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月人side
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泣き出した彼女を受け止めながら、ご両親に言った。
「すいません、少し二人で話をさせて下さい」
「ああ、行こう」
泊めてもらった和室に二人きりになると、俺は彼女の顔を覗き込んだ。子供のように泣いている。そんな彼女の気持ちは、俺にはとても嬉しかった。
「俺はもう、母は亡くなってるんだ。父親は……最初からいないようなものだ」
彼女がゆっくりと顔をあげる。
「けれど、飯村と静子が、自分たちの子供のように接してくれた。上手く伝えられていないけど……彼らには、本当に心から感謝している」
飯村夫婦と、そして聖女様の清らかな祈りがなければ、俺はとっくに道を踏み外していたことだろう。
「あなたには、愛してくれる肉親が生きている。あなたも彼らを愛している。ならば、同じ時間を過ごした方がいい。離れていた時間を埋めるように、今は共に過ごす時間が必要だと思う」
「でも」
彼女は涙をポロポロこぼして言う。
「その間、月人は?月人のそばには、誰がいるの?私は誰よりも、あなたのそばに居たい。あなたの、どれよりも親しい者でありたい」
その気持ちだけで、俺の心はとうに満たされているだなんて、彼女は思ってもいないだろう。
「俺は」
「うん」
「最初から、やり直すよ」
「?」
「好きになった人に、告白する」
「こ、こくはく」
「彼女のご両親に、デートのお許しをもらう」
「でえと」
「俺を知ってもらい、彼女を知って行き、お互い生涯共に在りたいと思えたら、結婚の承諾をもらう」
「けっこん」
「そして、彼女のご家族や友人たちに祝福されながら、二人で暮らしだす」
「……」
俺の言葉を、彼女は考えるように聞いている。
「ゆっくり、進もう。君はまだ、戻って来たばかりなんだ」
俺はいずれ、彼女を一度手放さなくてはならないだろうと感じていた。
この世界に戻って来てからの彼女は、俺に対して盲目的過ぎたのだ。頼れるものがほとんど俺だけなのだから当たり前だろう。けれど俺の存在が、彼女の視界を狭めているのではないかと、不安に思うところもあった。
かつて生きた場所で自分を取り戻し、やりたかった夢を思い出し、友人とも心から話せるようになれたときに、それでも俺を選んでくれたらと、そう……願う。
「どうしても……?」
俺の決心は、彼女には伝わっているようだ。
「うん」
そして彼女を抱きしめた。
「好きだ、美雨」
「……っ」
「離れても、変わらない。6年前から、ずっと好きだったんだ」
「……」
彼女は少ししてから、そっと、顔を上げた。
「私も……」
「……」
「月人が、好きです」
頬を染めた彼女は、まっすぐに俺を見つめて言った。
「初めて、手紙を貰ったときから、ずっと……心は、あなたのそばに居ます」
結局、俺が大学を卒業するまでは彼女は実家で暮らした。
それでも、月に数度デートをした。
電話をしない日はなかった。
彼女のご両親は僕たちの関係に好意的だったし、彼女の弟にいたっては、俺のマンションに転がり込んでくるほど懐かれた。
彼女は通信制の学校にも通い、勉強をしていた。
穏やかに時間が過ぎていく。
「月人、よく助けに来てくれたね」
ある日彼女が言った。
「え?」
「だって……」
その手には、勉強の教材が握られている。
「きっと、こんな場所に一人で飛ばされたら、生きるのに精一杯で、前の世界のことなんて考えてもいられないと思う」
飛ばされてきた時は確かに、必死に生きて来たと思う。
「大変だったよね、月人」
「うん……」
そんな風に、かつての俺を彼女が気遣ってくれる日が来るとは思っていなかった。
けれど……俺には、彼女がいた。
「祈りの声が聞こえたんだ」
「祈り?」
「そう、君の声」
「うん」
「挫けそうになるたびに、励まされている気がした」
「……」
「助けに行ったんじゃない。俺が生きるのに、君が必要だったんだよ」
「……うん」
私にも必要だよ、そう彼女は小さく答える。
「もう、シャーリャン様には祈らない。だけどずっと、変わらない気持ちを持ってる。あなたが笑ってくれたら嬉しい。あなたの笑顔が消えないように、私はなんでもしたいなって、思ってる」
彼女は時々、祈りを捧げているときのような表情で、月を見上げていることがある。
そんな時俺も彼女と一緒に、神ではない何かに祈っている。
彼女は、この世界に戻ってきてから、いつもどこか困っているような表情をしていた。
毎日必死に勉強し、ゆっくり休んでいる姿を見たことがない。
俺が想像する以上に、彼女の戻って来てからの人生は困難なものなのかも知れない。
可能な限り苦労をしないように代わってやりたかったが、そうもいかないことも多い。
だから俺は祈るのだ。
彼女が、もう決して同じような不幸に合わないように。やっと芽生え始めた笑顔が曇らないように。その為にどんなことでもしたいと思っている、そんな俺の気持ちが変わらないように。
神の宿らない月を見上げながら、祈っている。
「すいません、少し二人で話をさせて下さい」
「ああ、行こう」
泊めてもらった和室に二人きりになると、俺は彼女の顔を覗き込んだ。子供のように泣いている。そんな彼女の気持ちは、俺にはとても嬉しかった。
「俺はもう、母は亡くなってるんだ。父親は……最初からいないようなものだ」
彼女がゆっくりと顔をあげる。
「けれど、飯村と静子が、自分たちの子供のように接してくれた。上手く伝えられていないけど……彼らには、本当に心から感謝している」
飯村夫婦と、そして聖女様の清らかな祈りがなければ、俺はとっくに道を踏み外していたことだろう。
「あなたには、愛してくれる肉親が生きている。あなたも彼らを愛している。ならば、同じ時間を過ごした方がいい。離れていた時間を埋めるように、今は共に過ごす時間が必要だと思う」
「でも」
彼女は涙をポロポロこぼして言う。
「その間、月人は?月人のそばには、誰がいるの?私は誰よりも、あなたのそばに居たい。あなたの、どれよりも親しい者でありたい」
その気持ちだけで、俺の心はとうに満たされているだなんて、彼女は思ってもいないだろう。
「俺は」
「うん」
「最初から、やり直すよ」
「?」
「好きになった人に、告白する」
「こ、こくはく」
「彼女のご両親に、デートのお許しをもらう」
「でえと」
「俺を知ってもらい、彼女を知って行き、お互い生涯共に在りたいと思えたら、結婚の承諾をもらう」
「けっこん」
「そして、彼女のご家族や友人たちに祝福されながら、二人で暮らしだす」
「……」
俺の言葉を、彼女は考えるように聞いている。
「ゆっくり、進もう。君はまだ、戻って来たばかりなんだ」
俺はいずれ、彼女を一度手放さなくてはならないだろうと感じていた。
この世界に戻って来てからの彼女は、俺に対して盲目的過ぎたのだ。頼れるものがほとんど俺だけなのだから当たり前だろう。けれど俺の存在が、彼女の視界を狭めているのではないかと、不安に思うところもあった。
かつて生きた場所で自分を取り戻し、やりたかった夢を思い出し、友人とも心から話せるようになれたときに、それでも俺を選んでくれたらと、そう……願う。
「どうしても……?」
俺の決心は、彼女には伝わっているようだ。
「うん」
そして彼女を抱きしめた。
「好きだ、美雨」
「……っ」
「離れても、変わらない。6年前から、ずっと好きだったんだ」
「……」
彼女は少ししてから、そっと、顔を上げた。
「私も……」
「……」
「月人が、好きです」
頬を染めた彼女は、まっすぐに俺を見つめて言った。
「初めて、手紙を貰ったときから、ずっと……心は、あなたのそばに居ます」
結局、俺が大学を卒業するまでは彼女は実家で暮らした。
それでも、月に数度デートをした。
電話をしない日はなかった。
彼女のご両親は僕たちの関係に好意的だったし、彼女の弟にいたっては、俺のマンションに転がり込んでくるほど懐かれた。
彼女は通信制の学校にも通い、勉強をしていた。
穏やかに時間が過ぎていく。
「月人、よく助けに来てくれたね」
ある日彼女が言った。
「え?」
「だって……」
その手には、勉強の教材が握られている。
「きっと、こんな場所に一人で飛ばされたら、生きるのに精一杯で、前の世界のことなんて考えてもいられないと思う」
飛ばされてきた時は確かに、必死に生きて来たと思う。
「大変だったよね、月人」
「うん……」
そんな風に、かつての俺を彼女が気遣ってくれる日が来るとは思っていなかった。
けれど……俺には、彼女がいた。
「祈りの声が聞こえたんだ」
「祈り?」
「そう、君の声」
「うん」
「挫けそうになるたびに、励まされている気がした」
「……」
「助けに行ったんじゃない。俺が生きるのに、君が必要だったんだよ」
「……うん」
私にも必要だよ、そう彼女は小さく答える。
「もう、シャーリャン様には祈らない。だけどずっと、変わらない気持ちを持ってる。あなたが笑ってくれたら嬉しい。あなたの笑顔が消えないように、私はなんでもしたいなって、思ってる」
彼女は時々、祈りを捧げているときのような表情で、月を見上げていることがある。
そんな時俺も彼女と一緒に、神ではない何かに祈っている。
彼女は、この世界に戻ってきてから、いつもどこか困っているような表情をしていた。
毎日必死に勉強し、ゆっくり休んでいる姿を見たことがない。
俺が想像する以上に、彼女の戻って来てからの人生は困難なものなのかも知れない。
可能な限り苦労をしないように代わってやりたかったが、そうもいかないことも多い。
だから俺は祈るのだ。
彼女が、もう決して同じような不幸に合わないように。やっと芽生え始めた笑顔が曇らないように。その為にどんなことでもしたいと思っている、そんな俺の気持ちが変わらないように。
神の宿らない月を見上げながら、祈っている。
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