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その夜
しおりを挟むその夜。
深夜、ふと目を覚ました。うめき声のようなものが聞こえた気がして、目を開けると、ジェイラスがベッドの上で苦しそうな声を上げている。
慌てて立ち上がり彼の元に寄る。
「ジェイラス……?」
額に汗が光っている。そっと彼の顔に触れても目を覚まさない。
苦しそうに顔を顰めてうなされている。
その表情を見ていると胸が苦しくなって、どうしたらいいのか分からないまま治癒魔法を掛けた。
(ジェイラスの苦しみが無くなりますように……)
ほんの少しだけ、眉間の皺が緩んだ気がした。
ジェイラスの布団をまくりあげて、迷わず彼の隣にもぐりこんだ。
(こっそり一緒に寝ても……バレないよね)
正直バレても構わない。彼の体温と共に眠れるならば……!あとでどんなに冷たい目で蔑まれても……!
彼の体に抱き付きながら、そっと治癒魔法を掛け続けた。ついでに浄化魔法も掛ける。
すると前にも見ていたのだけど、彼の体の中の黒いもやが光に包まれて消えて行くのが分かる。
(これはどういうことなんだろう……)
私の体に掛けても、消えて行ったりしていない。
(ジェイラスの体は、毒か何かに冒されているのかな……)
でもそれなら、一回の浄化魔法で消し去ることが出来ないのはなんでなんだろう。
(これからはずっと一緒に寝させてもらえないかな……)
そうしたら毎日魔法を掛けてあげながら眠れるのに。
ジェイラスが悪夢にうなされなくて済むかもしれないのに……。
そんなことを考えているうちに、私は眠ってしまった。
「おい」
……良いお声が聞こえる。
「……誘っているのか?」
首筋に何かが這い、ぞわぞわぞわぞわっと体を震わせて目を覚ました。
「ひゃひゃひゃ!?」
「……」
不機嫌そうな、黒くて大きな瞳が私を間近に見下ろしていた。
骨太な大きな手が私の首筋に当てられている。
「何をしている」
「い、一緒に寝たいなーって……」
そうとしか言えない。限りなく本心だし。
部屋の中にはもう朝日が差し込んでいる。朝までぐっすり眠っていたみたい。
きっとジェイラスも眠れたんだと思ったら嬉しくなって微笑んでしまう。
「おはよう、ジェイラス」
寝起きなのに彼はかっこいいままだ。
少し戸惑うように私に見つめていた。
切れ長の瞳も、整った鼻筋も、細い顔つきも綺麗なジェイラス。
……あ、やばい、私の寝起きの顔は絶対見るに堪えないものになっているはず!
そう気付いて慌てて彼に背中を向けて顔を隠す。
このまま布団から出て顔を洗いに行こう……。
そう思っていると、後ろからジェイラスの腕に抱き締められた。
「ぅえ……!?」
驚いて、乙女にあるまじき声を上げてしまう。
え、待って、誘ってたんじゃないよ。あれ、誤解されてる?
でも布団にもぐりこんでおいて誤解も何もないよね……?
も、もうこのまま誘ってるってことでいいんじゃないかな……?
もちろん頭の片隅に元々の『ルシア』のことがあったのだけど、大好きな人が私の肩と頭を抱きしめる、この温かさと幸福感にはとてもあらがえない……!
「ルシア……」
苦し気に吐き出されたジェイラスの声に、これは色っぽいことじゃないのだって、理解する。
「お前は……俺を疎まないのか?」
どうして……彼がそう言うのか私には分からない。
だって、私が知っている彼は、強くて、頼りになって、優しくて、カッコいい人。それだけだ。
(うむむ、こ、この際、私のぶさいくな顔を見られても仕方がない……)
そう思いながら体を動かして彼に向き直る。
ジェイラスは顔を歪めるように私を見つめていて、まるで泣き出しそうに思えた。
「ジェイラス……」
「ああ」
「私の体に今悪魔の証があるんだよね?」
「そうだ」
「私のことが怖い?ジェイラスは私を疎むの……?」
私の台詞に、ジェイラスは「……いや」と言った。
「嫌いじゃない?」
「ああ」
「どうして?」
「お前は何も知らない。無垢なまま俺の罪を背負った」
罪……ジェイラスの言葉にずきりと胸が痛む。
一体何があったら、こんなにも傷を抱えて生きてくることになるんだろう。
なのに彼は誰も責めずに、出会う人に優しさを与えながら、たった一人で重過ぎるものを背負って来たのだ。
「……ジェイラスが私を疎まないように、私もジェイラスを疎まないよ」
もっとうまく伝えられたらいいのにと思うのに、思うように言葉が出て来ない。
「この世界で……一番ジェイラスが好き。ジェイラスのことを知りたい。ジェイラスの助けになりたい。ジェイラスの側にいたい……」
彼への好意が少しでも伝わればいいのにと思いながら想いを口にする。
ジェイラスは何も言わずに私を見つめているだけだった。
これ以上何を言ったらいいのか分からなくなって、私は彼の胸に頭を付けて、すりすりと顔を寄せた。
「ジェイラスの側にいるのが、一番安心する」
「……」
これは本心。
今までもこんなに安心出来たことなんてなかった。ずっとお母さんと暮らしてきて、がむしゃらに勉強とバイトをして、毎日が精いっぱいで、力を抜く時間も取れなかった。
誰かの力強い腕を感じたことなんてなかったし、守ってくれると言われたこともなかった。
彼に出会って、自分の中にこんな感情があったのかと初めて知った。
自分ではない誰かを愛おしいと思う。守りたいと思って、守られたいと思う。
こんなに……こんなに好きなのに。
それでも、私は彼に愛を告げてもいい存在なのかも分からない。
「ルシア……」
ジェイラスの低い声が私の耳のすぐ横でする。
「お前は俺が守る」
「うん……」
本当は、彼に私を守る義務なんてないって分かってた。
でも私は側にいて彼の心を守りたいなって思う。
まだこの世界のことも何も分からないし、お金も稼いでないし、なんの身分も無くて何が出来るのかも分からないけど、それでも私に出来ることを探したい。
「そばに居させてね」
「ああ」
肯定してくれたのが嬉しくて、私は幸せな気持ちのまま、彼の腕の中で二度寝してしまった。
次に起こされた時、彼はとっくに起きていていつも通りの無表情で私を見下ろしていた。
冷たい眼差しも、大好きだよ、ジェイラス!
起きた後は、今日も馬車に乗ってエニィス領へと向かった。
そして着いたエニィス領は、広大な森に隣接した、緑豊かな土地だった。
のどかな田園風景を抜けて行く。
「この辺りはまだかろうじて、植物の育つ土地として残っています……けれど、だいぶ荒れ地も増えて来ています」
リオンくんと一緒に馬車の外を覗きながら、彼の言葉を聞いていた。
たしかに街で鞄を盗まれたときにもそんな話を聞いていた。
植物の育たない土地が増えて、住む場所を追われた民が都市に集まって来ているんだって。
「そうなんですね……」
この世界について知っていくことが増えて行く。
魔法があって貴族がいる。痩せて行く土地があって悪魔の証を抱えた人が迫害されてる。。
優しい人も、怖さを抱える人も、心に傷を負う人も、人を責める人もいる。
いつでも、どこだって変わらない、人の営みがある……。栞の世界とだって、この世界だって、なにも変わらず人が生きているんだ……。
「もう少し走らせて、僕の屋敷に付いてから食事にしましょう」
「はい」
そうしてまたジェイラスにくっついて座っているうちに、少しだけ疲れて来てうとうとと眠ってしまった。
ジェイラスに起された時、私は彼の肩に思い切りもたれ掛かって眠ってしまっていたみたい。
「ごめんね、ジェイラス重かったでしょう……?」
慌てて謝ると「……そんなことはない」と静かな口調で返された。
そうしてやっと私たちは、エニィス領主の館に着いたのだ。
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