上 下
30 / 32
月人side

17

しおりを挟む



 曇り空から、雪が降り出した。
 俺は差した傘から彼女を見下ろす。

 彼女は、一軒の家を見つめていた。
 住宅街に並ぶのは、普通の、日本の家々だった。

 俺は昨晩、ネットでストリートビューを確認していた。この家の表札は、今でも、彼女の苗字のままだと。

「門の前の低木、紫陽花だよ」

 彼女が言った。
 冬の今は葉もほとんど落ちているが、確かに紫陽花なのだろう。

「うちだ……」

 もう、11年経っている。
 けれどこの世界での彼女の時間は止まったままだ。

 ゆっくりと歩き進み、顔を見合わせてからチャイムを鳴らした。

 彼女によく似たご夫人が出てくると、泣き崩れた。

「……美雨!」

 それは確かに、彼女自身で思い出した、彼女の名前だった。

 抱き合う二人を見つめながらぼんやりと思っていた。

 冬が過ぎ、次の彼女の誕生日を迎える頃には、この紫陽花の低木が、鮮やかな花を咲かせている姿が見られるのだろうと。









 白木美雨。
 郊外の都市で生まれた。
 今はもうない、小さなパン屋が昔は近くにあった。

 中流家庭、サラリーマンの父親、専業主婦の母親。弟が居た。一つ年下の弟は、今は一人暮らしをしながら大学に通っていると言う。

 彼女の母に、父親は夜まで帰らないので、どうか今夜は泊まっていって欲しいと勧められた。彼女はともかく俺までも、と断ろうとしたが、それでは彼女の方が納得しなかった。

 結局夜になるずっと前に、父親が帰って来た。彼女たちは泣きながら抱きしめ合っていた。

 俺はどこか居心地悪くそれを見守っていた。

 泣き疲れた彼女が眠ってしまった後に、俺は彼女のご両親と話をした。

 彼女のご両親は、その年齢より老けて見えた。
 長い間行方不明になっていた娘を探し、いつか戻ることを信じてこの家で待ち続けたのだと言う。

「半年前に、彼女と知り合いました。それまでの記憶がなく困っている様子の彼女を保護し、また警察にも届けました。僕らは一緒に暮らし始めました」

 警察のことは、抜かりなく本当のことだ。
 かつての勤務先や、通っている大学の名前など出すと、少しだけほっとするような表情をした。

「生活に落ち着きを取り戻すと、彼女は徐々に昔の記憶を思い出して行きました」

 これはそういう設定だ。

「彼女は僕と暮らしたがっています。けれど僕は、彼女はご両親の元に戻るべきだと思っています」

 俺の説明を聞いた後父親が言う。

「あなたは娘とはどう言うご関係ですか?」
「僕たちは……一緒に暮らしながら、お互いに好意を伝えあっています。けれどまだ、恋人らしいことはなにもしていません。僕は、彼女が記憶を取り戻せた時に、改めて、彼女に交際を申し込もうと思っていました」

 そうか、とご両親は頷いていた。

「お許しを頂けるのなら、彼女に会いに来てもいいでしょうか?」
「それはもちろん、歓迎します。あなたにはお礼もまだ出来てないわ。だけど交際はあの子しだいね。私は、あなたを応援するわ」

 母親は何故だか少し嬉しげにそんなことを言った。

「ありがとうございます」

 反対されなかったことに拍子抜けし、戸惑いながらも、お礼を言った。










 翌朝、帰り支度をしだした彼女を俺は止めた。

「俺は一人で帰るよ」
「え……」

 まるで絶望を感じたかのように彼女は表情を無くす。

「……どうして?」
「君は、ここにいた方がいい」
「……いや!」

 俺に抱きついて来て、必死にしがみつく。

「いやだ、置いていかないで。離れるために、思い出したんじゃない!そんなことのために、ここに来たんじゃない!」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

【完結】前世聖女の令嬢は【王太子殺害未遂】の罪で投獄されました~前世勇者な執事は今世こそ彼女を救いたい~

蜜柑
恋愛
エリス=ハウゼンはエルシニア王国の名門ハウゼン侯爵家の長女として何不自由なく育ち、将来を約束された幸福な日々を過ごしていた。婚約者は3歳年上の優しい第2王子オーウェン。エリスは彼との穏やかな未来を信じていた。しかし、第1王子・王太子マーティンの誕生日パーティーで、事件が勃発する。エリスの家から贈られたワインを飲んだマーティンが毒に倒れ、エリスは殺害未遂の罪で捕らえられてしまう。 【王太子殺害未遂】――身に覚えのない罪で投獄されるエリスだったが、実は彼女の前世は魔王を封じた大聖女・マリーネだった。 王宮の地下牢に閉じ込められたエリスは、無実を証明する手段もなく、絶望の淵に立たされる。しかし、エリスの忠実な執事見習いのジェイクが、彼女を救い出し、無実を晴らすために立ち上がる。ジェイクの前世は、マリーネと共に魔王を倒した竜騎士ルーカスであり、エリスと違い、前世の記憶を引き継いでいた。ジェイクはエリスを救うため、今まで隠していた力を開放する決意をする。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

婚約破棄された悪役令嬢が実は本物の聖女でした。

ゆうゆう
恋愛
貴様とは婚約破棄だ! 追放され馬車で国外れの修道院に送られるはずが…

王太子殿下は虐げられ令嬢を救いたい

参谷しのぶ
恋愛
エリシア・アージェント伯爵令嬢は国中から虐げられている。百年前の『大厄災』で、王侯貴族は魔力を発動させることに成功したが、アージェント家だけは魔力を得られなかったからだ。 百年後のいま『恥知らずなアージェント家』の末裔であるエリシアは、シンクレア公爵家の令嬢ラーラからこき使われていた。 かなり虐げられているが給料だけはいい。公爵家の使用人から軽んじられても気にしない。ラーラの引き立て役として地味なドレスを身にまとい、社交界でヒソヒソされても気にしない。だって、いつか領地を買い戻すという目標があるから! それなのに、雇い主ラーラが『狙って』いる王太子アラスターが公衆の面前でラーラを諫め、エリシアを庇う発言をする。 彼はどうやらエリシアを『救いたい』らしく……? 虐げられすぎて少々価値観がずれているエリシアと、そんな彼女を守りたい王太子アラスター。やがてエリシアにとんでもない力があることが判明し……。 ★小説家になろう様でも連載しています。

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

四度目の正直 ~ 一度目は追放され凍死、二度目は王太子のDVで撲殺、三度目は自害、今世は?

青の雀
恋愛
一度目の人生は、婚約破棄され断罪、国外追放になり野盗に輪姦され凍死。 二度目の人生は、15歳にループしていて、魅了魔法を解除する魔道具を発明し、王太子と結婚するもDVで撲殺。 三度目の人生は、卒業式の前日に前世の記憶を思い出し、手遅れで婚約破棄断罪で自害。 四度目の人生は、3歳で前世の記憶を思い出し、隣国へ留学して聖女覚醒…、というお話。

処理中です...