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第1章 帝都レベランシア編

第26話 誰がこの世界の神か分からせます(前編)

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 神歴1012年、2月18日――帝都レベランシア、旧大聖堂。

 真っ先に視界に飛び込んだのは、聖堂内に無数に散らばる物言わぬ肉塊の数々。

 そうして、次にルナの視界に映りこんだのは――。

「……え?」

 彼女は三秒、茫然自失に固まった。

 それはあまりに唐突で、まるで予期せぬ出し抜けの『再会』だった。

「あら? 意外なところで再会したわね」

 そう言って。

 その『女』が、ゆるりとこちらを振り向く。

 

 彼女は腰まで伸びた、その漆黒の長髪をサラリと指で流して、

「まあ、実はだいぶ前から気づいて――」

「チレネ・アーデンブレイドーーーッ!!」

 ルナは、みなまで言わせなかった。

 わずか三秒で茫然自失の状態から抜け出した彼女は、それと同時、爆裂の勢いで初動を刻んだ。

 目の前の『仇敵』目指して、遮二無二に突っ込む。自身の間合いに入るや否や、ルナは光速で握ったダブルを横なぎに振るった。

 シュバ!

 黒刀ゲルマの刀身が、眼前の女の前髪を数本さらう。彼女は驚いた顔で、ルナのほうに注意を向けた。

「な、なにあなた!? 突然、なんなの!? 意味分かん――」

 ブン!

 もう一度、みなまで言わせず、今度は打ち下ろしの一閃。

 女はバックステップでそれをかわしたが、ルナの連撃は止まらなかった。

 怒りに頭を支配されながらも、戦闘においての冷静さは失わない。ルナは相手のかわしづらい箇所を、かわしづらいタイミングでひたすらに狙い続けた。

「ちょ、マジでなんなの!? このコ、滅茶苦茶振り鋭いじゃない!? ホントに人間なの!?」

 ルナはわずかに眉根を寄せた。

 まだ、こんな軽口を叩ける余裕があるのか。

 これだけの猛攻を受けながら、まだ口をひらける余裕がある。

 それは彼女にとって腹ただしくもあり、同時に、だがこのままでは崩しきれないという事実を教えてくれる啓示でもあった。

 ルナは瞬時に戦法を変えた。

 リスク承知で、型を崩す。

 相手のリズムを破壊することのみを狙った、突きの一閃。その後に若干の隙が生じることは百も承知だったが、ルナはこの一連に全てを賭けたのだ。

 その彼女の執念が、スリーセブンを引き寄せる。

「――――っ!?」

 一瞬の、よろめき。

 想定外だったろう一撃に、目の前の女の体勢がわずかに崩れる。

 ルナは、千載一遇のその好機を見逃さなかった。

 よろめいた相手の軸足を蹴り上げ、女の身体を床に落とす。体勢を崩したことと、ダブルにばかり目を向けていたことで、女は不意の蹴撃に対する対応をワンテンポ遅らせたのだ。だが、そのワンテンポが命取りとなる。

 ルナは倒れる女を憤怒のまなこで見下ろし、

「お父さんとお母さんのかたき……ッ! くたばれッ、チレネ・アーデンブレイド!!」

「いや、くたばるのはおまえのほうだよ。ルーナリア・ゼイン」

 ズンっ!

(……え?)

 突然と、首すじに鈍い痛みが走る。

 次の瞬間、全身の力が嘘みたいに抜けていくのをルナは知覚した。

「遅いわよ! なんでもっと早く手を貸さないのよ! 危うく殺されるとこだったじゃない!」

「ああ、悪い。ルナの動きがあまりに見事だったんで、ちょっと見入っちまったよ。さすがはブレナ自警団の切り込み隊長。ブレナより強いんじゃない?」

 ひざから崩れ落ち、冷たい床にうつぶせになって倒れたルナは――。

 朦朧とする頭で、信じられない、信じたくない真実を聞いた。

十二眷属を相手に、この戦いっぷりは立派だったよ」

 笑うトレドが、悪魔の牙をのぞかせる。


      ◇ ◆ ◇


「ぁ……ぐっ」

 ルナは腹部を抑えながら、身体を芋虫のように丸めていた。

 あれから、何分経つだろう。

 五分か、六分。あるいはもっと経つかもしれない。

 その間、ルナはただひたすらチレネのサンドバックにされていた。

 顔、胸、足、腕、腹――蹴られていない箇所を探すほうが難しい。

 中でも、腹への攻撃が一番しんどかった。

「なによ、その目? よく見ると、あんたムカつく顔してるわね。ムカつくくらい可愛い顔してるじゃない。それに何? その胸。ガキのくせに、ナマイキなサイズしやがって。貧乳のわたしに喧嘩売ってんの!?」

「……言いがかりもいいとこだな。相変わらず、性格悪い女」

「あぁ? あんたが『こんなの』連れてきたせいで、ムカついてんでしょーが! だいたい、あんたの『やり方』は前から気に入らなかったのよ! わざわざ正体隠して――何がおもしろいの、それ! 効率悪いだけじゃない!」

「おもしろいからやってんだよ。ただ殺してまわるだけってのも、いいかげん飽きたからな。欲求に従って同じことを繰り返してるだけのおまえらとは、俺は違うのさ。言うなれば、進化した十二眷属だ」

「はぁ? 馬鹿みたい。何が進化よ。進化してる奴は、馬鹿正直に本名なんて名乗らない」

「いや名前なんて知られてないと思ってさ。どうせ最後には関わった奴ら全員殺すつもりだったし、別にいいかなって。でも、お前の名前は直前で偽名に変えたんだぜ。グレネって。一瞬、本名言いそうになっちゃったけど」

「八割がた本名言ってるじゃない! チとグを変えただけって、ナメてんの!?」

「いやナメてないって。んなことより、勢い余って殺しちまうなよ? ルナは俺がやるんだからな。ルナとアリスとブレナは俺がやる。その瞬間の快楽を味わうために、俺は『このやり方』を選んだんだ。おまえには分からないだろうが、コイツは筆舌に尽くしがたい極上の快楽だぜ?」

「……わたしにも、分かり……ません」

 ルナはそこで、振りしぼるように口をはさんだ。

 トレドとチレネ、二人の視線が一斉にこちらを向く。

 彼女は、苦痛にゆがめた顔をトレドに向けて、

「こん、な……の、ひどい。ひど……い、です」
 
「ひどい? ひどいって、何が?」

 トレドが、真顔で言う。本当に分からない、といった表情だった。

「……わたしも、アリスさん……も、トレドさんのこと……本当の、仲間……だと思って……」

「いやいやいや、嘘だろ? テキトーな理由つけてたとはいえ、あんだけヒト殺しまくってたら普通おかしいと思うだろ? 黒髪黒目だし――十二眷属とは思わなくても、まともな人間じゃないことくらい分かれよ。少なくても、ブレナは俺のことクズだと分かってたぜ。分かってて、利用してた」

「…………」

「純粋なんじゃないの? まだ子供だし。もう一人は知らないけど、このコは純粋そうな馬鹿な目してる。わたしを見る目は、なんかずっとおっかないけど」

「そりゃそうだろ。おまえに両親殺されてんだから」

「えっ、そーなの? 両親殺されてんのに、なんであんた殺されてないの?」

「やりのがしたんだよ。おまえ抜けてるとこあるからな。だからノエルに俺と組ま――」

「……分かりました。もう、いいです……。殺して、ください……」

 もう、どうでもいい。

 自分は、馬鹿だったのだ。

 馬鹿で、甘くて、幼稚だった。だから、こうして床に伏している。父と母の仇を目の前にしながら、何もできずにこうしてみじめに這いつくばっている。

 ルナは、静かに両目を閉じた。閉じる前に落ちた一滴の涙が、眉間を伝って左頬を流れる。それは、あきらめの涙だった。

 もうどうすることもできないし、どうでもいい。

 早く、楽になりたい……。

 だが。

 彼女の、その軟弱な覚悟を叱責するかのように、その声は響いた。

 強く、奮い立たせるような語調で。

 大きく、聖堂内全域に響き渡るような声量で。

「目を開けろ、ルナッ! 目を開けて、俺がそいつらぶち殺すところをしっかりとその目に焼きつけろ!!」

 ブレナ・ブレイクは、いつだって最高のタイミングで現れる。

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