上 下
31 / 32
月人side

18

しおりを挟む
 泣き出した彼女を受け止めながら、ご両親に言った。

「すいません、少し二人で話をさせて下さい」
「ああ、行こう」

 泊めてもらった和室に二人きりになると、俺は彼女の顔を覗き込んだ。子供のように泣いている。そんな彼女の気持ちは、俺にはとても嬉しかった。

「俺はもう、母は亡くなってるんだ。父親は……最初からいないようなものだ」

 彼女がゆっくりと顔をあげる。

「けれど、飯村と静子が、自分たちの子供のように接してくれた。上手く伝えられていないけど……彼らには、本当に心から感謝している」

 飯村夫婦と、そして聖女様の清らかな祈りがなければ、俺はとっくに道を踏み外していたことだろう。

「あなたには、愛してくれる肉親が生きている。あなたも彼らを愛している。ならば、同じ時間を過ごした方がいい。離れていた時間を埋めるように、今は共に過ごす時間が必要だと思う」
「でも」

 彼女は涙をポロポロこぼして言う。

「その間、月人は?月人のそばには、誰がいるの?私は誰よりも、あなたのそばに居たい。あなたの、どれよりも親しい者でありたい」

 その気持ちだけで、俺の心はとうに満たされているだなんて、彼女は思ってもいないだろう。

「俺は」
「うん」
「最初から、やり直すよ」
「?」
「好きになった人に、告白する」
「こ、こくはく」
「彼女のご両親に、デートのお許しをもらう」
「でえと」
「俺を知ってもらい、彼女を知って行き、お互い生涯共に在りたいと思えたら、結婚の承諾をもらう」
「けっこん」
「そして、彼女のご家族や友人たちに祝福されながら、二人で暮らしだす」
「……」

 俺の言葉を、彼女は考えるように聞いている。

「ゆっくり、進もう。君はまだ、戻って来たばかりなんだ」

 俺はいずれ、彼女を一度手放さなくてはならないだろうと感じていた。

 この世界に戻って来てからの彼女は、俺に対して盲目的過ぎたのだ。頼れるものがほとんど俺だけなのだから当たり前だろう。けれど俺の存在が、彼女の視界を狭めているのではないかと、不安に思うところもあった。

 かつて生きた場所で自分を取り戻し、やりたかった夢を思い出し、友人とも心から話せるようになれたときに、それでも俺を選んでくれたらと、そう……願う。

「どうしても……?」

 俺の決心は、彼女には伝わっているようだ。

「うん」

 そして彼女を抱きしめた。

「好きだ、美雨」
「……っ」
「離れても、変わらない。6年前から、ずっと好きだったんだ」
「……」

 彼女は少ししてから、そっと、顔を上げた。

「私も……」
「……」
「月人が、好きです」

 頬を染めた彼女は、まっすぐに俺を見つめて言った。

「初めて、手紙を貰ったときから、ずっと……心は、あなたのそばに居ます」









 結局、俺が大学を卒業するまでは彼女は実家で暮らした。

 それでも、月に数度デートをした。
 電話をしない日はなかった。
 彼女のご両親は僕たちの関係に好意的だったし、彼女の弟にいたっては、俺のマンションに転がり込んでくるほど懐かれた。

 彼女は通信制の学校にも通い、勉強をしていた。








 穏やかに時間が過ぎていく。

「月人、よく助けに来てくれたね」

 ある日彼女が言った。

「え?」
「だって……」

 その手には、勉強の教材が握られている。

「きっと、こんな場所に一人で飛ばされたら、生きるのに精一杯で、前の世界のことなんて考えてもいられないと思う」

 飛ばされてきた時は確かに、必死に生きて来たと思う。

「大変だったよね、月人」
「うん……」

 そんな風に、かつての俺を彼女が気遣ってくれる日が来るとは思っていなかった。

 けれど……俺には、彼女がいた。

「祈りの声が聞こえたんだ」
「祈り?」
「そう、君の声」
「うん」
「挫けそうになるたびに、励まされている気がした」
「……」
「助けに行ったんじゃない。俺が生きるのに、君が必要だったんだよ」
「……うん」

 私にも必要だよ、そう彼女は小さく答える。

「もう、シャーリャン様には祈らない。だけどずっと、変わらない気持ちを持ってる。あなたが笑ってくれたら嬉しい。あなたの笑顔が消えないように、私はなんでもしたいなって、思ってる」

 彼女は時々、祈りを捧げているときのような表情で、月を見上げていることがある。

 そんな時俺も彼女と一緒に、神ではない何かに祈っている。

 彼女は、この世界に戻ってきてから、いつもどこか困っているような表情をしていた。
 毎日必死に勉強し、ゆっくり休んでいる姿を見たことがない。
 俺が想像する以上に、彼女の戻って来てからの人生は困難なものなのかも知れない。

 可能な限り苦労をしないように代わってやりたかったが、そうもいかないことも多い。

 だから俺は祈るのだ。

 彼女が、もう決して同じような不幸に合わないように。やっと芽生え始めた笑顔が曇らないように。その為にどんなことでもしたいと思っている、そんな俺の気持ちが変わらないように。

 神の宿らない月を見上げながら、祈っている。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された悪役令嬢が実は本物の聖女でした。

ゆうゆう
恋愛
貴様とは婚約破棄だ! 追放され馬車で国外れの修道院に送られるはずが…

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

『完結』孤児で平民の私を嫌う王子が異世界から聖女を召還しましたが…何故か私が溺愛されています?

灰銀猫
恋愛
孤児のルネは聖女の力があると神殿に引き取られ、15歳で聖女の任に付く。それから3年間、国を護る結界のために力を使ってきた。 しかし、彼女の婚約者である第二王子はプライドが無駄に高く、平民で地味なルネを蔑み、よりよい相手を得ようと国王に無断で聖女召喚の儀を行ってしまう。 高貴で美しく強い力を持つ聖女を期待していた王子たちの前に現れたのは、確かに高貴な雰囲気と強い力を持つ美しい方だったが、その方が選んだのは王子ではなくルネで… 平民故に周囲から虐げられながらも、身を削って国のために働いていた少女が、溺愛されて幸せになるお話です。 世界観は独自&色々緩くなっております。 R15は保険です。 他サイトでも掲載しています。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

処理中です...