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月人side
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「なんだお前変なヤツー」
「なんでこんなことも分かんねーんだよ」
日本、という国に来ても、以前と同じように孤児を育てるための施設に連れてこられた。
言葉は母から教えられていたから分かるはずなのに、なぜか意思疎通が難しかった。
施設の他の子供たちは、俺を異物のように扱った。
俺はそこで暮らしながら、小学校という場所に通った。
俺のことは記憶を失っている身元の分からない子供ということになっているようだった。
端的に言うと、いじめにあった。
棒切れのように体が細く、表情に乏しい子供だった。
体が小さく、親もいない、半分異国の顔立ちをした俺は、何もかもが浮いていた。
彼らの常識も分からず苦労した。
そして、次第に級友の当たりが強くなり、物がなくなったり、殴られたり蹴られたりするようになった。はむかっても、力では勝てなかった。
注意してもボロボロになって帰る俺を、施設の人たちは学校の教師と話し合いながらも、初め少し距離を置いた。
沢山いる子供たちの中でも、飛び抜けて異色の、常識を分かり合うことも難しい子供、それがこの世界に来たばかりの子供の評価。
俺は世界に馴染めない。
この世界がまだ分からない。途方に暮れた。
魔法に縛られない世界でも、別の何かが社会を縛っているようだった。その中に入っていけない者は、きっと俺のように弾かれるのだろう。
結局俺は、聖女の子供でなくとも、どこの世界でも弾かれるだけだった。
それでも、体が大きくなっていった。
11歳になるとだいぶ背が伸び、ある日いじめっ子を見下ろせるようになった。
12歳になると、少しだけ顔立ちが大人びていく。
小学6年のクラスの中で、目立たぬよう柔らかな笑みを浮かべ過ごしていた。
そんな俺に、委員会で話すようになった女子の集団が味方をしてくれた。
俺をからかう男子の心ない言葉を女子が封じていく。
礼を言えば、頬を染めて喜ぶ女子もいた。
施設の大人たちも、俺の性格が、素直で大人しく、大人たちに従順だと知ってから以前より優しくなった。
世界と社会と、そして人間関係を学んで行く。
俺は機嫌を損ねないよう細心の注意を払って彼らに接した。
辛かった日常が、少しだけ楽になっても、なぜだか俺の心は冷えて行った。
まるで雪が降るように。
心に雪が降り続けて止まない。
後になって思う。俺の心はたぶん、この時かなり屈折していた。
表に出すことはなく、静かに、爆発しそうな怒りを抱え込んでいた。
母は痩せ細り惨めに死んだ――。
ここが母の祖国であるなら、この豊かな場所から、聖女として無理やり連れ去られていたのだろう。
(お母さん……)
俺はそんなことも知らなかった。
(許せない)
母を連れ去り、今度は俺を捨てたのだ。
使い捨ての道具のように。
なぜ、人生を踏み躙られ続け、人の尊厳など微塵も顧みられることもなく、苦しみに耐えながら生きなければならないのか。
(どうしたら……復讐出来る)
どうしたら、どうしたら、奴らを陥れられるのか。
気が付くとそんなことばかりを考えていた。
13歳。
中学に入ると、俺は以前とは違う意味で少しだけ目立っていた。
ハーフのような顔立ちが、はっきりとして来ていた。
施設で暮らしていることを知っているせいなのだろうか。まるで貢物のように女子からの差し入れが渡される。
断っても、遠慮しなくて良いのだと渡させる。俺の立場では強くも断れなかった。
「月人くーん、試合頑張ってね」
「ありがとう」
「いっぱい食べさせてあげるからね!」
時々、幼い少女の言葉は、思春期の俺の心を刺していく。
どう振舞おうと、孤児の俺の立場は変わらないことを自覚させるように。
彼女たちも結局、俺を、自分たちとは違う境遇だと分かっているのだ。
異国風の顔立ちの異性の優位に立て、礼を言われれば少しの優越感を持てる、それはさぞや幼い少女の心を満たすんだろう。
心に雪が降っている気がした。
しんしんと、降り続けて止まない。
いつか埋もれて、息が出来なくなるのではないかと思う。
人々から弾かれぬよう、気を使い続け、心が休まる時などなかった。
優等生らしくあるように振る舞い続けた。そうでなければ、いつでも世間の目は俺に厳しかった。
体が、冷えて行く――。
俺はこの年、自らの中に抱えた感情を持て余していた。
「なんでこんなことも分かんねーんだよ」
日本、という国に来ても、以前と同じように孤児を育てるための施設に連れてこられた。
言葉は母から教えられていたから分かるはずなのに、なぜか意思疎通が難しかった。
施設の他の子供たちは、俺を異物のように扱った。
俺はそこで暮らしながら、小学校という場所に通った。
俺のことは記憶を失っている身元の分からない子供ということになっているようだった。
端的に言うと、いじめにあった。
棒切れのように体が細く、表情に乏しい子供だった。
体が小さく、親もいない、半分異国の顔立ちをした俺は、何もかもが浮いていた。
彼らの常識も分からず苦労した。
そして、次第に級友の当たりが強くなり、物がなくなったり、殴られたり蹴られたりするようになった。はむかっても、力では勝てなかった。
注意してもボロボロになって帰る俺を、施設の人たちは学校の教師と話し合いながらも、初め少し距離を置いた。
沢山いる子供たちの中でも、飛び抜けて異色の、常識を分かり合うことも難しい子供、それがこの世界に来たばかりの子供の評価。
俺は世界に馴染めない。
この世界がまだ分からない。途方に暮れた。
魔法に縛られない世界でも、別の何かが社会を縛っているようだった。その中に入っていけない者は、きっと俺のように弾かれるのだろう。
結局俺は、聖女の子供でなくとも、どこの世界でも弾かれるだけだった。
それでも、体が大きくなっていった。
11歳になるとだいぶ背が伸び、ある日いじめっ子を見下ろせるようになった。
12歳になると、少しだけ顔立ちが大人びていく。
小学6年のクラスの中で、目立たぬよう柔らかな笑みを浮かべ過ごしていた。
そんな俺に、委員会で話すようになった女子の集団が味方をしてくれた。
俺をからかう男子の心ない言葉を女子が封じていく。
礼を言えば、頬を染めて喜ぶ女子もいた。
施設の大人たちも、俺の性格が、素直で大人しく、大人たちに従順だと知ってから以前より優しくなった。
世界と社会と、そして人間関係を学んで行く。
俺は機嫌を損ねないよう細心の注意を払って彼らに接した。
辛かった日常が、少しだけ楽になっても、なぜだか俺の心は冷えて行った。
まるで雪が降るように。
心に雪が降り続けて止まない。
後になって思う。俺の心はたぶん、この時かなり屈折していた。
表に出すことはなく、静かに、爆発しそうな怒りを抱え込んでいた。
母は痩せ細り惨めに死んだ――。
ここが母の祖国であるなら、この豊かな場所から、聖女として無理やり連れ去られていたのだろう。
(お母さん……)
俺はそんなことも知らなかった。
(許せない)
母を連れ去り、今度は俺を捨てたのだ。
使い捨ての道具のように。
なぜ、人生を踏み躙られ続け、人の尊厳など微塵も顧みられることもなく、苦しみに耐えながら生きなければならないのか。
(どうしたら……復讐出来る)
どうしたら、どうしたら、奴らを陥れられるのか。
気が付くとそんなことばかりを考えていた。
13歳。
中学に入ると、俺は以前とは違う意味で少しだけ目立っていた。
ハーフのような顔立ちが、はっきりとして来ていた。
施設で暮らしていることを知っているせいなのだろうか。まるで貢物のように女子からの差し入れが渡される。
断っても、遠慮しなくて良いのだと渡させる。俺の立場では強くも断れなかった。
「月人くーん、試合頑張ってね」
「ありがとう」
「いっぱい食べさせてあげるからね!」
時々、幼い少女の言葉は、思春期の俺の心を刺していく。
どう振舞おうと、孤児の俺の立場は変わらないことを自覚させるように。
彼女たちも結局、俺を、自分たちとは違う境遇だと分かっているのだ。
異国風の顔立ちの異性の優位に立て、礼を言われれば少しの優越感を持てる、それはさぞや幼い少女の心を満たすんだろう。
心に雪が降っている気がした。
しんしんと、降り続けて止まない。
いつか埋もれて、息が出来なくなるのではないかと思う。
人々から弾かれぬよう、気を使い続け、心が休まる時などなかった。
優等生らしくあるように振る舞い続けた。そうでなければ、いつでも世間の目は俺に厳しかった。
体が、冷えて行く――。
俺はこの年、自らの中に抱えた感情を持て余していた。
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