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ツルカ

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犀河原慧十郎の初恋(6)

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 慧くんからの射抜くような真っ直ぐな眼差し。
 それが今私に注がれている。

 今日、ここで会えたのはきっと偶然なんだろう。
 お父さんとお母さんに会いに来たお墓で、彼に会えた。

 新緑溢れる霊園に、サァ……と音を立てて風が吹き抜けていく。

 目の前の彼の髪が揺れる。

 若君様――私の恋する人であり、小さな頃に婚約をしていたこともある慧くんは、感情を乗せていない瞳で私を見つめている。

 綺麗な、人。
 整った顔立ちも、繊細な目鼻立ちも、風が描いていく美しい絵画のよう。対して私は、平凡な容姿に、普通の子供であるというお墨付きまで頂いている人間。まるで正反対だ。

(良いのかなぁ……)

 と言う思いが唐突に浮かぶ。気が付いてしまった。

(私は、彼に、好きだと告げても良いの?)

 だって、私と彼とは本来住む世界が違う。お近づきになるのも難しい存在に、近寄ろうと画策した挙句、花嫁に一方的に立候補までしようとしているなんて……。

 痛い。痛い子だ。
 そんなことに気がついてしまうと、気後れしてしまう。

 私なんかが、声を掛けてもいいのかなって……。

 だけど目の前にいるのは、小さな頃を一緒に過ごした慧くんで、学園の憧れの的である若君様でもあるのに、何も言ってくれなかった人で、そう思うと心がぐちゃぐちゃしてしまい、私は気まずくなって視線を伏せた。

 少しの沈黙が、風の音だけを響かせていく。

「……思い出したんだろう?」

 しばらくしてから彼の声が聞こえた。
 ゆっくりと顔を上げると、彼は変わらぬ表情で私を見つめていた。

「うん……」
「そうか」

 ふっと、少しだけ、彼は息を吐くようにした。
 そうして言った。

「俺の一存で、君の記憶を改竄したことを、まず謝りたい。申し訳なかった」
「うん……でも、思い出したら、私のためにしてくれたことだってちゃんと分かったから、謝る必要はないよ。慧くんは何も悪くない」
「……」

 若君様からの探るような視線を受けながら、私は笑顔で言う。

「小さな頃、私を助けてくれたことも。私のためにしてくれたことも。今、また助けてくれていることも、とても感謝してます。ありがとう……慧くん」

 私の言葉を受けて、少しだけ彼の表情が歪んだ気がした。

「もしかして……私に会いに来てくれたの?」
「ああ。累に聞いた」

 累先輩は結局伝えてくれていたんだな。
 私が若君様に会いたがっていること。聞きたいことがあること。

 彼を前にすると、聞きたかったことも言葉に出来なくなる。怖いのかもしれない。返答は、私や彼を傷つけるかもしれない。

 だけど……。

(お父さんお母さん。勇気を下さい)

 逃げないと決めた。私は私の出来ることを全てしたい。後から後悔することなんて二度と嫌なのだ。

「思い出して、一番に慧くんに会いたかった。そして聞きたかった」
「……混乱しただろう。なんでも答えよう」

 彼を見上げると、私をまっすぐに見つめる彼の瞳とぶつかる。

「昔の記憶を思い出したのは、みんなと10歳の誕生会の日の記憶を共鳴したからなの」
「共鳴か」

 彼が少しだけ眉根を顰める。私たちだけの幼い日の記憶がみんなにも伝わってしまっているのだから、複雑な気持ちになるのかもしれない。

「剣くんが言ってたの。いずれ私は事故の日のことも思い出したし、能力のことも知ったはずなのに、あの日に記憶を消す必要はあったのか、って」

 透き通るような若君様からの眼差し。表情が読めない。

「どうしてあの日、私の記憶を消して婚約を解消したの?」
「……」

 吹き抜けていく風の中、彼は私を見つめている。
 言葉を選んでいるのかもしれない。けれど私は、その答えをもう知ってると思う。

 彼は私にも彼自身にも、微塵も執着がなかっただけだ。

「……生まれて初めてだったんだ」
「え?」

 ポツリと呟かれた彼の言葉は、思っていたものと全然違った。生まれて初めて?

「自分以外の誰かに、共感したことが。とても激しい胸の痛みを感じた」

 共感……?
 なんの話をし出したのか分からなくてポカンとしてしまう。

「聞いているだけで体が張り裂けそうなほどに、悲しい泣き声だった。それをさせたのは、間違いなく俺自身だった。そうなると分かっていて、君を気まぐれに側に置いた、俺の人としての配慮の無さに愕然とした。君を、俺のような心無い先祖返りの側に置いておくわけには行かないと自覚した」

 風が吹き抜けていく。

「側に留めおけば、俺はきっと幾度も、君を傷つけることを繰り返しただろう。一族に縛られる理由などどこにもない君を、幼い俺の欲求で縛るわけには行かなかった。君を俺自身から逃がし、一族から手放すには、記憶を無くすのが最善だと、あの時はそう判断した」

 彼の台詞は私の想像とはまるで違った。

 私を慧くんから逃すため?

 そんなはずはない。だって、彼は、彼の瞳は、いつだって何も映してはいなかったのに。
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