話を聞いておきたいなってやっと思う。寝る前に忘れずに激ヤバ画像をパソコンに移した日)

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