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お父様
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目を覚ますと、長い睫毛を伏せたジェイラスが安らかな顔で眠っていた。
朝日を浴びる、彼の彫りの深い顔立ち。
(ジェイラス……)
目を覚まして、夢なのかと思った。
昨夜は何度もその口で「何も心配はいらない」と彼は言ってくれていた。
違う世界で生きたおかしな存在であることを伝えても、彼は何も変わらず抱きしめてくれた。
『シオリに会えて……良かった』
話を聞いたジェイラスはそんなことも言っていた。
まるで、私がジェイラスに言ってきたような台詞だったから驚いた。
彼はそっと宝物のように私の頬を撫でると、求めるように私に口づけを落とした。
彼が異性として私を見つめてくれていたことを初めて知った。
嬉しかった。
愛している人が私を望んでくれている。
けれど、私は……。
(私は、いつまで彼の隣に居られるのかな)
愛している人に抱きしめられるベッドの上で、幸福感と同じくらい、心には哀しさを感じている。
フォスター領。
調べたところによると、それはルシアの生まれ育った場所らしい。
魔力研究所という施設があり、ルシアは私たちにそこに行けとジェイラスに伝えていた。
宿での朝食後、部屋の一室に集まって私たちは話し合いをしていた。
「リンメルの知人に、紹介状をもらってあります」
リオンくんが机に封書を置きながら言った。
「植物の研究をする中で携わった方々の中につてを持つ者がいました」
リオンくんがにっこりと笑う。
「なので、僕らは正面から訪ねることが出来ます」
すごい……。
私とジェイラスだけだったら、近付くことさえ、どうしたらいいか分からなかったかもしれない。
「ありがとうリオンくん」
「たいしたことではありませんよ」
リオンくんは答えた後に、真剣な表情でリュードさんに向き直る。
「あなたにお願いがあります。ルーシーさんを、一番にお守りしてください」
「ああ、分かったよ」
雇用関係にあるリュードさんは真面目な顔でうなずく。
「リュード、世話になる」
「あ?ああ……」
ジェイラスの言葉にリュードさんは訝しげに答える。
「何も心配はいらない」
ジェイラスは私の肩に手を置くと、いつもの台詞を言った。
私はそんなにもいつも、心配そうな顔をしているのかな、なんて少しだけ気になってしまった。
そうしてやって来た、フォスター領にある魔力研究所。広い敷地に、石造りの大きな建物が建っている。
私達は馬車で乗り込み、貴族の子息とそのお付きとしてやって来た。
リオンくんの行っている研究の為の視察と言うことになっている。
「お待たせしました」
通された客間のような場所で待っていると、銀色の髪と水色の瞳を持つ、すらりと背の高い壮年の男性が部下に連れられてやってきた。
(ルシアに似ている――)
たぶんみんながそう思った。ちらりと少しだけ私に視線が向けられるのを感じる。
「お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
「いや、かまわんよ。貴方のお噂はかねがね聞いておりました。お会い出来るのを楽しみにしていました」
挨拶を済ませると席を勧められる。部下の方が部屋を出て行くと、リオンくんは私に合図をした。
私は、フードに手を掛けるとゆっくりと外した。正面に座るその男性は、何気なく見つめていたその瞳を驚愕するように見開いた。
口が声を出さずに動いていた。ルシアと。
(……ああ、やっぱり)
瞳と髪色を変えても一目で気付いてしまうこの人は、きっと、ルシアのお父様なのだろう。
男性――お父様は、しばらく固まるように私を見つめていたけれど、はっとしたように辺りを見回すと、少し考えるようにしてから言った。
「宜しければ、私の部屋に場所を移しましょう」
お父様の部屋は、簡易な応接設備がある書斎のような部屋だったのだけど、防音の魔法が掛けられている部屋なのだという。
「ここでの会話は外には漏れません」
そう言ってから、お父様はリオンくんに向き直る。
「宜しければ、本当のご用件を教えて頂けますか?」
リオンくんは思案するようにしてから私を見つめる。
ここに来たのは、ルシアのことを知りたかったからだ。
どうして追放されることになったのか、ルシアは何者なのか、シオリはどうしてここにいるのか。
だけどさっきから、私の心は叫び出しそうなほどに激しく揺り動かされている。
愛している人にやっと逢えたような、心から歓喜が湧き上がるようなこの感覚を、ジェイラス以外から感じたのは初めてだ。
(……ルシアなの?)
ルシアの心が叫んでいるように思う。
「お父様……?」
思わずそう口にしてしまうと、お父様は頬を染めるような笑顔を浮かべた。
「ルシア……おいで」
「お父様……」
両手を広げた彼の胸の中に飛び込んでしまう。柔らかく受け止めてくれる温かな体温。この場所を、私は知っている気がする。
「お、お父様……」
涙が両目から溢れ続ける。
私はこの人を知らない。なのに嬉しくて悲しくて涙が止まらない。
「会いたかったよ……僕の大事な、二人の子」
(二人の子……?)
言葉の意味は分からなかったけれど、抱きしめてくれる手は優しくて、温かくて、この世界に来てから初めて……心から安心出来る気がした。
守ってくれる。私はそれを知っている。
知らない人を前にして、そんなことを感じるのはおかしい。
訳の分からないまま涙が止まらなくて、私はそのまま彼の胸の中で泣き続けた。
朝日を浴びる、彼の彫りの深い顔立ち。
(ジェイラス……)
目を覚まして、夢なのかと思った。
昨夜は何度もその口で「何も心配はいらない」と彼は言ってくれていた。
違う世界で生きたおかしな存在であることを伝えても、彼は何も変わらず抱きしめてくれた。
『シオリに会えて……良かった』
話を聞いたジェイラスはそんなことも言っていた。
まるで、私がジェイラスに言ってきたような台詞だったから驚いた。
彼はそっと宝物のように私の頬を撫でると、求めるように私に口づけを落とした。
彼が異性として私を見つめてくれていたことを初めて知った。
嬉しかった。
愛している人が私を望んでくれている。
けれど、私は……。
(私は、いつまで彼の隣に居られるのかな)
愛している人に抱きしめられるベッドの上で、幸福感と同じくらい、心には哀しさを感じている。
フォスター領。
調べたところによると、それはルシアの生まれ育った場所らしい。
魔力研究所という施設があり、ルシアは私たちにそこに行けとジェイラスに伝えていた。
宿での朝食後、部屋の一室に集まって私たちは話し合いをしていた。
「リンメルの知人に、紹介状をもらってあります」
リオンくんが机に封書を置きながら言った。
「植物の研究をする中で携わった方々の中につてを持つ者がいました」
リオンくんがにっこりと笑う。
「なので、僕らは正面から訪ねることが出来ます」
すごい……。
私とジェイラスだけだったら、近付くことさえ、どうしたらいいか分からなかったかもしれない。
「ありがとうリオンくん」
「たいしたことではありませんよ」
リオンくんは答えた後に、真剣な表情でリュードさんに向き直る。
「あなたにお願いがあります。ルーシーさんを、一番にお守りしてください」
「ああ、分かったよ」
雇用関係にあるリュードさんは真面目な顔でうなずく。
「リュード、世話になる」
「あ?ああ……」
ジェイラスの言葉にリュードさんは訝しげに答える。
「何も心配はいらない」
ジェイラスは私の肩に手を置くと、いつもの台詞を言った。
私はそんなにもいつも、心配そうな顔をしているのかな、なんて少しだけ気になってしまった。
そうしてやって来た、フォスター領にある魔力研究所。広い敷地に、石造りの大きな建物が建っている。
私達は馬車で乗り込み、貴族の子息とそのお付きとしてやって来た。
リオンくんの行っている研究の為の視察と言うことになっている。
「お待たせしました」
通された客間のような場所で待っていると、銀色の髪と水色の瞳を持つ、すらりと背の高い壮年の男性が部下に連れられてやってきた。
(ルシアに似ている――)
たぶんみんながそう思った。ちらりと少しだけ私に視線が向けられるのを感じる。
「お忙しい中お時間を頂きありがとうございます」
「いや、かまわんよ。貴方のお噂はかねがね聞いておりました。お会い出来るのを楽しみにしていました」
挨拶を済ませると席を勧められる。部下の方が部屋を出て行くと、リオンくんは私に合図をした。
私は、フードに手を掛けるとゆっくりと外した。正面に座るその男性は、何気なく見つめていたその瞳を驚愕するように見開いた。
口が声を出さずに動いていた。ルシアと。
(……ああ、やっぱり)
瞳と髪色を変えても一目で気付いてしまうこの人は、きっと、ルシアのお父様なのだろう。
男性――お父様は、しばらく固まるように私を見つめていたけれど、はっとしたように辺りを見回すと、少し考えるようにしてから言った。
「宜しければ、私の部屋に場所を移しましょう」
お父様の部屋は、簡易な応接設備がある書斎のような部屋だったのだけど、防音の魔法が掛けられている部屋なのだという。
「ここでの会話は外には漏れません」
そう言ってから、お父様はリオンくんに向き直る。
「宜しければ、本当のご用件を教えて頂けますか?」
リオンくんは思案するようにしてから私を見つめる。
ここに来たのは、ルシアのことを知りたかったからだ。
どうして追放されることになったのか、ルシアは何者なのか、シオリはどうしてここにいるのか。
だけどさっきから、私の心は叫び出しそうなほどに激しく揺り動かされている。
愛している人にやっと逢えたような、心から歓喜が湧き上がるようなこの感覚を、ジェイラス以外から感じたのは初めてだ。
(……ルシアなの?)
ルシアの心が叫んでいるように思う。
「お父様……?」
思わずそう口にしてしまうと、お父様は頬を染めるような笑顔を浮かべた。
「ルシア……おいで」
「お父様……」
両手を広げた彼の胸の中に飛び込んでしまう。柔らかく受け止めてくれる温かな体温。この場所を、私は知っている気がする。
「お、お父様……」
涙が両目から溢れ続ける。
私はこの人を知らない。なのに嬉しくて悲しくて涙が止まらない。
「会いたかったよ……僕の大事な、二人の子」
(二人の子……?)
言葉の意味は分からなかったけれど、抱きしめてくれる手は優しくて、温かくて、この世界に来てから初めて……心から安心出来る気がした。
守ってくれる。私はそれを知っている。
知らない人を前にして、そんなことを感じるのはおかしい。
訳の分からないまま涙が止まらなくて、私はそのまま彼の胸の中で泣き続けた。
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