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月人side

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 そんな年の秋。
 ある夜の出来事だった。

 ――声が聞こえた。

『月の女神シャーリャン様。この世界の皆が幸福でありますように……』

 とても優しい穏やかな声が響くと、不思議と心が満たされていくのを感じる。

『私の大切な人たちがどうか幸せでありますように……』

 震える声から、その心の寂しさと哀しさまで伝わってくるようだった。

(……聖女)

 直感的にそう思う。
 月の神シャーリャンに祈り、この世界まで響き渡る声を届けられる者は、俺と入れ替わりになった女しかありえない。

 けれどその声はひどく幼い。まだ、子供なのだろう。

 俺は初めて、誰かと入れ替わりになっていることを実感出来た。

(母さん)

 母と同じ境遇の少女。聖女をやらされている子供は、果たして、幸せに生きているのだろうか。

 その声から、寂しさが染み入るように伝わってくる。

 世界に馴染めず、一人彷徨い人のように生きている彼女を感じた。

 まるで何もかもが、俺と同じようだ。
 彼女は俺と同じ……。
 道具のように、生きる場所を不当に変えられ、使い捨てられる。

『月の女神シャーリャン様。この世界の皆が幸福でありますように……』

 なのに彼女は熱心に、何度も、祈り続ける。

 すると俺の心の中の雪が溶けて行く。

 俺の寂しさが、悲しみが、彼女と重なる。

 現状は何も変わらないのに。
 俺は何も出来ず無力なのに。
 俺は……俺だけは、彼女の寂しさを理解出来る。

『私の大切な人たちがどうか幸せでありますように……』

 俺は、なぜだかどうしようもなく嬉しくて泣いた。




 まるで、俺は1人ではないのだと、そう言われているような祈りの声だったのだ。






 14歳。
 俺は以前より、女子とは関わらないように距離を置いていた。

 女子の群れから離れ行動するようになると、不思議なことに、男子の友人が増えて行った。

「月人!」
「佐伯」
「土曜あいてる?」
「……あいてない」
「あけてくれよー、デートしようぜ、集団で!お前が来るなら来るって言うんだよー」
「そういうのは俺は良いよ」
「変だよなーお前、モテるのに、顔見せびらかすの嫌いだよな」
「……」

 屈託なく笑う佐伯は、バスケ部のエースだ。
 人との距離が近く、ズケズケとものを申すのに、愛嬌ゆえに嫌われない得な性格をしている。

「お前と二人でデートなら、行く」
「ちょっ……やめろよ、なんだそれ」

 男と二人とか!とグダグダ言いながらも、じゃあどこにいく?と話を切り替えてくる。

 佐伯とは、結局、中学を卒業しても長く続く友人となる。

 そう、友人だ。
 俺はどこかで、この世界で生きていく覚悟を決め始めていたのかも知れない。






 飯村の元を訪ねると俺は言った。

「俺に魔法を教えて欲しい。俺は、恥じるような使い方をしないと誓う。俺に何が出来るのか、試してみたいんだ」

 飯村は俺の髪をわしわしとかき回してから、にぃっと笑った。

「お前も、ようやく聞こえたか」
「え?」
「聖女様の声だ」
「……ああ!聞こえた」
「もう何年も、ずっと聞こえている」
「……」
「小さな子供だろうに、俺にはどうにもしてやれん」

 飯村は俺の両腕をバンッと叩いて言った。

「魔法を、教えてやる」

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