上 下
8 / 9

しおりを挟む

 何か月経っても、勇者も王子も姫も、戻っては来なかった。


 たとえば、私は彼らが病気になってしまっても、死んでしまっても、そのことが分かることもない。
 嘘を付いていても本当のことを言っていても何も変わらない、虚構の世界で彼らに出会ったというのはそういうことなんだ。
 幻の彼らに信愛を抱き、幸福な時間を過ごさせてもらった。

 ああ、忙しくなってゲームの中のことを思い出せないだけならいいな、と思った。
 もう二度と会えなくても、最後まで私のことを気にかけてくれた勇者が私は本当に好きだったし、救われたのだ。元気で、幸せでいてくれたらいいと願う。




 長いネット生活で分かったことは。

 そもそもこの場所から助けを求めても、私の居場所は特定出来ないのだ。
 ネットで得た少ない情報からでも、魔族の膨大な領地から私の居場所をなんのヒントもなく特定することなど不可能なことに思えた。人族は、魔族のことも魔族領のこともほとんど知識を持っていないのだ。

 私は無駄な足掻きを何年もして、無駄に傷ついて諦める日々を送っていたのだ。

 それに、聖女だからって助けてもらえるなんて思うのもおかしな話だ。
 何も出来ない、何もしてきていないただの子供など、わざわざ人族が危険を冒してまで助けにくるには値しないだろう。次の聖女を待つ方がよほど現実的だ。

(私が死んだら、次の聖女が閉じ込められるんだろうなぁ……)

 せめてそれだけでも食い止められればいいと思うのだけど。
 自分が生きていることで、次の誰かが閉じ込められるまでの時間稼ぎになっているのなら、それだけでも良かったと思えた。
 けれどそれ以上のことは、自分に出来ることなどなにも思い浮かばなかった。

(なんのために転生してきたんだろう)

 なんのために生まれて来たんだろう、そんな問いと同義のことを考える。
 本当に食べて寝てネットをするだけの人生、だったと思う。

 誰かの心にすら、深く残らなかっただろう。

(ああ、それでもせめて)

 あの愛しい人の心に少しでも残ればいいのに、そう思うだけで涙が出た。

(叶うならば、一度くらい誰かの役に立って死にたかった)








 気力を失った私は、よく咳込むようになり寝込みがちになった。

 冬がやって来ていた。窓の外には雪景色が広がっていた。
 吐き出す息が白い。毛布をかぶり暖を取っている私は、もう、ネットにも接続していなかった。

 ネット以外の娯楽でもあればいいと思うのだけど、道具もなにもない部屋では出来ることもない。






 体調が悪く寝ている時に、騒がしい音が響いて来た。
 叫ぶような、物がぶつかるような、尋常ではない物音だと思った。

(どこから?)

 窓の外を見下ろすと、眼下の風景が様変わりしていた。

(火事――?)

 煙が町のあちこちから上がっていた。倒れているような魔族の姿が見えた。鎧を着ているような影も見える。

(いや違う、戦――?)

 それに、この騒音。眼下の町から聞こえているようには思えなかった。
 もっと近くの、扉の外……階段からの音ではないだろうかと思った。

 魔族の争いが起こり、この町が敵に襲われている――?

 魔族に見つかった人族などひとおもいに殺されるだけではないだろうか。

(なんだ、病気にならなくても、殺される運命が待ってたのか)

 もう悲しみも恐怖もない。楽に殺してもらえればいいと願う。

 咳がひどく、ベッドの上で横になったまま、扉が開かれるのを待った。
 熱もあるのかもしれない。意識が朦朧としていて、緊迫感ある状況のはずなのに眠ってしまいそうになっていた。

 扉が強く叩かれる音で、ビクリと体を震わせて意識を戻した。
 ガタガタと扉が揺れている。きっと外から開けようとしていても動かないのだろう。
 しばらくすると、爆発するように扉が砕け散った。

 さすがにぎょっとして見つめていると、鎧の騎士とローブを着た魔法使い風のいでたちの人たちが部屋の中へと入って来た。

(――?)

 耳もしっぽも体毛もなさそうなその人たちを見つめて、魔族ではないことを悟った。

(人族?)

 こんなところに人族がやってくることがあるのだろうか。

 熱に浮かされるような頭で、夢でも見ているのかもしれないと思いながら見つめる私の前に、一人の鎧の騎士が駆け寄ると、兜を脱ぎ、まっすぐに私を見つめた。

 青い瞳が私を見下ろしていた。金色の長い髪が後ろで束ねられていた。
 整った顔立ちは、かつてよく知っていた人に瓜二つだった。

(――勇者)

 ああ、彼は本物の勇者にそっくりなアバターを作っていたのか。設定にどこまでも忠実に再現していたんだな、そんなことに気付いた私は、思わず笑みを漏らしてしまう。
 もう会うこともなくとも。今になってそんなことを知ることが出来るなんて。

「変な顔で笑うな……」

 本物の勇者は不快そうに眉根をひそめて、言った。
 彼は私の前にひざまずき、私の額に手をやり熱の高さを感じとった。そうして何度も優しく頭を撫でた。まるで、私の勇者とそっくり同じように。
 そうして毛布で私をくるむと、その両腕で私を抱えて持ち上げた。

「待たせた。こんなに時間が掛かると思わなかった」

 持ち上げられている私のすぐ目の前に、勇者の顔があった。
 彼の眉間の皺は、ゲームの中と同じように刻まれていて、なんだかおかしくなってしまった。

「……そっくりな容姿だな。聖女と」

 返事をしようとしたのだけれど、声が出なかった。
 そうか、とやっと気が付いた。私はこの体で実際に話したことなど一度もなかったのだ。
 ぱくぱくと口を動かしながらも声が出ない私に、勇者も察したのか痛ましいものを見るような表情をした。

「俺が分かるか。長い時間を共に過ごし、指輪の約束を果たした俺を覚えているか」

 頭を撫でられたときに、もしかしてと思った疑問は、彼の言葉で確信に変わった。笑顔で答えた私の返事に、彼は思わずと言ったように、私の頭に彼の頬を寄せた。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

婚約者令嬢vs聖女vsモブ令嬢!?

リオール
恋愛
どうしてこうなった。 伯爵家としては末端に位置する、モブ中のモブ令嬢は頭を抱える。 目の前には火花を散らす、王太子の現婚約者である公爵令嬢と、新たな婚約者候補の聖女。 甲乙付けがたい美女二人は、ギロッとこちらを睨んできて。 「「勝負ですわあ!!」」 と叫んだ。 果たして勝者は誰の手に? ================ 突如思いついて勢いで書きました。まさかの甘い展開に自分でもビックリです。

国外追放を受けた聖女ですが、戻ってくるよう懇願されるけどイケメンの国王陛下に愛されてるので拒否します!!

真時ぴえこ
恋愛
「ルーミア、そなたとの婚約は破棄する!出ていけっ今すぐにだ!」  皇太子アレン殿下はそうおっしゃられました。  ならよいでしょう、聖女を捨てるというなら「どうなっても」知りませんからね??  国外追放を受けた聖女の私、ルーミアはイケメンでちょっとツンデレな国王陛下に愛されちゃう・・・♡

ゲームと現実の区別が出来ないヒドインがざまぁされるのはお約束である(仮)

白雪の雫
恋愛
「このエピソードが、あたしが妖魔の王達に溺愛される全ての始まりなのよね~」 ゲームの画面を目にしているピンク色の髪の少女が呟く。 少女の名前は篠原 真莉愛(16) 【ローズマリア~妖魔の王は月の下で愛を請う~】という乙女ゲームのヒロインだ。 そのゲームのヒロインとして転生した、前世はゲームに課金していた元社会人な女は狂喜乱舞した。 何故ならトリップした異世界でチートを得た真莉愛は聖女と呼ばれ、神かかったイケメンの妖魔の王達に溺愛されるからだ。 「複雑な家庭環境と育児放棄が原因で、ファザコンとマザコンを拗らせたアーデルヴェルトもいいけどさ、あたしの推しは隠しキャラにして彼の父親であるグレンヴァルトなのよね~。けどさ~、アラブのシークっぽい感じなラクシャーサ族の王であるブラッドフォードに、何かポセイドンっぽい感じな水妖族の王であるヴェルナーも捨て難いし~・・・」 そうよ! だったら逆ハーをすればいいじゃない! 逆ハーは達成が難しい。だが遣り甲斐と達成感は半端ない。 その後にあるのは彼等による溺愛ルートだからだ。 これは乙女ゲームに似た現実の異世界にトリップしてしまった一人の女がゲームと現実の区別がつかない事で痛い目に遭う話である。 思い付きで書いたのでガバガバ設定+設定に矛盾がある+ご都合主義です。 いいタイトルが浮かばなかったので(仮)をつけています。

君を一生離さない。

しらす
恋愛
最初は君の笑顔が見たかった、ただそれだけだったはずなのに─いつの間にか僕は君に囚われ、君は僕に囚われていた──。 これは僕が君に出会ったときから始まった物語。 小説家になろう様でも投稿しています。 気が向けばリジー目線もあげます。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。

みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」 魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。 ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。 あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。 【2024年3月16日完結、全58話】

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

【完結】目覚めたらギロチンで処刑された悪役令嬢の中にいました

桃月とと
恋愛
 娼婦のミケーラは流行り病で死んでしまう。 (あーあ。贅沢な生活してみたかったな……)  そんな最期の想いが何をどうして伝わったのか、暗闇の中に現れたのは、王都で話題になっていた悪女レティシア。  そこで提案されたのは、レティシアとして贅沢な生活が送れる代わりに、彼女を陥れた王太子ライルと聖女パミラへの復讐することだった。 「復讐って、どうやって?」 「やり方は任せるわ」 「丸投げ!?」 「代わりにもう一度生き返って贅沢な暮らしが出来るわよ?」   と言うわけで、ミケーラは死んだはずのレティシアとして生き直すことになった。  しかし復讐と言われても、ミケーラに作戦など何もない。  流されるままレティシアとして生活を送るが、周りが勝手に大騒ぎをしてどんどん復讐は進んでいく。 「そりゃあ落ちた首がくっついたら皆ビックリするわよね」  これはミケーラがただレティシアとして生きただけで勝手に復讐が完了した話。

処理中です...