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月人side
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「……聖女」
「はい」
やっと、彼女を前に出来たのだ。
「世界を捨てよう。そしてあなたの名前を、探しに行こう。紫陽花の咲く家を探そう。きっと、焼きたてのメロンパンが美味しい店が近くにある」
そう言って小さな紙袋を手渡した。
「初めて行列に並んだ。一つ食べたが……まぁ美味しかったと思う。それが、メロンパンだ」
彼女は泣いた。子供のような泣き顔だった。
「……ふっ……ぅっ」
「……おいしいぞ」
「パパ……ママ……!」
「大丈夫だ。俺がいる。必ず、連れ帰り、思い出させる。俺の出来る限りのことをする」
「……あなたが?」
「そうだ。俺はあなたに、決して嘘はつかない」
「……この世界に戻ってきたのではないの?」
彼女は、不思議そうに問う。
まだ彼女の中の疑いは晴れないのだろう。
「まさか」
けれど、これが本心だ。
「10年前なら確かに、俺はこの世界に恨みしか抱いていなかった。復讐することしか考えていなかったと思う。この世界になど、とうに未練はない。断ち切れたのはあなたのおかげだ。交わす言葉の一つ一つが、あなたから変わらぬ清らかな心を受け取る年月が、俺を変えた。世界を妬み、激しい憎しみを持つ俺の心を、あなたが変えた」
そして今も……間違えなくて良かった。
憎しみは憎しみを呼ぶ。俺は、もう、そんなことを引き起こすことなどしたくない。
『後悔することはするなよ』
飯村の言葉が今になって理解出来る。
彼女の目の前で、この場を血に染めていたならば、俺は間違いなく後悔していた。
「嘘偽りなど、どこにもなかった。本心から、俺の幸福を願う心を受け取っていた。俺は――あなたの前では自分を恥じるばかりだった。醜く、幼く、自分のことしか考えていない……あなたとはまるで違う」
そうだ忘れるな。
俺は未だ未熟で、彼女の隣に立つことすら、許されるものではないのかもしれない。
それでも俺は……あなたのそばにいたい。
「あなたがこの手を取るのなら、俺があなたを連れて行く。あなたの名前を探そう。どうかこの手を取って欲しい」
そっと片手を差し出す。
彼女は一度腕を上げた後に、考えるようにして言った。
「私は、ずっとあなたの幸せを願って来ました。私はこの手を取りたい。けれど……」
彼女は俺を懸命な瞳で見上げて言う。
「私がこの手を取ったとき、あなたは幸せでいられますか?」
幸せ……?
意味が分からず見つめ返す。
「必死に生きてきているあなたの姿を垣間見ていました。知らない場所に飛ばされて、きっとたくさんの困難があったことでしょう。だけどあなたの言葉はいつも誠実で、私の心はあなたの手紙を受け取るたびに洗われる気持ちになっていました。あなたは、私の人生で、ただ一人、私を救ってくれた人です。私は、これ以上あなたの重荷になりたくない。あなたの人生が聖女である私のために苦労することになったのだとしたら、私のことは捨て置いて欲しい。私は、あなたに幸せになって欲しいのです。これからも、ずっと」
俺は彼女の手を握った。
「聖女」
「はい」
「俺は……あなたとともにいられるのならば、この世界で一番の幸せな男になれる」
間違いない。
満たされる自分を想像するだけで涙が出そうになる。
手の中に、彼女の小さな手がある。そこに確かに温かなぬくもりを感じる。
「月人」
「……うん」
「ずっと、逢いたかった」
「俺もだ……」
運命を捻じ曲げられてから、10年。
交錯した俺と彼女の人生は、今ここで、再び一つになる。
もう……この世界には、用はない。
神殿を見渡す。
力で押さえ込んだ神官達が床にひれ伏している。
神殿。この世界の背景では、作られるべくして作られた場所。けれど、俺と彼女の人生には、もう関わりのない場所。
彼女が言った。
「私は、あなたが居てくれればそれでいい」
「……」
「あなたの望むように。月人。あなたの決断が、私の望み」
……本当に?
少し考える。
ずっと感情のままに、世界に復讐がしたかった。
けれど……そうしたときに、俺は彼女の隣に並べなくなるだろう。
しかし、俺はこのまま帰ってもいいのか?
俺と彼女と、母のために、何をしたらいい?
彼女の瞳を見つめながら考える。
俺と彼女の、そして未来への最善。
(母さん……)
「はい」
やっと、彼女を前に出来たのだ。
「世界を捨てよう。そしてあなたの名前を、探しに行こう。紫陽花の咲く家を探そう。きっと、焼きたてのメロンパンが美味しい店が近くにある」
そう言って小さな紙袋を手渡した。
「初めて行列に並んだ。一つ食べたが……まぁ美味しかったと思う。それが、メロンパンだ」
彼女は泣いた。子供のような泣き顔だった。
「……ふっ……ぅっ」
「……おいしいぞ」
「パパ……ママ……!」
「大丈夫だ。俺がいる。必ず、連れ帰り、思い出させる。俺の出来る限りのことをする」
「……あなたが?」
「そうだ。俺はあなたに、決して嘘はつかない」
「……この世界に戻ってきたのではないの?」
彼女は、不思議そうに問う。
まだ彼女の中の疑いは晴れないのだろう。
「まさか」
けれど、これが本心だ。
「10年前なら確かに、俺はこの世界に恨みしか抱いていなかった。復讐することしか考えていなかったと思う。この世界になど、とうに未練はない。断ち切れたのはあなたのおかげだ。交わす言葉の一つ一つが、あなたから変わらぬ清らかな心を受け取る年月が、俺を変えた。世界を妬み、激しい憎しみを持つ俺の心を、あなたが変えた」
そして今も……間違えなくて良かった。
憎しみは憎しみを呼ぶ。俺は、もう、そんなことを引き起こすことなどしたくない。
『後悔することはするなよ』
飯村の言葉が今になって理解出来る。
彼女の目の前で、この場を血に染めていたならば、俺は間違いなく後悔していた。
「嘘偽りなど、どこにもなかった。本心から、俺の幸福を願う心を受け取っていた。俺は――あなたの前では自分を恥じるばかりだった。醜く、幼く、自分のことしか考えていない……あなたとはまるで違う」
そうだ忘れるな。
俺は未だ未熟で、彼女の隣に立つことすら、許されるものではないのかもしれない。
それでも俺は……あなたのそばにいたい。
「あなたがこの手を取るのなら、俺があなたを連れて行く。あなたの名前を探そう。どうかこの手を取って欲しい」
そっと片手を差し出す。
彼女は一度腕を上げた後に、考えるようにして言った。
「私は、ずっとあなたの幸せを願って来ました。私はこの手を取りたい。けれど……」
彼女は俺を懸命な瞳で見上げて言う。
「私がこの手を取ったとき、あなたは幸せでいられますか?」
幸せ……?
意味が分からず見つめ返す。
「必死に生きてきているあなたの姿を垣間見ていました。知らない場所に飛ばされて、きっとたくさんの困難があったことでしょう。だけどあなたの言葉はいつも誠実で、私の心はあなたの手紙を受け取るたびに洗われる気持ちになっていました。あなたは、私の人生で、ただ一人、私を救ってくれた人です。私は、これ以上あなたの重荷になりたくない。あなたの人生が聖女である私のために苦労することになったのだとしたら、私のことは捨て置いて欲しい。私は、あなたに幸せになって欲しいのです。これからも、ずっと」
俺は彼女の手を握った。
「聖女」
「はい」
「俺は……あなたとともにいられるのならば、この世界で一番の幸せな男になれる」
間違いない。
満たされる自分を想像するだけで涙が出そうになる。
手の中に、彼女の小さな手がある。そこに確かに温かなぬくもりを感じる。
「月人」
「……うん」
「ずっと、逢いたかった」
「俺もだ……」
運命を捻じ曲げられてから、10年。
交錯した俺と彼女の人生は、今ここで、再び一つになる。
もう……この世界には、用はない。
神殿を見渡す。
力で押さえ込んだ神官達が床にひれ伏している。
神殿。この世界の背景では、作られるべくして作られた場所。けれど、俺と彼女の人生には、もう関わりのない場所。
彼女が言った。
「私は、あなたが居てくれればそれでいい」
「……」
「あなたの望むように。月人。あなたの決断が、私の望み」
……本当に?
少し考える。
ずっと感情のままに、世界に復讐がしたかった。
けれど……そうしたときに、俺は彼女の隣に並べなくなるだろう。
しかし、俺はこのまま帰ってもいいのか?
俺と彼女と、母のために、何をしたらいい?
彼女の瞳を見つめながら考える。
俺と彼女の、そして未来への最善。
(母さん……)
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