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祈りの祭典
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リュールくんたち強化メンバーが旅立ち、少し経った頃。
ため息を吐く私の隣でクロエがまた小さく舌打ちをしている。
それもそのはず、面倒くさい事態になっているのだ。
「討伐に旅立った彼らの無事を願って、学年合同で、祈りの祭典を行います」
先生がそう言ったときに、教室はシン……と静まり返った。皆の心の中は一つになっていたと思う。
祈りの祭典自体は問題じゃない。
……『学年合同』って不穏な言葉はなんなんだ、と。
先生曰く、学生たちが魔物たちとの争いをテーマにそれぞれ班研究をし、その成果を展示したり発表したりした後、皆で祈りを捧げるという催しらしい。
うん。それだけならなんにも問題ない。
気になるのは『学年合同』の一点だけなんだから。
お貴族様たちの育成クラスと庶民たちの一般クラスしかない現状で、一体何が合同なんだと。
んで、何が合同かって言うのはすぐに分かった。
班研究も合同、展示も合同、祈りも合同。
『合同』=育成クラスと一般クラスの合同作業、とのこと。
おう……神様、これはちょっと幸せじゃありません。
私だけではない、一般クラスの生徒たちは真っ青になった。噂によると貴族の子たちからも反発があったそうなのだけど、今回は王命なので、の一点張りでどうにもならなかったらしい。
その王命……どうせなら食堂の件で出してもらいたかったよー!!
まぁ、いやいや一緒にご飯を食べて貰えたところで、別のもめ事も起こるんだろうけどさぁ……。
そして今に至る。
班研究は、育成(貴族)クラスの三人、一般(庶民)クラスの三人、計六人組で行われる。
「世界の為に、この身を捧げて俺は戦う」
「わたくしのこの持てる力を、世界をより良くするために使わせて頂きたいのです」
「国の未来のために、出来ることはどんなことでもしよう」
今語っているのは、育成クラスのお貴族様たちだ。
今私たち庶民の子たちは合同教室の机の前に座りながら……肩身を狭くしている。
ちなみに出されている研究テーマは、平和のために私たちの出来ること、だ。
「俺たちは、最高峰の教育を施されている。持てる者の義務があるのだ。持たざる者を守るためにな」
「わたくしたちにしか出来ないことがありますのよ。何も出来ないからって恥じる必要はありません。出来る者が行えばいいのです」
「出来ることが多いものがそれを行うのは当然のことだな。俺の力が世界を変える」
なぜ追い打ちをかけるようにわざわざ庶民の子たちに話しかけるように言うのか不思議だった。
どんなに言いたいことや思っていることがあっても、私たちには言い返せなかった。
『学生たちの身分は平等です。ただ世の中には、不興を買っただけで、貴族の権力で消される人間は後を絶ちません』
これは学校の先生の台詞だった。
なので全ては右から左にしなくてはいけなかったので、私はノートに自分の思う平和のために出来ることを書き連ねていた。
すると書いていたノートを取り上げられてしまった。
顔を上げるとお貴族さまクラスの金髪碧眼の綺麗な男の子が、ノートをパラパラとめくっている。
「人の話も聞かずに何を書いてるんだよ」
(うひぃ……っ)
私がビクビクと怯えていると、男の子は気を良くしたように笑う。
「お前、その小ささはいつも外の授業を日陰で見学しているやつだろう。落ちこぼれなのか?」
そう言うとノートの中身を読み上げて行く。
「出来るだけ健康でいられるように過ごすこと……ん?」
首を傾げながら読み続ける。
「困っている人を助けること。また自分も助けを求めることを諦めないこと……」
男の子の横から、他の二人も覗き込んで読み上げる。
「出来ることを出来る範囲ですること。人にもそれ以上を求めないこと。与えられるものが当たり前じゃないと忘れないこと」
「比べたときに不幸に気付くということを忘れないこと」
「出来るだけ心も健康であること」
「辛い夜には一番最近あった楽しいことを思い出すこと」
「それでも元気が出ない時にはお母さんのお墓に会いに行くこと」
「毎日、天と地の中心のサミュラン様に感謝を忘れないこと」
庶民クラスの子の視線も自分に集まってしまって、恥ずかしくて……辛い。
「元気で健康で力ある誰かが自分の出来ないことをしてくれていることを忘れないこと……」
最後には、全員が黙って縮こまる私を見つめてしまった。呼吸が止まりそうだ。
「研究テーマじゃないな……」
もう一人の男の子がポツリと言うと、女の子もそうね、と頷く。
「庶民らしいわね」
そうしてノートを取り上げた男の子がそれを返してくれた。
俯いて視線を床に落としながら、小さな声で言う。
「……悪かった」
私も、同じクラスの子たちも驚いて顔を上げた。
綺麗な貴族の男の子がそんなことを言うとは思ってもいなかったからだ。
「俺の母君も亡くなっている」
その子は最後に私の瞳をじっと見つめてくれて。
ああ、この子も、お母さんのお墓に会いに行ったことがある子なのかなって。
初めて遠い世界の子だと思っていた貴族クラスの男の子を、普通の子のように思いながら見つめた。
その後なぜか、私たちの班研究が「平和のために出来る身近なこと」という小規模なテーマに変わっていたけれど無事に終わり、全校生徒が校庭に集まると、キャンドルに照らされる中祈りが捧げられた。
その時丁度、強化メンバーのパーティーが帰って来た。
わぁっと大歓声が沸く。
彼らは旅装束のままで、そのまま学園に来たようだ。
強化メンバーを囲んで貴族様たちがにぎわっているけれど、一人ポツンと立っているリュールくんのもとへ私たちは向かった。
「リュールくん……!」
後ろから声を掛けた私に、もさりと身体を動かした男が振り向いた。
大きな体に、大きな荷物を背負っていた。汚れた体、けれど瞳が強い意志を持っているようにこちらを見つめた。
「おかえりなさい!」
「おかえりリュールくん」
「無事で良かったね」
リュールくんは何も答えなかったけど、皆の声に頷いてくれている。
それがとても嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべてしまう。
(無事で良かった……!天と地の中心のサミュラン様ありがとうございます……!)
その夜から早速リュールくんは、また我が家に夕食を食べに来た。
彼は寮に旅の荷物を置いて体をさっぱりさせてから、お土産を持って来てくれたのだ。
「もさもさが来たー」
「そろそろ切ってあげるわよ?」
「お兄ちゃん読んで―」
「兄ちゃんおんぶー」
子供たちは思い思いに彼に懐いているようだけど、もう放って置いている。
お土産はよく分からない食材だったけれど、リュールくんに聞いても分からないようだったので、適当に料理してみることにした。
「……手伝おう」
台所に立っていると、子供たちを振り切るようにしてリュールくんが手伝いに来てくれた。
それは珍しいことだったからちょっと驚いた。
「ん?大丈夫だよ?疲れてるでしょう?休んでていいよ……アッ、あの状態じゃ休まらないかっ」
自分で言ったことに自分で突っ込んでしまって恥ずかしい。
慌てるとリュールくんが隣に立っていた。
「……体は?」
「え?」
「辛そうだ」
「……」
それは今日、祈りの祭典があったから……。
私には長時間立ち続けることは難しい。
気分が悪くなっていたけれど、丁度リュールくんたちが帰ってきたので、祭典が中止になりなんとか一日を終えられたのだ。
「……具合悪そうに見えた?」
「顔色が悪い」
いつも買い物に行くとき、少しの荷物を持っただけで息切れを起こしている姿を見られている。
リュールくんは、どうやらいつの間にか私の体の弱さを把握してくれているみたいだ。
「……手伝ってもらってもいい?」
「ああ」
「料理できる?」
「イザールの狩猟中は、男達が肉も野菜もナイフで切り落とす」
「包丁だよーー」
笑いながらも、椅子に座って少し休ませてもらって、やって欲しいことを伝えた。
そうして少し話をした。
祈りの祭典の話だ。学年合同の、研究や展示のこと。その間、てんやわんやだったこと。
「リュールくんたちのことを祈っていたはずなのに、リュールくんと一緒にやりたかったなぁって思ったんだぁ。変だよねぇ」
「……」
班研究の話をすると、最初に貴族の子たちが言っていた台詞を伝えたところで、リュールくんが言った。
「……同じだ」
「え?」
「強化メンバーのパーティーだ。彼らも同じことを言っていた」
「うん?」
「世界の平和のために、遠い地で自らの力を生かすと。それが使命だと」
「……うん」
メンバーの人たちは遠目にしか見ていないし、どんな人なのかは知らなかったけれど、お貴族様クラスの人たちなのだから、考え方は変わらないのかも。
「そう言いながら、仲間であるはずの、庶民の俺を蔑んでいた」
「……」
私は椅子に座りながら、料理をしてくれている男の子をじっと見つめた。
彼は、隣の席のリュールくん――勇者候補の男の子。
遠い彼方の地からわざわざやって来て、勇者になるために教育されている。
けれど、16歳の、ただの無骨な男の子。
普通のことを、普通に感じる心を持ってる。
「平和とはなんだ。ただ自分たちの安全を守ることを言うのか。そうして、隣人の為に助け合っているお前を……俺と同じように見下すなら、それは、間違っていると思う」
タンッと叩き付ける包丁の音が響いた。
その音に少しどきりとしながら、私は言うべき言葉を選ぶ。彼の言うことも分かるんだ。だって自分に出来ることをしたいと言う彼らの隣のクラスには、未だ困っていることを抱えている私たちがいる。
「……でもね」
私の言葉にリュールくんが振り返り、じっと瞳を見つめた。
「……謝ってくれたの」
「……」
「だからきっと、知らないだけなんだよ。私も、向こうも、全く同じように」
「……」
「同じ立場になったら、きっと誰でも同じことを言うんだよ」
けれどお貴族様が庶民になることはそうそうないし、庶民が貴族になることもそうそうない。
「だって……」
言うつもりのなかった想いを言葉にしてみようと思う。
「天と地の中心のサミュラン様にね、祈ったの。皆が無事に帰れますようにって……でも」
祈ったのは本当だけど。
「リュールくんのことしか頭には思い浮かばなかった。なんとなく名前を知ってるくらいの話したこともない人のことを上手く祈れなかったの」
なんか今ぽろりと、野菜の切れ端が床に落ちた気がするけど、後で言おう。
「私は、自分の身近な人のことしか祈れないような子で……でもきっと、みんな、そういうところがあるんだと思う。大事な人に優しくしようって、守ろうって思うの。知らない人のことまで守れない……」
またぽろぽろ落ちてるけど、後で言おう。
「私も一緒なの」
「……」
固まるように黙り込んでいたリュールくんが、はっとしたように床の野菜に気付いて拾いだした。
「……俺も同じか」
「リュールくんは全然違うよ!みんなの為に頑張ってくれた」
「……」
「私はきっとこの村から出ることもないの。リュールくんみたいに、あの人達みたいに、出来る人がやってくれてる。この町の小さなことに関わって、外に出てくれなくなったら、それはそれで、大変なことになると思う……」
「そんなものか」
「うん。大きなことを掲げても、小さなことを掲げても、出来ることを出来る範囲でやってるだけだよね……」
「……そうだな」
リュールくんはそう言うと、その後も手際よく料理を切り、煮込んで味付けまでしてくれた。料理が手慣れているなんてものじゃなさそうだった。
だから思わず笑ってしまった。
「リュールくんは、出来ることが多すぎて、大変だね!」
「……」
その日の料理はどれもとても美味しくて、でも変わった異国風の味付けで、家族に大好評だった。
ご近所のサルーアさんのお家の引っ越しのお手伝いに行こうとしていたら、リュールくんが手伝ってくれると言い出した。
それは休日のことで、家にランチを食べに来てもらったときのことだ。
「ん?いいの?」
「……ああ」
サルーアさんはずっと出稼ぎに行っていたのだけど、この度この村に戻ってくることになったのだ。
ずっと空けていた家を片付け、子供とまた一緒に暮らす。ジミーのご両親だ。
リュールくんはご飯を食べさせてくれていることを気にしてくれているのか、最近はずっと私と一緒に過ごしていた。一緒にいてもほとんどは黙りこんだままなのだけど。
でも、引っ越しの日のリュールくんは存在自体がありがたい。
自分には出来ない力仕事を手伝ってもらえるだろう。
そうしてお手伝いにリュールくんの腕力は非常に役立っていた。
なんだかんだと、彼ほど体が鍛えられている村人は居ない。というか国中にもそんなにいないのか。
サルーアさんたちにとても感謝されていたけれど、リュールくんは「またいつでも呼んで欲しい」と言っていた。
その台詞がなんだか不思議で、じっとリュールくんを見つめると、リュールくんは珍しく目を逸らさないで見つめ返してくれた。
と言ってもまぁ会話もなく、二人で無言で見つめ合ってしまっただけなんだけど。
そうして暫く経った頃、また強化メンバーパーティーが旅立つ日がやって来た。
「土産を持ってすぐ帰ってくる」
「うん」
私は前と同じように笑顔で送り出した。
「天と地の中心のサミュラン様に、リュールくんとみんなが無事でありますように祈ってる」
ため息を吐く私の隣でクロエがまた小さく舌打ちをしている。
それもそのはず、面倒くさい事態になっているのだ。
「討伐に旅立った彼らの無事を願って、学年合同で、祈りの祭典を行います」
先生がそう言ったときに、教室はシン……と静まり返った。皆の心の中は一つになっていたと思う。
祈りの祭典自体は問題じゃない。
……『学年合同』って不穏な言葉はなんなんだ、と。
先生曰く、学生たちが魔物たちとの争いをテーマにそれぞれ班研究をし、その成果を展示したり発表したりした後、皆で祈りを捧げるという催しらしい。
うん。それだけならなんにも問題ない。
気になるのは『学年合同』の一点だけなんだから。
お貴族様たちの育成クラスと庶民たちの一般クラスしかない現状で、一体何が合同なんだと。
んで、何が合同かって言うのはすぐに分かった。
班研究も合同、展示も合同、祈りも合同。
『合同』=育成クラスと一般クラスの合同作業、とのこと。
おう……神様、これはちょっと幸せじゃありません。
私だけではない、一般クラスの生徒たちは真っ青になった。噂によると貴族の子たちからも反発があったそうなのだけど、今回は王命なので、の一点張りでどうにもならなかったらしい。
その王命……どうせなら食堂の件で出してもらいたかったよー!!
まぁ、いやいや一緒にご飯を食べて貰えたところで、別のもめ事も起こるんだろうけどさぁ……。
そして今に至る。
班研究は、育成(貴族)クラスの三人、一般(庶民)クラスの三人、計六人組で行われる。
「世界の為に、この身を捧げて俺は戦う」
「わたくしのこの持てる力を、世界をより良くするために使わせて頂きたいのです」
「国の未来のために、出来ることはどんなことでもしよう」
今語っているのは、育成クラスのお貴族様たちだ。
今私たち庶民の子たちは合同教室の机の前に座りながら……肩身を狭くしている。
ちなみに出されている研究テーマは、平和のために私たちの出来ること、だ。
「俺たちは、最高峰の教育を施されている。持てる者の義務があるのだ。持たざる者を守るためにな」
「わたくしたちにしか出来ないことがありますのよ。何も出来ないからって恥じる必要はありません。出来る者が行えばいいのです」
「出来ることが多いものがそれを行うのは当然のことだな。俺の力が世界を変える」
なぜ追い打ちをかけるようにわざわざ庶民の子たちに話しかけるように言うのか不思議だった。
どんなに言いたいことや思っていることがあっても、私たちには言い返せなかった。
『学生たちの身分は平等です。ただ世の中には、不興を買っただけで、貴族の権力で消される人間は後を絶ちません』
これは学校の先生の台詞だった。
なので全ては右から左にしなくてはいけなかったので、私はノートに自分の思う平和のために出来ることを書き連ねていた。
すると書いていたノートを取り上げられてしまった。
顔を上げるとお貴族さまクラスの金髪碧眼の綺麗な男の子が、ノートをパラパラとめくっている。
「人の話も聞かずに何を書いてるんだよ」
(うひぃ……っ)
私がビクビクと怯えていると、男の子は気を良くしたように笑う。
「お前、その小ささはいつも外の授業を日陰で見学しているやつだろう。落ちこぼれなのか?」
そう言うとノートの中身を読み上げて行く。
「出来るだけ健康でいられるように過ごすこと……ん?」
首を傾げながら読み続ける。
「困っている人を助けること。また自分も助けを求めることを諦めないこと……」
男の子の横から、他の二人も覗き込んで読み上げる。
「出来ることを出来る範囲ですること。人にもそれ以上を求めないこと。与えられるものが当たり前じゃないと忘れないこと」
「比べたときに不幸に気付くということを忘れないこと」
「出来るだけ心も健康であること」
「辛い夜には一番最近あった楽しいことを思い出すこと」
「それでも元気が出ない時にはお母さんのお墓に会いに行くこと」
「毎日、天と地の中心のサミュラン様に感謝を忘れないこと」
庶民クラスの子の視線も自分に集まってしまって、恥ずかしくて……辛い。
「元気で健康で力ある誰かが自分の出来ないことをしてくれていることを忘れないこと……」
最後には、全員が黙って縮こまる私を見つめてしまった。呼吸が止まりそうだ。
「研究テーマじゃないな……」
もう一人の男の子がポツリと言うと、女の子もそうね、と頷く。
「庶民らしいわね」
そうしてノートを取り上げた男の子がそれを返してくれた。
俯いて視線を床に落としながら、小さな声で言う。
「……悪かった」
私も、同じクラスの子たちも驚いて顔を上げた。
綺麗な貴族の男の子がそんなことを言うとは思ってもいなかったからだ。
「俺の母君も亡くなっている」
その子は最後に私の瞳をじっと見つめてくれて。
ああ、この子も、お母さんのお墓に会いに行ったことがある子なのかなって。
初めて遠い世界の子だと思っていた貴族クラスの男の子を、普通の子のように思いながら見つめた。
その後なぜか、私たちの班研究が「平和のために出来る身近なこと」という小規模なテーマに変わっていたけれど無事に終わり、全校生徒が校庭に集まると、キャンドルに照らされる中祈りが捧げられた。
その時丁度、強化メンバーのパーティーが帰って来た。
わぁっと大歓声が沸く。
彼らは旅装束のままで、そのまま学園に来たようだ。
強化メンバーを囲んで貴族様たちがにぎわっているけれど、一人ポツンと立っているリュールくんのもとへ私たちは向かった。
「リュールくん……!」
後ろから声を掛けた私に、もさりと身体を動かした男が振り向いた。
大きな体に、大きな荷物を背負っていた。汚れた体、けれど瞳が強い意志を持っているようにこちらを見つめた。
「おかえりなさい!」
「おかえりリュールくん」
「無事で良かったね」
リュールくんは何も答えなかったけど、皆の声に頷いてくれている。
それがとても嬉しくて、私は満面の笑みを浮かべてしまう。
(無事で良かった……!天と地の中心のサミュラン様ありがとうございます……!)
その夜から早速リュールくんは、また我が家に夕食を食べに来た。
彼は寮に旅の荷物を置いて体をさっぱりさせてから、お土産を持って来てくれたのだ。
「もさもさが来たー」
「そろそろ切ってあげるわよ?」
「お兄ちゃん読んで―」
「兄ちゃんおんぶー」
子供たちは思い思いに彼に懐いているようだけど、もう放って置いている。
お土産はよく分からない食材だったけれど、リュールくんに聞いても分からないようだったので、適当に料理してみることにした。
「……手伝おう」
台所に立っていると、子供たちを振り切るようにしてリュールくんが手伝いに来てくれた。
それは珍しいことだったからちょっと驚いた。
「ん?大丈夫だよ?疲れてるでしょう?休んでていいよ……アッ、あの状態じゃ休まらないかっ」
自分で言ったことに自分で突っ込んでしまって恥ずかしい。
慌てるとリュールくんが隣に立っていた。
「……体は?」
「え?」
「辛そうだ」
「……」
それは今日、祈りの祭典があったから……。
私には長時間立ち続けることは難しい。
気分が悪くなっていたけれど、丁度リュールくんたちが帰ってきたので、祭典が中止になりなんとか一日を終えられたのだ。
「……具合悪そうに見えた?」
「顔色が悪い」
いつも買い物に行くとき、少しの荷物を持っただけで息切れを起こしている姿を見られている。
リュールくんは、どうやらいつの間にか私の体の弱さを把握してくれているみたいだ。
「……手伝ってもらってもいい?」
「ああ」
「料理できる?」
「イザールの狩猟中は、男達が肉も野菜もナイフで切り落とす」
「包丁だよーー」
笑いながらも、椅子に座って少し休ませてもらって、やって欲しいことを伝えた。
そうして少し話をした。
祈りの祭典の話だ。学年合同の、研究や展示のこと。その間、てんやわんやだったこと。
「リュールくんたちのことを祈っていたはずなのに、リュールくんと一緒にやりたかったなぁって思ったんだぁ。変だよねぇ」
「……」
班研究の話をすると、最初に貴族の子たちが言っていた台詞を伝えたところで、リュールくんが言った。
「……同じだ」
「え?」
「強化メンバーのパーティーだ。彼らも同じことを言っていた」
「うん?」
「世界の平和のために、遠い地で自らの力を生かすと。それが使命だと」
「……うん」
メンバーの人たちは遠目にしか見ていないし、どんな人なのかは知らなかったけれど、お貴族様クラスの人たちなのだから、考え方は変わらないのかも。
「そう言いながら、仲間であるはずの、庶民の俺を蔑んでいた」
「……」
私は椅子に座りながら、料理をしてくれている男の子をじっと見つめた。
彼は、隣の席のリュールくん――勇者候補の男の子。
遠い彼方の地からわざわざやって来て、勇者になるために教育されている。
けれど、16歳の、ただの無骨な男の子。
普通のことを、普通に感じる心を持ってる。
「平和とはなんだ。ただ自分たちの安全を守ることを言うのか。そうして、隣人の為に助け合っているお前を……俺と同じように見下すなら、それは、間違っていると思う」
タンッと叩き付ける包丁の音が響いた。
その音に少しどきりとしながら、私は言うべき言葉を選ぶ。彼の言うことも分かるんだ。だって自分に出来ることをしたいと言う彼らの隣のクラスには、未だ困っていることを抱えている私たちがいる。
「……でもね」
私の言葉にリュールくんが振り返り、じっと瞳を見つめた。
「……謝ってくれたの」
「……」
「だからきっと、知らないだけなんだよ。私も、向こうも、全く同じように」
「……」
「同じ立場になったら、きっと誰でも同じことを言うんだよ」
けれどお貴族様が庶民になることはそうそうないし、庶民が貴族になることもそうそうない。
「だって……」
言うつもりのなかった想いを言葉にしてみようと思う。
「天と地の中心のサミュラン様にね、祈ったの。皆が無事に帰れますようにって……でも」
祈ったのは本当だけど。
「リュールくんのことしか頭には思い浮かばなかった。なんとなく名前を知ってるくらいの話したこともない人のことを上手く祈れなかったの」
なんか今ぽろりと、野菜の切れ端が床に落ちた気がするけど、後で言おう。
「私は、自分の身近な人のことしか祈れないような子で……でもきっと、みんな、そういうところがあるんだと思う。大事な人に優しくしようって、守ろうって思うの。知らない人のことまで守れない……」
またぽろぽろ落ちてるけど、後で言おう。
「私も一緒なの」
「……」
固まるように黙り込んでいたリュールくんが、はっとしたように床の野菜に気付いて拾いだした。
「……俺も同じか」
「リュールくんは全然違うよ!みんなの為に頑張ってくれた」
「……」
「私はきっとこの村から出ることもないの。リュールくんみたいに、あの人達みたいに、出来る人がやってくれてる。この町の小さなことに関わって、外に出てくれなくなったら、それはそれで、大変なことになると思う……」
「そんなものか」
「うん。大きなことを掲げても、小さなことを掲げても、出来ることを出来る範囲でやってるだけだよね……」
「……そうだな」
リュールくんはそう言うと、その後も手際よく料理を切り、煮込んで味付けまでしてくれた。料理が手慣れているなんてものじゃなさそうだった。
だから思わず笑ってしまった。
「リュールくんは、出来ることが多すぎて、大変だね!」
「……」
その日の料理はどれもとても美味しくて、でも変わった異国風の味付けで、家族に大好評だった。
ご近所のサルーアさんのお家の引っ越しのお手伝いに行こうとしていたら、リュールくんが手伝ってくれると言い出した。
それは休日のことで、家にランチを食べに来てもらったときのことだ。
「ん?いいの?」
「……ああ」
サルーアさんはずっと出稼ぎに行っていたのだけど、この度この村に戻ってくることになったのだ。
ずっと空けていた家を片付け、子供とまた一緒に暮らす。ジミーのご両親だ。
リュールくんはご飯を食べさせてくれていることを気にしてくれているのか、最近はずっと私と一緒に過ごしていた。一緒にいてもほとんどは黙りこんだままなのだけど。
でも、引っ越しの日のリュールくんは存在自体がありがたい。
自分には出来ない力仕事を手伝ってもらえるだろう。
そうしてお手伝いにリュールくんの腕力は非常に役立っていた。
なんだかんだと、彼ほど体が鍛えられている村人は居ない。というか国中にもそんなにいないのか。
サルーアさんたちにとても感謝されていたけれど、リュールくんは「またいつでも呼んで欲しい」と言っていた。
その台詞がなんだか不思議で、じっとリュールくんを見つめると、リュールくんは珍しく目を逸らさないで見つめ返してくれた。
と言ってもまぁ会話もなく、二人で無言で見つめ合ってしまっただけなんだけど。
そうして暫く経った頃、また強化メンバーパーティーが旅立つ日がやって来た。
「土産を持ってすぐ帰ってくる」
「うん」
私は前と同じように笑顔で送り出した。
「天と地の中心のサミュラン様に、リュールくんとみんなが無事でありますように祈ってる」
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