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月人side
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魔法の使い方とは、すなわち、聖力を自らの肉体で使いこなすことらしい。
「肉体に聖力を通せば、火にも風にも、そして、治癒の力にもなる」
「……凄まじいな」
「ああ、だが、生まれつきのものも、ずっと昔の病気もダメだ。静子の目は治せなかった」
「……」
飯村はやはり、命を削ってでもそれを試していたのか。
ほんの少しずつ、魔法の使い方を学んでいく。
小さな火も、風も起こせる。だけど、それ以上は試してはいない。命の力を減らすからだ。
「どうやっても、向こうには行けないのか……?」
「なんだ?帰りたいのか?」
「召喚の儀と同じものをこちら側から出来ないかと思うんだけど、それをしたら、俺の命がないよな」
「そうだな」
「なら、向こう側から干渉してもらえればいいのか?」
「……あん?」
「例えば、向こうで新たな召喚の儀が行われたなら、その力と交換で俺は戻れる気がする」
「……」
飯村は少し考え込んでいる。
「4年前、お前が来たときだが」
「ああ」
「一瞬だった。なんの干渉も出来なかった。けれど俺も戻ろうと思ってもいなかったからかもしれないが……」
「そうか……」
やはり難しいのだろうか。
俺さ、と、飯村に言う。
「姿が見えるようになったんだ」
「……え?見えるって?聖女様?」
「そう。声が聞こえた時に、目を瞑って意識を集中すると、小さな女の子の姿が見える。どう見ても日本人だ。小学生くらいの幼い顔つきをしていた」
「そうか……姿が……」
飯村が言う。
「お前は、目が良いのだろうな」
「目?」
「そうだ。俺には見えない。そして魔法にも、得意不得意がある。それだけ目がいいのなら、向こうの何かを座標にすることができるかも知れない。いつか、何かに使えるかも知れないぞ」
「座標……そんな風には考えたことなかった」
魔法の訓練を続けても、かと言って俺にできることなどなにも見つけられなかった。
そうして中学3年になった。
高校受験のことを考え出していた。俺の行くのは公立の入れる範囲の学校だ。高校に上がればアルバイトを始めたいので、自由な校風なところを選ぶ。
ある日、靴箱に手紙が入っていた。
携帯も持っていないから、こうして手紙を出す女子が多い。大抵は告白のための呼び出しだ。
それを手に取ってから考える。
「……手紙」
俺自身が戻るのが難しいのなら、ただ一通の手紙を、どうにか送ることが出来ないものだろうか。
早速飯村に相談する。
「無理だろ」
「……だよな」
あまりに即答だった。
「せめて声じゃないか?」
「声?」
「聖女様からの祈りに、声が乗って届いている」
「ああ」
「聖女様の祈りと引き換えに、向こう側には聖力が注ぎ込まれているだろ」
「……」
「だが、声の対価は特にないよな。祈りの一部の扱いなのかも知れないが」
「対価か」
だけど……。
「声は……届かない。届かなかったんだ。何度も試した」
「そうか……まぁ、祈りの文言だしな」
声の交換は叶わなかった。
「聖女様は」
「ああ」
「世界の幸福の他に、特定の誰かのことを祈っている。たぶん、家族のことだろう」
「そうだな」
「その想いに、対価はない。恐らく……」
「想いねぇ」
お前は難しいことを考えるんだな、と飯村は笑って言った。
聖女の祈りが届いた時に、俺はすでに何度も、彼女に手紙を送れないかと試していた。
そして15歳の秋。
今夜も、彼女の声を聞いていた。
目を瞑れば聖女の祈る姿が見える。
以前に比べ、少しだけ大人びた気がした。同級生の女子たちとあまり変わらないように見える。
しかし彼女は、白い衣に身を包み、表情は穏やかで、世俗を知らぬまま育てられた無垢さを持っていた。
清らかな光そのもののように、純粋な心で祈りを捧げている。その事を、声を聞き続けた俺たちはよく知っていた。
『月の女神シャーリャン様。この世界の皆が幸福でありますように……』
いつもと変わらぬ彼女の声。
俺はこの声を聞くときだけ、心が温かに満たされるのを感じる。
『私の大切な人たちがどうか幸せでありますように……』
そのとき、彼女の瞳からぽたりと一粒の涙がこぼれ落ちる。
彼女の月のしずくのような涙が床に染みを作るのを、俺は初めて見た。
『……寂しい……寂しいの』
祈りの中に混ぜ込まれた、彼女の想い。
――今しかない。
そう俺は確信する。
あなたの送られた『寂しさ』の対価に、涙の座標へ、俺の手紙を届けてくれ。
俺の生きてきた、満たされぬ心を抱えた人生の、その全てが詰まった『寂しさ』の手紙だ。
『聖女様
突然のお手紙をお許しください。
僕は平凡な学生です。
ある夜の祈りの時間から、貴方様のお姿を拝見するようになりました。
僕にもとても信じられないような事でした。
目を瞑り祈っていると、どうしてだか閉じた瞳の奥がぼんやりと明るくなり、貴方様のお姿が映るのです。
清らかに神に祈るお姿から、聖女様に違いないと思いながらも、それを確認するすべもなく日々を過ごしてきました。
あまりに不思議なことです。
神の思し召しなのでしょうか。
けれど、貴方様のお姿を思い浮かべるだけで、僕は心が晴れるような気持ちになれることに気が付きました。
辛い日常を耐え、明日を生きる元気をもらえるように思えたのです。
この感謝をどうにか伝えられないかと思った僕は手紙を書くことにしました。
瞳の奥でだけ拝見出来る、幻の聖女様に手紙だなどと、馬鹿な考えだとお笑いください。
けれど、この手紙が貴方に届くことを、月の神シャーリャン様に祈りたいと思います』
――俺の手から、手紙は消えていた。
「肉体に聖力を通せば、火にも風にも、そして、治癒の力にもなる」
「……凄まじいな」
「ああ、だが、生まれつきのものも、ずっと昔の病気もダメだ。静子の目は治せなかった」
「……」
飯村はやはり、命を削ってでもそれを試していたのか。
ほんの少しずつ、魔法の使い方を学んでいく。
小さな火も、風も起こせる。だけど、それ以上は試してはいない。命の力を減らすからだ。
「どうやっても、向こうには行けないのか……?」
「なんだ?帰りたいのか?」
「召喚の儀と同じものをこちら側から出来ないかと思うんだけど、それをしたら、俺の命がないよな」
「そうだな」
「なら、向こう側から干渉してもらえればいいのか?」
「……あん?」
「例えば、向こうで新たな召喚の儀が行われたなら、その力と交換で俺は戻れる気がする」
「……」
飯村は少し考え込んでいる。
「4年前、お前が来たときだが」
「ああ」
「一瞬だった。なんの干渉も出来なかった。けれど俺も戻ろうと思ってもいなかったからかもしれないが……」
「そうか……」
やはり難しいのだろうか。
俺さ、と、飯村に言う。
「姿が見えるようになったんだ」
「……え?見えるって?聖女様?」
「そう。声が聞こえた時に、目を瞑って意識を集中すると、小さな女の子の姿が見える。どう見ても日本人だ。小学生くらいの幼い顔つきをしていた」
「そうか……姿が……」
飯村が言う。
「お前は、目が良いのだろうな」
「目?」
「そうだ。俺には見えない。そして魔法にも、得意不得意がある。それだけ目がいいのなら、向こうの何かを座標にすることができるかも知れない。いつか、何かに使えるかも知れないぞ」
「座標……そんな風には考えたことなかった」
魔法の訓練を続けても、かと言って俺にできることなどなにも見つけられなかった。
そうして中学3年になった。
高校受験のことを考え出していた。俺の行くのは公立の入れる範囲の学校だ。高校に上がればアルバイトを始めたいので、自由な校風なところを選ぶ。
ある日、靴箱に手紙が入っていた。
携帯も持っていないから、こうして手紙を出す女子が多い。大抵は告白のための呼び出しだ。
それを手に取ってから考える。
「……手紙」
俺自身が戻るのが難しいのなら、ただ一通の手紙を、どうにか送ることが出来ないものだろうか。
早速飯村に相談する。
「無理だろ」
「……だよな」
あまりに即答だった。
「せめて声じゃないか?」
「声?」
「聖女様からの祈りに、声が乗って届いている」
「ああ」
「聖女様の祈りと引き換えに、向こう側には聖力が注ぎ込まれているだろ」
「……」
「だが、声の対価は特にないよな。祈りの一部の扱いなのかも知れないが」
「対価か」
だけど……。
「声は……届かない。届かなかったんだ。何度も試した」
「そうか……まぁ、祈りの文言だしな」
声の交換は叶わなかった。
「聖女様は」
「ああ」
「世界の幸福の他に、特定の誰かのことを祈っている。たぶん、家族のことだろう」
「そうだな」
「その想いに、対価はない。恐らく……」
「想いねぇ」
お前は難しいことを考えるんだな、と飯村は笑って言った。
聖女の祈りが届いた時に、俺はすでに何度も、彼女に手紙を送れないかと試していた。
そして15歳の秋。
今夜も、彼女の声を聞いていた。
目を瞑れば聖女の祈る姿が見える。
以前に比べ、少しだけ大人びた気がした。同級生の女子たちとあまり変わらないように見える。
しかし彼女は、白い衣に身を包み、表情は穏やかで、世俗を知らぬまま育てられた無垢さを持っていた。
清らかな光そのもののように、純粋な心で祈りを捧げている。その事を、声を聞き続けた俺たちはよく知っていた。
『月の女神シャーリャン様。この世界の皆が幸福でありますように……』
いつもと変わらぬ彼女の声。
俺はこの声を聞くときだけ、心が温かに満たされるのを感じる。
『私の大切な人たちがどうか幸せでありますように……』
そのとき、彼女の瞳からぽたりと一粒の涙がこぼれ落ちる。
彼女の月のしずくのような涙が床に染みを作るのを、俺は初めて見た。
『……寂しい……寂しいの』
祈りの中に混ぜ込まれた、彼女の想い。
――今しかない。
そう俺は確信する。
あなたの送られた『寂しさ』の対価に、涙の座標へ、俺の手紙を届けてくれ。
俺の生きてきた、満たされぬ心を抱えた人生の、その全てが詰まった『寂しさ』の手紙だ。
『聖女様
突然のお手紙をお許しください。
僕は平凡な学生です。
ある夜の祈りの時間から、貴方様のお姿を拝見するようになりました。
僕にもとても信じられないような事でした。
目を瞑り祈っていると、どうしてだか閉じた瞳の奥がぼんやりと明るくなり、貴方様のお姿が映るのです。
清らかに神に祈るお姿から、聖女様に違いないと思いながらも、それを確認するすべもなく日々を過ごしてきました。
あまりに不思議なことです。
神の思し召しなのでしょうか。
けれど、貴方様のお姿を思い浮かべるだけで、僕は心が晴れるような気持ちになれることに気が付きました。
辛い日常を耐え、明日を生きる元気をもらえるように思えたのです。
この感謝をどうにか伝えられないかと思った僕は手紙を書くことにしました。
瞳の奥でだけ拝見出来る、幻の聖女様に手紙だなどと、馬鹿な考えだとお笑いください。
けれど、この手紙が貴方に届くことを、月の神シャーリャン様に祈りたいと思います』
――俺の手から、手紙は消えていた。
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