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君のために

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「500年前のルシアのいとこ、かつての魔女を倒した天使と呼ばれた者は……君と同じ世界の記憶を持っていたようだ」

「私と……?」

 その人も、私と同じように転生した人だったの?

「そうだ。その子はルシアに度々、違う世界の話を聞かせていたそうだ。魔法がない社会で育った記憶と、違う宗教の概念を持っていた。だからこそ、自分の育った環境の歪さに気付いたように、陰ながらルシアを守ろうとしていたのではないかと……思える節がある。ルシアも当時は良く分からなかったそうだが、君の記憶に触れてそう思えるようになったそうだ」

 私の記憶から……?
 ルシアはそんなことまで考えていたんだ。

「そして創始の神のことだが。かの神も、君たちと同じだったのではないだろうかと、僕らは推察している」
「え……?」

 お父様は少しだけ困ったように笑う。

「神が人を創ったと言われているが、ルシアは少し違うように記憶していた。神が言葉を教えて、我らを人にしたのだと。そしてその教えた言葉自体が……君の記憶の中にあるものと非常に良く似ているそうだ」
「……」

 この世界の神様が転生者で言葉を教えた――?

 ずっと、ルシアの記憶でこの世界の言葉が分かるんだと思ってた。でも、元々言葉がにている……?

 だけど信じられない。
 同じ世界の人だとは思えない。だって、だって……。

「だったらどうして、人を悪魔にするだなんて言ったの……?」
「それは分からないんだ」

 だが、とお父様は続ける。

「分かっていることは幾らかある。別の世界から生まれ変わった者たちは、天使と呼ばれる力を使える。何故かは分からない。世界を超えた彼らは、僕らには計り知れない力を秘めているのかもしれない。そして彼らは悪魔を倒せる。倒せるだけじゃない、魔の力を浄化出来る。その二つの力については研究の成果があるので後ほど聞かせたい」

 お父様は私を真っ直ぐに見つめて言う。

「そして君は……かつての魔女が入り込んだために『器』としての体を持つことになった、天使の力を使える者だ」

 器であり、天使――

「君になら、悪魔に変化することを、抑えることが出来るはずなんだ」












 研究所を見てほしい、とお父様に連れられて施設を歩いた。そしてまた別の部屋にたどり着くと、ここにも防音設備があるから、なんでも話しても大丈夫だよと教えてくれる。

「リオンくんの植物の研究を知っているかい?」
「ええ」
「その研究を見てきた、もう一人のルシアが言っていた。浄化をし続ければ、魔の森の植物も魔物も、いずれ元の生き物に戻って行くのだろうと」
「そうなんですね」

 リオンくんの研究を確かに手伝っていたことを思い出す。

「ああ。だが、肉体が変わるほど変化してしまったら、もう元には戻れないんだ。体に刻まれてしまうように、浄化の魔法では戻せない。例えば証の刻まれた体自体は、なかったことには出来ないんだ」

 悪魔の証は浄化では消せない……。

「例え天使の力が使える君でも、自分の悪魔の証が消せないはずだ」
「浄化を掛けても消えませんでした」
「そうだろう」

 消えなかったけど……だけど、ジェイラスから移って来たのはどう言うことだったんだろう。

 お父様は、保管庫から大事そうに箱を持って来た。そして中から様々な装飾品を取り出す。

 腕輪のようなもの、サークレットのようなもの、指輪のようなもの、ネックレスのようなもの……。

 こんなところにアクセサリー?と不思議に思う。

「これはね、魔の力を吸い込める魔道具なんだ」
「魔道具……?」
「そうだ」

 よく分からないけど魔法の道具なんだよね。

 そうしてお父様は話してくれた。

 ルシアが小さかったころから、いつか私が目覚めたときに魔の力に打ち勝てるように、可能な限りの生きるための手段を残しておこうとしてたんだと。

「ルシアが……もう一人の私の子が、ずいぶん頑張ってくれてね。研究を手伝ってくれた。10年以上掛けて、君を守るためのものを色々作ったんだ」

 お父様は私に装飾品をはめていく。
 頭に、首に、腕に、指に……。

 細い銀細工のようなそれには、宝石が散りばめられている。とても美しくて、魔法の道具のようにはとても見えない。

「君自身は、浄化をし続けていればこれ以上の肉体の変化は起こらないだろう。だが、浄化が追いつかないほどの力に襲われたら、これらを使いなさい。これは、魔の力を移せる道具だ」
「魔の力を移せる道具?」
「そうだ。彼の体から悪魔の証を移せたように、ある程度の魔の力は移動が出来る。浄化で消せないほど溜め込まれたものでも、移せるんだ。証は肉体に刻まれているから魔道具には移せないと思うが……」

 私は腕輪と指輪をそっと撫でる。

 ここに力を移せる――

「……似合っている」

 お父様が微笑んでいる。

「日常で付けていられるように工夫したんだ。いつ何があるか分からないからね」

 だから装飾品なんだね。

「この道具はこれからもいくらでも作っていく。壊して構わない。君が生き延びるために使いなさい」

 そう言うとお父様は私を抱きしめた。

「僕はね……ずっと、大人になった君とこんな風に話したいと思っていたんだ」

 私によく似たお父様の広い胸板で、温かな体温を感じる。
 背中を撫でる優しい抱擁。
 不思議なくらい安心する。どうしてなんだろう。ずっと知ってる温かさな気がする。私の体と心が、お父様を覚えているんだろうか。

「僕らは君が生きているだけでいいんだ。もう巣立つ歳だからね。僕の方が子離れ出来ないだけなんだ。君は幸せになりなさい。幸せに生きることを、諦めずに進みなさい」

 懐かしい、と思う。
 私によく似た容姿のお父様。見つめているだけで心が温かくなる。

「君のために生きて来た。僕も、妻も、もう一人のルシアも、友人のあの子も、君の幸せを願っている。我が子ルシアは、その人生を人のために捧げ、様々な成果を残し、そして亡くなった……ことになる。君は君の人生を生きなさい」

 顔を上げると、お父様が私を微笑んで見つめている。

「……愛しているよ」

 ――ドクリ、と心臓が跳ねて、痛みを感じる。

 記憶の中のパパの笑顔がお父様に重なった。

 パパ……。

 綺麗で優しくて、嘘ばっかりだったパパ。

 とても美しい笑顔で同じことを言っていたけど二度と会いに来てくれることもなかった。

「たとえ会えなくなっても……僕らは、君が生きていてくれるだけで幸せなんだ」

 泣きそうな笑顔でお父様が言う。

「……お父様」

 どうしてだろう。

 私も涙が溢れてくる。
 切なくて、悲しくて、だけど胸が少しだけ楽になる。

「うまく言えないけど……すごく嬉しいんです」
「ああ……僕も今、君を抱きしめられて嬉しいよ」

 涙をお父様がぬぐってくれる。
 ジェイラスはそんな私を少し心配そうに見つめていた。

「ごめんなさい……」
「泣いてもいいんだ。ずっと辛かっただろう」
「う……お父様……っ!」

 お父様は優しく背中と頭を撫で続けてくれた。

 この日お父様の腕の中で、辛い記憶を洗い流すように……私は長い時間子供のように泣き続けたのだ。
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