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7 新天地
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そうして数日後、ついに南の大国フィリアに着いてしまった。
陽気な音楽に溢れる南国情緒あふれる街に降り立ちながら、私は憂鬱な気持ちになっていた。
ここでリオ様とはもうお別れなのだ。
「リオ様、今までありがとうございました。リオ様へのご恩、私の方こそ生涯忘れません」
深く頭を下げた私に、リオ様は驚いていた。
「何をまるで今生の別れのように言っている」
お別れだからです。
「リオ様こそ、お忘れにならないでください。私こそ、友として、いつだってリオ様の悲しみに寄り添いましょう。未来にリオ様が恐ろしい目に遭うときには、手助けしましょう。どうかこの先困難に苦しめられても、一人ではないことを思い出してください」
「……エミリア、俺は」
リオ様はそう言ってから、ハッとしたように顔を上げた。私の後ろの何かを見ていた。
「やぁ」
突然私の後ろから声が響いて、振り向くと背の高い、長い赤毛のくせ毛を背中まで垂らす青年が居た。線が細く、まるで女性のように美しい彼は、南国の軽装に身を包んでいる。顔を隠すように帽子を深く被っている。
けれどそのお顔を私は知っている。彼は学園の留学生だった。
「イシュ……」
イシュハル様はこの国の第三王子。優雅な姿からは想像が出来ないほどに一人で行動することが多かった。彼は、図書室に入り浸っていた私のところに良く現れた。ただ面白い本を教え合うだけの友人だった。そう友人。彼は学園の底辺の私と秘密の友人になるのも楽しいだろう?そう言っていた。
「……」
どう見てもお忍びのそのお姿に名前を言ってもいいのか悩んでから言葉を失っている私に、イシュハル様はにっこり笑った。
「二人とも久しぶりだね。一年ぶりだよね。元気だった?」
「お、お久しぶりです~~」
懐かしくて泣きそうになりながらそう言うと、イシュハル様は楽しそうに笑った。
「二人ともだと?」
リオ様が訝しんでいる。
「ん?へ~?気付いてない?ね?」
イシュハル様はウインクするように私を見つめた。
「迎えに来たよ、我が友よ。仲が良いと思っていた二人が来てくれると思わなかった。良ければ二人とも私の離宮に案内するよ」
「あ、私はいいです。役所に行って簡易宿紹介してもらったりと、忙しいので!またお会いできたら嬉しいです。それでは!」
「え」
イシュハル様が本当にそう思って言ってくれているのは分かっていたけれど、お言葉に甘えられる身分ではないので振り切って逃げる。走り去る私を二人は呆気に取られるように見ていたけれど、追いかけようとするリオ様をイシュハル様が止めているようだった。そうしてよく見るとイシュハル様はたくさんの護衛に囲まれていた。
一月後無事に試験に合格し、宿から寮に住まいを移すと、やっと一息つける気持ちになれた。
就職が決まった!安定した職業に就いて、一人で生きて行ける……こんなに嬉しいことはない。
お父様お母様。育ててくれてありがとうございます。二人のおかげで仕事に就けました。
リオ様にも伝えられたらいいのに……そう思うけれど、どこでどうしているのかも知らない。
探す気もない。またいつかどこかで出会うことが出来たなら、その時は困っていることがないか聞いてみたい。今度こそ彼に私の方が寄り添う番だ。
事務員として採用され、書類仕事に追われる日々の中で、忙しいながらも同僚に一緒に食事するような友人が出来たり、上司に恵まれたりして、日々が落ち着いて行くのを感じていた。
それはかつて学生時代には感じたこともないような充実感だった。
失敗することもあるけれど、反省しながら、周りの人と相談して、自分にも役立つ仕事をさせてもらえている。
ただそんな日々を過ごすだけで、心の奥に抱えた辛かった記憶が少しずつ薄れていくのを感じた。
ここには自分を蔑む人も役立たずだと言う人もいない。
一度職場の飲み会の席でそんな心情をぽろりと零したら、そんなことは当たり前だと、泣かれたり怒ってもらえたりした。
その時にふと、リオ様のことを思い出した。
リオ様は泣いても怒ってもいなかったけれど、ただ寄り添ってくれた。あの行動が私にはとても好ましいものだった。あんなにも心を満たしてくれたのは初めてだった。リオ様以上には、誰も、心の奥に入り込んでしまうような人には出会えなかった。
時々……時々だけど、心の奥底から消えないこの想いは、もしかして恋なのではないかと思うことがあった。
そんなことを思うことすら許されない人なのに。
なんでもないような会話しかしなかった。何も彼のことを知らない。
だけど私の心の大事な部分にリオ様が入り込んでしまっている。
困難な人生に抗うようにぎらぎらとした眼差しを向けていた王子様。
聡明な瞳で物事を語るときの知的さ。魔物にさえ剣を振るったんだろう、強い身体。
尊大なのに寛大で、小さな私の悩みなど大きな心で受け止めて、寄り添ってくれる優しさを持った人。
彼の存在が、私の心からいつまで経っても消えない。
陽気な音楽に溢れる南国情緒あふれる街に降り立ちながら、私は憂鬱な気持ちになっていた。
ここでリオ様とはもうお別れなのだ。
「リオ様、今までありがとうございました。リオ様へのご恩、私の方こそ生涯忘れません」
深く頭を下げた私に、リオ様は驚いていた。
「何をまるで今生の別れのように言っている」
お別れだからです。
「リオ様こそ、お忘れにならないでください。私こそ、友として、いつだってリオ様の悲しみに寄り添いましょう。未来にリオ様が恐ろしい目に遭うときには、手助けしましょう。どうかこの先困難に苦しめられても、一人ではないことを思い出してください」
「……エミリア、俺は」
リオ様はそう言ってから、ハッとしたように顔を上げた。私の後ろの何かを見ていた。
「やぁ」
突然私の後ろから声が響いて、振り向くと背の高い、長い赤毛のくせ毛を背中まで垂らす青年が居た。線が細く、まるで女性のように美しい彼は、南国の軽装に身を包んでいる。顔を隠すように帽子を深く被っている。
けれどそのお顔を私は知っている。彼は学園の留学生だった。
「イシュ……」
イシュハル様はこの国の第三王子。優雅な姿からは想像が出来ないほどに一人で行動することが多かった。彼は、図書室に入り浸っていた私のところに良く現れた。ただ面白い本を教え合うだけの友人だった。そう友人。彼は学園の底辺の私と秘密の友人になるのも楽しいだろう?そう言っていた。
「……」
どう見てもお忍びのそのお姿に名前を言ってもいいのか悩んでから言葉を失っている私に、イシュハル様はにっこり笑った。
「二人とも久しぶりだね。一年ぶりだよね。元気だった?」
「お、お久しぶりです~~」
懐かしくて泣きそうになりながらそう言うと、イシュハル様は楽しそうに笑った。
「二人ともだと?」
リオ様が訝しんでいる。
「ん?へ~?気付いてない?ね?」
イシュハル様はウインクするように私を見つめた。
「迎えに来たよ、我が友よ。仲が良いと思っていた二人が来てくれると思わなかった。良ければ二人とも私の離宮に案内するよ」
「あ、私はいいです。役所に行って簡易宿紹介してもらったりと、忙しいので!またお会いできたら嬉しいです。それでは!」
「え」
イシュハル様が本当にそう思って言ってくれているのは分かっていたけれど、お言葉に甘えられる身分ではないので振り切って逃げる。走り去る私を二人は呆気に取られるように見ていたけれど、追いかけようとするリオ様をイシュハル様が止めているようだった。そうしてよく見るとイシュハル様はたくさんの護衛に囲まれていた。
一月後無事に試験に合格し、宿から寮に住まいを移すと、やっと一息つける気持ちになれた。
就職が決まった!安定した職業に就いて、一人で生きて行ける……こんなに嬉しいことはない。
お父様お母様。育ててくれてありがとうございます。二人のおかげで仕事に就けました。
リオ様にも伝えられたらいいのに……そう思うけれど、どこでどうしているのかも知らない。
探す気もない。またいつかどこかで出会うことが出来たなら、その時は困っていることがないか聞いてみたい。今度こそ彼に私の方が寄り添う番だ。
事務員として採用され、書類仕事に追われる日々の中で、忙しいながらも同僚に一緒に食事するような友人が出来たり、上司に恵まれたりして、日々が落ち着いて行くのを感じていた。
それはかつて学生時代には感じたこともないような充実感だった。
失敗することもあるけれど、反省しながら、周りの人と相談して、自分にも役立つ仕事をさせてもらえている。
ただそんな日々を過ごすだけで、心の奥に抱えた辛かった記憶が少しずつ薄れていくのを感じた。
ここには自分を蔑む人も役立たずだと言う人もいない。
一度職場の飲み会の席でそんな心情をぽろりと零したら、そんなことは当たり前だと、泣かれたり怒ってもらえたりした。
その時にふと、リオ様のことを思い出した。
リオ様は泣いても怒ってもいなかったけれど、ただ寄り添ってくれた。あの行動が私にはとても好ましいものだった。あんなにも心を満たしてくれたのは初めてだった。リオ様以上には、誰も、心の奥に入り込んでしまうような人には出会えなかった。
時々……時々だけど、心の奥底から消えないこの想いは、もしかして恋なのではないかと思うことがあった。
そんなことを思うことすら許されない人なのに。
なんでもないような会話しかしなかった。何も彼のことを知らない。
だけど私の心の大事な部分にリオ様が入り込んでしまっている。
困難な人生に抗うようにぎらぎらとした眼差しを向けていた王子様。
聡明な瞳で物事を語るときの知的さ。魔物にさえ剣を振るったんだろう、強い身体。
尊大なのに寛大で、小さな私の悩みなど大きな心で受け止めて、寄り添ってくれる優しさを持った人。
彼の存在が、私の心からいつまで経っても消えない。
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