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 世界の理は数あれど。
 魔王が生まれるとき、まるで対のように、必ずどこかで聖女も生まれる。
 それはこの世界の理の一つであり、真実であった。





 魔族はそれを知ってたけれど、人族はそれを知らなかった。

 魔王を倒せる唯一の存在である聖女の命を奪っても、魔王が生きている限り次々と新たな聖女が生まれ出る。それを過去の経験から理解していた魔族は、次の聖女が生まれた際には、人族より先に手中に収め、魔族の世界に監禁してしまおうと考えた。知性を与えず傀儡のように飼い殺せばいいのだと。

 今代の魔王は、歴代の魔王よりも強い魔力と知性を持つ、世界を滅ぼすにも値する器を持っていた。
 人知れず聖女を自らの手で殺した魔王は、次の世代が生まれ落ちたことを感知すると、部下を遣わせた。



 そこは人族の小さな村だった。
 都市からも遠い、辺境の、善良な村人の住む土地。

 暖かな日差しを浴びながら日向ぼっこをしていた赤子が、魔族に攫われたことなど、気付かれることもなく想像されることもない。

 生まれたばかりの赤子が、人族の世界から姿を消した――――

 その出来事は赤子の肉親を悲しませたけれど、人族の世界からはすぐに忘れ去られ、そして、本人すらそのことを知らなかった。







 ここはどこなのだろうと、目を覚ました「私」は、ふと思う。

 ――目を覚ました、なんて表現は似つかわしくないのかもしれない。

 長い眠りから目覚めたような気持ちだった。
 頭が痛い。眩暈がするほどの頭痛など、肉体の危険しか感じなかった。

 それでも見慣れぬ景色に、状況を確認したい欲求が沸く。

 ――私は。相田響。日本の会社員。こんな見知らぬ石造りの部屋で目を覚ます可能性などない人間だ。
 確か昨日は、会社の飲み会で幹事をまかされて、へとへとになって家に帰り着いたところまでは覚えている。
 二日酔いで頭が痛いのかもしれないけれど、それでもこの場所に見覚えがない。

 意識を無くして見知らぬ場所で覚醒するなど、女の身としてはとんでもない事態だ。

 寝かされていただろうベッドから立ち上がると、部屋の隅に置かれている姿身を前にする。

 そこに居たのは子供だった。まだ10歳くらいだろうか。

 白銀色の長い髪を床に引きずっていた。幼いながらも整った顔立ちにサファイアブルーの瞳が輝く、その姿は天使のように清らかに見えた。

(――いや、誰!?)

 なんて思ったのは一瞬で、耐えられない吐き気に嘔吐し、床を汚した吐しゃ物が一瞬で消え去るのを目の当たりにした。最初から何も起こらなかったように、部屋の中と自分が綺麗に整えられていくのを見ていた。

(――なに?まるで魔法……)

 そう思いながらも、まるで毒物にやられたかのような眩暈にさいなまれ、私はベッドに戻ると眠りに落ちた。

 そうして高熱を出し、体を起こせない状態が一月ほど続く。その間に、私は徐々に、ここがどこなのか、自分に何が起こっていたのかを理解していくのだった――








 ちょっと信じられないし、信じたくもないけど、たぶんここ日本じゃない。むしろ地球じゃない。

 部屋の小さな窓から外を見下ろすと――はるか彼方の下の方に、人間ではない生き物たちが動いていた。
 体毛に覆われた体を持ち、獣と人間のあいの子のような姿をしていた。

 不思議に思う。なぜなら、今の私の姿は、とても綺麗な部類ではあったけれど普通の人間の姿に思えるからだった。

 そしてこの場所に疑問を持つ。
 ここは、この土地一帯を見渡せる、塔のような場所のようだった。
 窓から外は覗けるけれど、窓は開かない。私は、この部屋から決して出られない。

 毎日定時に三回、暖かく美味しそうな食事が、何もない空間に一瞬にして現れる。食べ終わると食器ごと消えていく。その技術の仕組みすら分からない。

 ベッドと机のある小さな部屋の隣に、トイレや風呂もあった。けれど、人がいない。記憶する限り、私はきっと、この部屋から出たことがないのだろうと思う。

 なんとなくぼんやりだけれど、目を覚ます前の自分のことを少しだけ覚えていた。
 手づかみで食事をし、部屋を汚し、だけどそれを魔法のように一瞬で綺麗にされていた。人にも異形のものにも、実際には会ったことも話したこともない。そんな記憶がうっすらとあるのだ。

 叫んでみても、どうやら誰にも聞こえていないようだった。

 美しい少女の体の中の、現代日本人の魂は、なすすべもなく途方に暮れる。
 分かっているのは、10歳程度のこの少女は恐らくこの部屋から出たことがなく、外には人間とは思えない生き物が動いている。そしてある日突然、日本人の記憶が蘇っただろうこと。


 ――最後に記憶があるのは飲み会の日だった。上手く受け流すことが出来なかった上司のセクハラに落ち込んでいた。
 飲み会だったのにろくに飲めなかった私は、帰ってから度数の高いサワーをがぶ飲みして寝た。

 正直、会社に行きたくないと思ってはいたし。
 辞めて引きこもってしばらく失業保険をもらいながらニート生活をしたいと思わないこともなかったけれど。

 こんなネットもない場所なんて引きこもってもすることないじゃない!?

「せめてインターネットくれよーーー!」

 そう、叫んだのが、良かったのか、悪かったのか。

 システムメッセージのような声が鳴り響いた。
 その言葉を聞き取れたわけではないのだけど、意味が頭の中に浮かんだ。

『――ネットに接続しました』

 ――――はい?

 頭の中に大量の情報が溢れかえるのを感じた。

 ――そうしてその日が、私の長きに渡るネット廃人生活の幕開けとなったのだった――


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