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第3話 クマさんパンツの女
しおりを挟むおっぱいマスタートラ。
おっぱいをこよなく愛する真性のド変態である。
相手の胸に直接手で触れることで、その人物のバストサイズが分かるという神業を持つ。触れる時間はほんの一瞬、文字どおりの刹那でかまわない。ゆえに、揉みしだくなどの下品な行動を彼は決して取らない。それはおっぱいに対する冒とくであると彼は考えている。
すれ違いざま、その一瞬があればじゅうぶんなのである。その御業は超絶一等。三割の人間は、己が触られたことにすら気づかない。彼がおっぱいマスターといわれるゆえんである。もっとも、七割の人間には気づかれるので、かなりの頻度で眼鏡を叩き割られているのだが。
が、そんなことは彼にとっては取るに足りない小さなことだった。なぜなら彼は確信を持ってこう思っているからである。割られた眼鏡など、小金を出せばいくらでも代わりを購入できる。だが、その『瞬間』は確実にプライスレスだと。
閑話休題。
「ちょっとでも変な動きしたら、その眼鏡叩き割るからねっ!」
アカリが、強い口調で警告する。が、トラはどこ吹く風だった。
彼はアカリの警告を鼻で笑い飛ばすと、挑発するように自らの眼鏡のブリッジをククッと上げて、
「ふん、ざれ言を。貴様相手にそんな動きをするものか。それになぜスカートのすそをギュッと押さえて下まで隠す? 小生はパンツになど興味はない。特に貴様の地味な白パンなぞかけらも興味がないわ」
「いえ、違います。アカリさんはおそらく『クマさんパンツの女』です」
「クマさんパンツの女ってなに!? はいたことないわよ、そんなパンツ! てか、クマさんパンツの女はあんたでしょ!?」
「そうでした」
まったく愛嬌のない『てへぺろ』で、リンがあっさり認める。アカリはすぐに彼女から視線を外して、事の元凶を再び鋭い目つきでにらみつけた。
そのまま、人差し指を突きつけ、さっきよりもさらに強い口調で警告する。
「それ以上近づいたら、ホントに本気で眼鏡叩き割るから!」
「いやだから貴様のクマパンには一ミリも興味はない」
「クマパン言うな! リン見て言え! あたしのパンツは白パンだ!!」
「最後の恥ずかしいカミングアウトは別に必要なかったのでは……?」
「勢いで言っちゃったの!」
若干と頬を赤らめ、しつこくからんでくるリンにコツンと一発。
アカリは疲れたように息を落とすと、今度は不意にミサキを見やって、
「ミサキも、なんでこんな奴らとパーティ組んでるのよ。さっさとウチに来なさいよ。変態移っちゃうわよ」
「うーん……でもでも、ミサキはもうずっと前から『チームパイパイ』の一員だし……」
「誰がチームパイパイだ! オレまでそのおかしなカテゴリーに加えるんじゃねえ!」
それまで黙っていたシューヤが、そこだけは譲れないとばかりに強く否定する。
と、彼はその勢いのまま、思い出したようにヒョーマへと向き直り、
「ヒョーマ、テメエに言っときたいことがある」
「……なによ? 正々堂々、サシで戦えってか。一応、前回はそのつもりでいたんだぜ。どっかの白パンのせいで、いろいろ台無しになっちまったが」
「白パン言うな!」
聞こえたらしい。
相変わらず、耳とか目とか、そんなとこだけは無茶苦茶良い女である。
ヒョーマは短く嘆息すると、
「ま、そういうわけで、おまえの期待にそえなかったことは悪いと思ってるよ。悪かったな」
「別に悪くはねえ。多対一で挑んできてくれたほうが、こっちとしても修行になるしよ。けど、テメエはそれでいいのか? 毎度、策略立てて挑んでくるのはいいけどよ。たまには最初の頃みてえに単独でこねえと、テメエ自身の修行にならねえんじゃねえのか?」
「……別に俺の修行になろうがならなかろうが、おまえには関係ないだろ」
「関係あんだよ。オレがテメエらと定期的にやり合ってんのは、テメエらが強えーからだ。特にヒョーマ、テメエが強えーからなんだよ。弱えーヤツとやっても修行にはならねえ」
「……修行、ねえ。俺も最初はそのつもりでおまえらとやり合ってたけどさ、もうこの町で俺たちとまともに戦えるヤツなんていないだろ。それ以上、強くなってどうする気よ?」
「……ンなことは分からねえ。けど、強くならなきゃなんねえって感情はなくならねえ。どれだけ強くなっても、この気持ちはなくならねえんだ。テメエらも、そうじゃねーのか?」
言われて。
ヒョーマは、何も返せず押し黙った。
強くならなきゃいけない。確かに、その気持ちは今もなくなってはいない。だが、だんだんと薄れていっているのも事実だった。
目覚めた当初は何も思い出せない中で、それが使命であるかのようにただひたすら強さを追い求めた。自分の強さを試すように町中の強者と戦い、その戦いを経てさらに強くなる。
シンとリンも最初は敵だった。彼らとパーティを組んだのも、そのほうがより強い敵と効率良く戦えるようになり、それによって多くの実戦を積めるようになると思ったからだ。実戦は成長の母、シューヤたちはその最高峰の相手だった。
だが、最近はその強くならなければという気持ちが少しずつ薄れてきている。
そもそも、どうしてそんなに強くなろうと躍起になっていたのかさえ、不思議に感じるときもある。
記憶がない中で、己を守るために本能がそうさせたのか。その本能は強くなったことで薄れていったのか。
分からない。分からないが、今、この瞬間も確実にその気持ちが薄くなっていることだけは変えようのない事実だった。
(……なんだ? なんかとてつもなく大事なことのように思えんぞ。なぜ俺は強くなろうとした? なぜその気持ちが今は薄くなってる? そもそも、最初の頃に感じた使命感のような感覚はそれだけだったか? なんか、ほかにもあったような。強くなって、それで……。それから……。ああ、そうだ。この思考の先に……)
その思考のはるか先に。
と、そこまで考えたところで、ヒョーマの思考はプツリと止まった。
自分の意思とは無関係に。
まるでそこから先を考えることが『禁忌』であるかのように。
彼の頭は、突然のもやに覆われたのである。
そこから先はおぼろげだった。
誰とどんな話をし、どんなふうに家に帰ったのかも覚えていない。
ただ店を出る直前、シューヤが渋い顔をして吐き捨てるように言った、どうでもいいセリフだけはなぜだか鮮明に記憶の底に残っていた。
「……しかしびっくりするほどまじぃな、この玉丼」
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