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溢れ続けるもの(sideジェイラス)
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眠りについたと思ったシオリが、むくりとベッドの上に起き上がる。
――?
不自然な動作に違和感を感じ、彼女の顔を覗き込むと、泣きはらした目がまっすぐに俺を見つめた。
睨むように、意志の強さを感じさせる瞳。
――ルシア、か。
「……私よ」
「ああ」
「こんなに早く変わるつもりは無かったのだけど……」
少しだけ気怠げに彼女は言う。
今朝ルシアは眠りにつくと言って話を終えたばかりだ。
あれからまだ数時間しか経っていない。
「……丁度いいから、シオリが眠っている間に、お父様に会ってくるわ」
彼女はベッドから起き上がると、俺を振り返って楽しそうに微笑んだ。
「着替えを覗きたいの?」
そんな台詞の一つずつから、俺はシオリとルシアの違いを、いつも感じている。
「……ルシア」
研究室に向かうと、ルシアの姿を遠目で見ただけで、彼女の父クロード・フォスターは彼女を見分けた。
彼は一瞬戸惑い、けれどすぐに微笑み両腕を広げる。ルシアは弾かれたように彼の胸の中に飛び込んだ。
彼らは何も語らずただ抱き合い、そうして彼の個室へと消えて行った。
小一時間、彼らは戻って来なかったが、戻ってきたときルシアは先ほどのシオリのように目を腫らしていた。
彼女を屋敷に送る道すがら、少しだけ話を聞く。
「18年よ」
ルシアは嬉しそうに微笑んで言う。
「自分の子ではないと知っていたのに、愛してくれたのよ」
夕方の日差しが彼女の髪に反射し、キラキラと輝く。
「初めてだったの。自分のことのように私のことを心配してくれて……ううん、自分のこと以上に、私が傷付くことや、私が不幸になることに、心を痛めてくれた。とても純粋な、何も見返りを求めない真っ直ぐな感情を、与えられたのは……初めてだったのよ」
彼女の瞳が夕日を映して赤く染まる。
「家族ってそう言うものなのね。当たり前のものだったのかもしれないけど、私は知らなかったのよ」
「……俺も、知らないな」
知りはしないが、見ていれば分かる。
愛を与えることが出来るシオリは、愛情を注がれて育った娘だ。
そしてルシアと彼の父の間にあるものは、お互いを思い合う姿だ。
「……大丈夫よ、あなたは」
ルシアは薄く笑うとなんでもないことのように言う。
「あなた、私と違って、綺麗なままだったもの。だからシオリはきっと惹かれたのよ」
「……適当なことを言う」
「ふふ。でも、本当に大丈夫よ。シオリはあなたのことが大好きだもの」
ルシアは少しだけ悲しげな笑顔を浮かべた。
「取り返しが付かなくなる前に、あなたは助かったのよ」
「……助かる?」
「私にはそう思えるわ……」
「どう言う意味だ?」
「どう言うって……」
ルシアはその透き通るような瞳でまっすぐに俺を見つめ、言った。
「あなたは、堕ちる前に、踏みとどまることが出来たのよ」
夜、部屋にシオリが訪れた。
そう、シオリだ。ルシアではない。俺を見つめ恥じらうように微笑む姿は、シオリでしかありえない。
「あの……ジェイラス」
「ああ」
「今日も、一緒に寝ていい?」
「……」
「よ、よ、よかったら、一緒に居たい」
「……どうかしたのか?」
何故だか、いつもとどこか違うように思う。
シオリは俺のシャツを強く掴むと、顔を真っ赤にして俺を見上げた。
「あなたに側に、居て欲しい」
「……」
「あなたと一緒に生きていきたい」
シオリは涙目になりながら続ける。
「あなたの抱えているものを一緒に抱えたい。私の抱えているものを……一緒に抱えて、欲しい」
……そんなことを気負って言う必要はないのに。
彼女はまるで、生きるか死ぬかのような、真剣な表情で語っていた。
「シオリ」
「……うん」
「約束する」
「……」
「共に、抱えよう」
「……うん!」
彼女は涙を溢れさせると、俺にしがみついて来る。
きっと彼女は、とても繊細な弱い心の持ち主だ。
明るく優しいけれど、一人で悲しみを抱え持ち、強く生きているように見えながら、傷つかないように自分を守っていたのだろう。
人の心の複雑さを、俺は彼女から学んでいく。
愛しく、好ましく、俺から優しさという感情を、引き出し続ける女。
そんな彼女に出逢えた幸運を、俺は彼女と共に、この胸に抱き締めている。
――?
不自然な動作に違和感を感じ、彼女の顔を覗き込むと、泣きはらした目がまっすぐに俺を見つめた。
睨むように、意志の強さを感じさせる瞳。
――ルシア、か。
「……私よ」
「ああ」
「こんなに早く変わるつもりは無かったのだけど……」
少しだけ気怠げに彼女は言う。
今朝ルシアは眠りにつくと言って話を終えたばかりだ。
あれからまだ数時間しか経っていない。
「……丁度いいから、シオリが眠っている間に、お父様に会ってくるわ」
彼女はベッドから起き上がると、俺を振り返って楽しそうに微笑んだ。
「着替えを覗きたいの?」
そんな台詞の一つずつから、俺はシオリとルシアの違いを、いつも感じている。
「……ルシア」
研究室に向かうと、ルシアの姿を遠目で見ただけで、彼女の父クロード・フォスターは彼女を見分けた。
彼は一瞬戸惑い、けれどすぐに微笑み両腕を広げる。ルシアは弾かれたように彼の胸の中に飛び込んだ。
彼らは何も語らずただ抱き合い、そうして彼の個室へと消えて行った。
小一時間、彼らは戻って来なかったが、戻ってきたときルシアは先ほどのシオリのように目を腫らしていた。
彼女を屋敷に送る道すがら、少しだけ話を聞く。
「18年よ」
ルシアは嬉しそうに微笑んで言う。
「自分の子ではないと知っていたのに、愛してくれたのよ」
夕方の日差しが彼女の髪に反射し、キラキラと輝く。
「初めてだったの。自分のことのように私のことを心配してくれて……ううん、自分のこと以上に、私が傷付くことや、私が不幸になることに、心を痛めてくれた。とても純粋な、何も見返りを求めない真っ直ぐな感情を、与えられたのは……初めてだったのよ」
彼女の瞳が夕日を映して赤く染まる。
「家族ってそう言うものなのね。当たり前のものだったのかもしれないけど、私は知らなかったのよ」
「……俺も、知らないな」
知りはしないが、見ていれば分かる。
愛を与えることが出来るシオリは、愛情を注がれて育った娘だ。
そしてルシアと彼の父の間にあるものは、お互いを思い合う姿だ。
「……大丈夫よ、あなたは」
ルシアは薄く笑うとなんでもないことのように言う。
「あなた、私と違って、綺麗なままだったもの。だからシオリはきっと惹かれたのよ」
「……適当なことを言う」
「ふふ。でも、本当に大丈夫よ。シオリはあなたのことが大好きだもの」
ルシアは少しだけ悲しげな笑顔を浮かべた。
「取り返しが付かなくなる前に、あなたは助かったのよ」
「……助かる?」
「私にはそう思えるわ……」
「どう言う意味だ?」
「どう言うって……」
ルシアはその透き通るような瞳でまっすぐに俺を見つめ、言った。
「あなたは、堕ちる前に、踏みとどまることが出来たのよ」
夜、部屋にシオリが訪れた。
そう、シオリだ。ルシアではない。俺を見つめ恥じらうように微笑む姿は、シオリでしかありえない。
「あの……ジェイラス」
「ああ」
「今日も、一緒に寝ていい?」
「……」
「よ、よ、よかったら、一緒に居たい」
「……どうかしたのか?」
何故だか、いつもとどこか違うように思う。
シオリは俺のシャツを強く掴むと、顔を真っ赤にして俺を見上げた。
「あなたに側に、居て欲しい」
「……」
「あなたと一緒に生きていきたい」
シオリは涙目になりながら続ける。
「あなたの抱えているものを一緒に抱えたい。私の抱えているものを……一緒に抱えて、欲しい」
……そんなことを気負って言う必要はないのに。
彼女はまるで、生きるか死ぬかのような、真剣な表情で語っていた。
「シオリ」
「……うん」
「約束する」
「……」
「共に、抱えよう」
「……うん!」
彼女は涙を溢れさせると、俺にしがみついて来る。
きっと彼女は、とても繊細な弱い心の持ち主だ。
明るく優しいけれど、一人で悲しみを抱え持ち、強く生きているように見えながら、傷つかないように自分を守っていたのだろう。
人の心の複雑さを、俺は彼女から学んでいく。
愛しく、好ましく、俺から優しさという感情を、引き出し続ける女。
そんな彼女に出逢えた幸運を、俺は彼女と共に、この胸に抱き締めている。
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