上 下
4 / 50

第3話 クマさんパンツの女

しおりを挟む

 おっぱいマスタートラ。

 おっぱいをこよなく愛する真性のド変態である。

 相手の胸に直接手で触れることで、その人物のバストサイズが分かるという神業を持つ。触れる時間はほんの一瞬、文字どおりの刹那でかまわない。ゆえに、揉みしだくなどの下品な行動を彼は決して取らない。それはおっぱいに対する冒とくであると彼は考えている。

 すれ違いざま、その一瞬があればじゅうぶんなのである。その御業は超絶一等。三割の人間は、己が触られたことにすら気づかない。彼がおっぱいマスターといわれるゆえんである。もっとも、七割の人間には気づかれるので、かなりの頻度で眼鏡を叩き割られているのだが。

 が、そんなことは彼にとっては取るに足りない小さなことだった。なぜなら彼は確信を持ってこう思っているからである。割られた眼鏡など、小金を出せばいくらでも代わりを購入できる。だが、その『瞬間』は確実にプライスレス・・・・・・だと。

 閑話休題。

「ちょっとでも変な動きしたら、その眼鏡叩き割るからねっ!」

 アカリが、強い口調で警告する。が、トラはどこ吹く風だった。

 彼はアカリの警告を鼻で笑い飛ばすと、挑発するように自らの眼鏡のブリッジをククッと上げて、

「ふん、ざれ言を。貴様相手にそんな動きをするものか。それになぜスカートのすそをギュッと押さえて下まで隠す? 小生はパンツになど興味はない。特に貴様の地味な白パンなぞかけらも興味がないわ」

「いえ、違います。アカリさんはおそらく『クマさんパンツの女』です」

「クマさんパンツの女ってなに!? はいたことないわよ、そんなパンツ! てか、クマさんパンツの女はあんたでしょ!?」

「そうでした」

 まったく愛嬌のない『てへぺろ』で、リンがあっさり認める。アカリはすぐに彼女から視線を外して、事の元凶を再び鋭い目つきでにらみつけた。

 そのまま、人差し指を突きつけ、さっきよりもさらに強い口調で警告する。
 
「それ以上近づいたら、ホントに本気で眼鏡叩き割るから!」

「いやだから貴様のクマパンには一ミリも興味はない」

「クマパン言うな! リン見て言え! あたしのパンツは白パンだ!!」

「最後の恥ずかしいカミングアウトは別に必要なかったのでは……?」

「勢いで言っちゃったの!」

 若干と頬を赤らめ、しつこくからんでくるリンにコツンと一発。

 アカリは疲れたように息を落とすと、今度は不意にミサキを見やって、

「ミサキも、なんでこんな奴らとパーティ組んでるのよ。さっさとウチに来なさいよ。変態移っちゃうわよ」

「うーん……でもでも、ミサキはもうずっと前から『チームパイパイ』の一員だし……」

「誰がチームパイパイだ! オレまでそのおかしなカテゴリーに加えるんじゃねえ!」

 それまで黙っていたシューヤが、そこだけは譲れないとばかりに強く否定する。

 と、彼はその勢いのまま、思い出したようにヒョーマへと向き直り、

「ヒョーマ、テメエに言っときたいことがある」

「……なによ? 正々堂々、サシで戦えってか。一応、前回はそのつもりでいたんだぜ。どっかの白パンのせいで、いろいろ台無しになっちまったが」

「白パン言うな!」

 聞こえたらしい。

 相変わらず、耳とか目とか、そんなとこだけは無茶苦茶良い女である。

 ヒョーマは短く嘆息すると、

「ま、そういうわけで、おまえの期待にそえなかったことは悪いと思ってるよ。悪かったな」

「別に悪くはねえ。多対一で挑んできてくれたほうが、こっちとしても修行になるしよ。けど、テメエは・・・・それでいいのか? 毎度、策略立てて挑んでくるのはいいけどよ。たまには最初の頃みてえに単独でこねえと、テメエ自身の修行にならねえんじゃねえのか?」

「……別に俺の修行になろうがならなかろうが、おまえには関係ないだろ」

「関係あんだよ。オレがテメエらと定期的にやり合ってんのは、テメエらが強えーからだ。特にヒョーマ、テメエが強えーからなんだよ。弱えーヤツとやっても修行にはならねえ」

「……修行、ねえ。俺も最初はそのつもりでおまえらとやり合ってたけどさ、もうこの町で俺たちとまともに戦えるヤツなんていないだろ。それ以上、強くなってどうする気よ?」

「……ンなことは分からねえ。けど、強くならなきゃなんねえって感情はなくならねえ。どれだけ強くなっても、この気持ちはなくならねえんだ。テメエらも、そうじゃねーのか?」

 言われて。

 ヒョーマは、何も返せず押し黙った。

 強くならなきゃいけない。確かに、その気持ちは今もなくなってはいない。だが、だんだんと薄れていっているのも事実だった。

 目覚めた当初は何も思い出せない中で、それが使命であるかのようにただひたすら強さを追い求めた。自分の強さを試すように町中の強者と戦い、その戦いを経てさらに強くなる。

 シンとリンも最初は敵だった。彼らとパーティを組んだのも、そのほうがより強い敵と効率良く戦えるようになり、それによって多くの実戦を積めるようになると思ったからだ。実戦は成長の母、シューヤたちはその最高峰の相手だった。

 だが、最近はその強くならなければという気持ちが少しずつ薄れてきている。

 そもそも、どうしてそんなに強くなろうと躍起になっていたのかさえ、不思議に感じるときもある。

 記憶がない中で、己を守るために本能がそうさせたのか。その本能は強くなったことで薄れていったのか。

 分からない。分からないが、今、この瞬間も確実にその気持ちが薄くなっていることだけは変えようのない事実だった。

(……なんだ? なんかとてつもなく大事なことのように思えんぞ。なぜ俺は強くなろうとした? なぜその気持ちが今は薄くなってる? そもそも、最初の頃に感じた使命感のような感覚はそれだけだったか? なんか、ほかにもあったような。強くなって、それで……。それから……。ああ、そうだ。この思考の先に……)



  その思考のはるか先に・・・・・・・・・・



 と、そこまで考えたところで、ヒョーマの思考はプツリと止まった。

 自分の意思とは無関係に。

 まるでそこから先を考えることが『禁忌』であるかのように。

 彼の頭は、突然のもやに覆われたのである。

 そこから先はおぼろげだった。

 誰とどんな話をし、どんなふうに家に帰ったのかも覚えていない。

 ただ店を出る直前、シューヤが渋い顔をして吐き捨てるように言った、どうでもいいセリフだけはなぜだか鮮明に記憶の底に残っていた。

「……しかしびっくりするほどまじぃな、この玉丼」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~

白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」 マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。 そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。 だが、この世には例外というものがある。 ストロング家の次女であるアールマティだ。 実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。 そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】 戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。 「仰せのままに」 父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。 「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」 脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。 アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃 ストロング領は大飢饉となっていた。 農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。 主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。 短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。

14歳までレベル1..なので1ルークなんて言われていました。だけど何でかスキルが自由に得られるので製作系スキルで楽して暮らしたいと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕はルーク 普通の人は15歳までに3~5レベルになるはずなのに僕は14歳で1のまま、なので村の同い年のジグとザグにはいじめられてました。 だけど15歳の恩恵の儀で自分のスキルカードを得て人生が一転していきました。 洗濯しか取り柄のなかった僕が何とか楽して暮らしていきます。 ------ この子のおかげで作家デビューできました ありがとうルーク、いつか日の目を見れればいいのですが

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

出来損ない皇子に転生~前世と今世の大切な人達のために最強を目指す~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
ある日、従姉妹の結衣と買い物に出かけた俺は、暴走した車から結衣を庇い、死んでしまう。 そして気がつくと、赤ん坊になっていた。 どうやら、異世界転生というやつをしたらしい。 特に説明もなく、戸惑いはしたが平穏に生きようと思う。 ところが、色々なことが発覚する。 え?俺は皇子なの?しかも、出来損ない扱い?そのせいで、母上が不当な扱いを受けている? 聖痕?女神?邪神?異世界召喚? ……よくわからないが、一つだけ言えることがある。 俺は決めた……大切な人達のために、最強を目指すと! これは出来損ないと言われた皇子が、大切な人達の為に努力をして強くなり、信頼できる仲間を作り、いずれ世界の真実に立ち向かう物語である。 主人公は、いずれ自分が転生した意味を知る……。 ただ今、ファンタジー大賞に参加しております。 応援して頂けると嬉しいです。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!

しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。 けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。 そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。 そして王家主催の夜会で事は起こった。 第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。 そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。 しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。 全12話 ご都合主義のゆるゆる設定です。 言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。 登場人物へのざまぁはほぼ無いです。 魔法、スキルの内容については独自設定になっています。 誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

処理中です...