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10 シュリオン2

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「無事で良かったねぇ、シュリオン。探してたんだよ。この国にいる限り身の安全は保障しよう」
「イシュハル。とてもありがたい」

 イシュハルの離宮は、異国の豪華絢爛な装飾品に溢れていた。フィリアの国の豊かさを感じる。

「知らせを受けてすぐに迎えに行ったんだけど、立ち去った後のようだったと連絡を受けた。道中も追手を撒いていただろう?国に近づくまでは分からなかったよ」
「探してくれていたんだな……」

 学友だったイシュハルは、飄々とした性格の留学生だった。
 誰とでも親しくなりながらも、心の内を悟らせない男だ。

「そりゃ、僕も親近感あるしね。似た境遇の他国の王子様ってね」

 楽しそうに笑いながら彼は言う。
 きっとそれが、真実俺と親しくした理由なのだろうと思う。
 彼も立場の弱い第三王子として、友好的ではない我が国にまで留学させられていたのだ。魔法の知識に薄いフィリアから、魔法国家で学ぶ為だったと聞いている。

「戻らない方がいいよ。少なくとも今は時期じゃない。シュリオンの味方などいない」
「そうだろうな。国の様子を教えてくれないか」
「次の王家の夜会で、王太子の発表があると噂されている。反対派はすでに一掃されている。お前も、命が残っているだけ幸運だったんだ」
「……分かっている」

 今の俺に出来ることなど命を守るために逃げることだけなのだろう。俺に何かが出来ると思うことなどおこがましいにもほどがある。精々、弟の派閥に反対するものが思惑があって沈む船に乗ろうとしてくるくらいだろう。
 弟は婚約者候補を決めかねていたが、おそらくサファイアがその座に収まるのだろう。サファイアは美しいが狡猾で賢い女性だった。弟を諫めてくれるであろう。

「んで?」
「なんだ」
「エミリアはどこで会ったの?」
「……魔の森だ。旅の途中で拾ってくれた。平民だと言うがそうは見えない。知り合いか?」

 うーん、とイシュハルは観察するように俺を見つめた。

「きっと……それが君が振るい落とされた理由だと、僕は思うよ」
「どういう意味だ」

 呆れるような眼を向けてイシュハルは言う。

「同級生だよ?魔法科三位。でも本当は一位の実力があるのに教師にも嫌われて決してそれ以上には上がれなかった、エミリア・バートン。その名を聞いたことがないと言うのか?」
「いや、知っている。あれがエミリア……?」

 印象に残らない外見の生徒だった。やぼったい眼鏡とローブでいつも容姿を隠していたように思う。

「バートン伯爵家は爵位を返上したはずだが」
「そうだよ。だから本人の言う通り平民で、本当に旅の途中だったんだよ。ただし、魔の森に一人で入れる実力を持っている稀有な人物だったけれど」
「嘘だろう……?」

 それならば、学園の最終日のあの現場に彼女も居たということなのか。
 始めから何もかも把握していて、俺を助けに来た?一体何のために?彼女はどこの派閥でもないはずだ。この国に辿り着く目的にも偽りを感じない。なんの意図で?俺と会話をしたことすらないのに。

 イシュハルは深くため息を吐いた。

「疑わないでやってよ。あの子良い子なんだよ。他意なんてないと思うよ」
「……裏など感じてはいないが、だがそれならなぜ」
「言ったとおりなんじゃないかな」
「魔の森だぞ?死罪を言い渡されたに等しい王族だぞ?そんなのに関わるなんて普通じゃない。だからこそ無意識に除外していたんだ」
「広い世界にはそんな子も一人はいるだろ」

 居ないだろう。他には誰も。

「俺を助け出したときに、待たせていた馬車の御者は、彼女の母親の形見の指輪を貰っていたんだ。運賃とは別に報酬で貰ったと」
「馬車を待たせるのに使ったんだろ。あんなところで待つようなやついないよ」
「……信じられない」

 そこまでして、何も語らず、何も求めず、連絡先すら教えずに消えて行った。
 始めは従者のように使ってしまった。
 恥ずかしくも、洗濯物を渡すように要求されたときに気が付いた。女性に渡すようなものではないと。

「言っただろう。友だって。俺はあの学校で、貴族らしく裏表を使い分けられないような君たちが大好きだったんだよ。僕の大好きなもう一人の友は、そういう性格の子だったよ」
「……どういう性格だ」
「僕なら、あんな現場見て放っておいたら、夢見が悪いだろうってこと」

 たったそれだけでか?本当に?

「そうだ確か、彼女は、迫害を受けていたと……そうなのか?」
「……本当に知らないの?あの国の階級社会の悪い部分が濃縮されているような学校だったのに。君は目の前のことに一生懸命だったけれど、底辺の者たちがどうしていたかなんて、気にもしていなかっただろう」
「……」

 そうだ確かに、エミリアのことなどほとんど思い出せない。
 社交に疎く、周りの人間関係を把握しきれていないことを自覚もしていた。自分自身を奴隷のように感じていながらも、その階級社会の現状を俺は理解していたか?いや、していない。

「……心に傷を受けていた。俺は何も知らなかったのか……?」

 彼女を苦しめた同じ場所に存在していたのに、何も助けることが出来なかった。きっと俺の立場なら、いくらかでも力になれたはずだ。未来に助けるのではなく、本来助け出すべきだったその過去で。

「帰国前に何度か会わせようとしたんだけど、二人とも逃げちゃうんだよね。他人連れて来ようとすると」
「そうだっただろうか」
「だから二人にずっと言ってたんだ。何かあったらフィリアで暮らしな、いいところだよって。心のどこかで覚えていただろう?」

 俺は暮らしに来たわけではないが、エミリアは移住して来たのだから、その言葉に心が動かされていたのかもしれない。国を捨て、新天地を目指したくなるほどの日々だったのだろう。

 学園の彼女は、間違いなく、庇護下に置かなければならない存在だったはずだ。
 なのに俺は何も出来ず、彼女に助け出されたことすら知らず、追放した国への恨みを抱えていただけだった。

「何だ俺は。彼女を守ると言ったのに。どうしようもないやつではないか……」

 偽りの罪状を突き付けられたときよりも打ちのめされる。
 国を守る大義を抱えながら、文字通り、自分の身近なところの足元さえ見ていなかったのだ。
 なぜ彼女は、あんなにも笑顔を俺に向けられたのだ。なんの縁もなく、自分を助けもしなかった、学園の生徒を動かすことが出来た立場の者を。

 あの日彼女は俺の腕の中で泣いていた。嫌がってはいなかった。なぜあんなにも心を許したように俺に縋りつけたのか。

「僕だって、なにもしてあげられなかったんだよ」
「……だが」
「この国にも問題はあるけれど……他国から自分の国を見てみるのは良いことだよ。父にも話を通してある。この国で暮らすと良い。それに、君に、助けて貰いたいこともある」
「それは助かるが、俺にか?」
「あの国の、王族にしか頼めないことだよ」
「……なんだそれは」

 不審に思う俺の言葉に、イシュハルはにんまりと笑った。
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