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第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」

第三十三話 「敗北:フェーズ1 『雨に泣く者』」

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【17:35】

こいつが、敵か!
先手必勝、ぶち込んで……!

「おい。いいのか? 雨に降られて。何らかの能力だと理解したんじゃないのか?」

そこで俺は、動きを止めた。何が打って出てくるのか? それともそうではなく、ただのブラフなのか?
そんな迷いが災いし、俺は頭を上へと向けてしまう。そんな事をする必要は、何一つ無いのに。
それに気付いたことも、或いは災いなのかもしれない。俺は最大出力、熱運動まで見通せるレベルの運動感知センサーを、目視と同時に発動してしまった。
どちらかにするべきだったのだろう。そうすれば、こうまではならなかったかもしれない。

「しまった、また迷っ……! ぐぉああっ!」

攻撃だ。奴の言葉はブラフではない、本当に撃ってきている。
至近弾だが、目に何か固いものが落ちて来た。
ほとんど反射で目を閉じると、周囲の状況が感知によってリアルタイムで脳に伝わる。そのせいで、また最悪の事態に陥った。攻撃を防ごうとするあまり、感知を敏感にしすぎたんだ。
大量の粒が、感知範囲に次々と入ってくる。当たり前だが、脳の処理など到底追いつけるような段階ではなかった。
情報の過剰摂取オーバーロードにより、精神が蝕まれていく。
ちくしょう、『思慮深い行動をしろ』なんてのたまった奴の戦いじゃないぞ、これは!
クソ、精神異常がやばい。ダメージなんてないはずの攻撃で自爆してどうする!
とりあえず、センサーは感度を下げた。だが、瞼越しであっても複数発の雹が目に直撃しているんだ。ダメージはあるだろう。というか、ある。
目が回復するまで、あと数分はかかる。その間はセンサーで視覚情報の全てを賄うしかなさそうだな。

「おっと、やはり上を見たな。上から攻撃されると考えて上を見たんだろう?
雹というのは、この地域ではなかなか馴染みのないものだ。それ故に、最大級の効果がある。初見の攻撃に対して対応できる者は、そう多くはあるまいて。」

くそったれ、その通りだ。雹というものを知識としては知っているが、そんなもの体験した事がない。
今を生きる若者には、初見殺しとしての特効とも呼べる攻撃だろう。

「……目にダメージがいっているか。まあまあな数の雹が直撃したな?
少しばかり運が悪かったな、お前。まあ余裕そうだし、少し遊んでやるとするか。」

畜生め、こちらを舐め腐っているのか? ……まあいい、こちらとしても時間は欲しい。乗ってやろうじゃないか、その安い挑発に。
こっちが見えていないと思っているだろうが、そっちの動きはセンサーで分かっているんだぞ。
俺はそれがバレないように、ちゃんとTを使わないようにしているんだからな。
それに、所詮は雹だ。さっきのように目への直撃がなければ、受け止めたってなんら問題はない。

「俺の能力は、“降るものを操作する”というもんだ。しかしなぁ、使い勝手がかなり悪いんだよこれが。
雨の日にしか使えない、というのもそうだが……お前、朝の天気予報は見ているか? チャンネルは?」
「はぁ?ああ、俺は……」
「待て! 『四』以外の数字を発すれば、俺は即座にお前を殺す! よく考えて発言するんだな!」

……何だこいつ。妙にキレてるが、何なんだよ。とにかく今は、言う事を聞いておこうか。そちらの方が時間稼ぎにはよさそうだからな。

「はいはい、四ですよ四。それ以外見てません。」
「よろしい、それが正解の選択だ。
六時二十分……だ。俺はそこから、一日で始めて動き出す。
四を見ているということは、『Cherry News』も当然知っているだろうな!」
「あ、ああ勿論。なんたって四だもんな。」

くそ、こいつがどんな表情なのかわからんというのは嫌な事だ。顔の細かい動きまで検知できるようなモードではなく、もっとアバウトなやつだからな。

「気象予報士の、夢野さん……彼女は、美しいよな。そう思うだろ?いや、そうでなけりゃおかしい。」
「ああ、そうだな。美人な予報士さんだ。日本一かもな?」
「“かも”ではない。確定している事象には“だ・である調”を用いるのが適切だ。
現代文の授業は真面目に受けているのか? いや、そうでなくともこの機に日本語を覚え直すがいい。」

何だ……こいつ、おかしいのか? 殺し合いの中で狂ったか? それとも、狂ったフリをしているだけか? あるいは、真正のファンなのか?

「ええい、黙れ今はそんな文法的な話はしていないんだ。とにかく! 彼女はこの世界で一番美しいのだ!」

おいおい、ハードル上げていくなぁ。いつのまにやら一介の気象予報士が、世界に羽ばたこうとしているぞ?意味が分からん。

「俺は、彼女の予報を変える訳にはいかない……だから、今日のような日にしか使えんのだ。一度彼女が雨予報を出した、今日のような時にしかな。」
「……変わった奴だな、あんた。」

クソッ、盲信的だ。だがその妄信のおかげで、時間が稼げたぞ。
今の時間で目がある程度回復した。目を開いたらいったんセンサーを解除して、こいつに一撃ぶち込んでやる!

「ああ、目は回復したかな?今のおしゃべりで。」
「……っ!」

やはりバレていたか。だが、それでどうなる? どちらにせよ俺にデメリットなどない。いや、こいつも時間稼ぎを狙っていたのか? いったい、何のために……

「非戦闘員狙いか、クソっ!」
「正解だ。そして、もう見えた。」

俺を苦しめるその言葉を返す前に、逃げるように駆け出す。
正直、あっちを狙われると終わりだ。あの二人には自衛の手段が存在しない。しかし奴があっちを狙ってくるという事は、攻撃手段を持っているのだろう。
雹なのか、あるいは雷が落ちるかもしれない。どちらにせよ、危険だ。すぐに援護する必要がある。

「そう動くことを読んでいたよ。」

後ろでそう聞こえたかと思うと、突然目の前に雨が降る。そしてそれは弱まったかと思うとみぞれになり、雪が降り、そして雹になる。
迂回を試みるが、その雹はなぜか追ってくるように降る範囲を変えた。そして降ってくる数は少しずつ減少し、代わりに一発一発が大きくなってきた。みるみるうちに、もう握り拳ほどの大きさになっている。

「何っ、誘導を……⁉」

大きさだけ見ればたかが握り拳だが、だからといって侮れはしない。落ちてきた雹の運動量は、振り下ろされた拳のそれとはまるで比較にならない。
例えるならそれは、セスナ機とジェット戦闘機を比べるようなものだ。『同じくらいの大きさだから』といって、比べる奴はいないだろう。それと同じだ。
それこそ航空機並みの高度から落下してくるんだから、人間風情が出せるちゃちいパンチなんかの威力とは比べ物にならない。
とにかく、走る。レーダーで探しながら、攻撃から逃げながら。
こうして見てみると、通行人が居なさすぎる。この時間帯に誰も居ないなんておかしいと、前もって気づくべきだった。人払いをしたのか、或いは殺し尽くしたのか、ここには誰も居ない!
今こそ避け、防げてはいるものの……精神がやられたら、もう無理だ。いつか食らって死ぬだろう。
あの二人を見つけたら、俺も反撃に転じる。あいつがわざわざ攻撃を通告したのは、人質として扱うためだ。なら生きている、どこかで必ず。

「探知範囲拡大……いた!捕捉したぞ、生きている!思った通り、攻撃も受けていないらしいな!」

角を曲がり、走り抜け、ついに俺は二人のところへたどり着く。

「お前ら、無事で……
「だめ、下がりなさい!桐島さんは私が……!」

知っているよ。お前らが囮で、何か仕込まれてるってことくらいは。
ああ、畜生め。その一言さえなければ、俺は止まれたのにな。
表情だけ見せてくれればよかった。やばいという事の確認さえできれば、やりようはあった。
だが、その表情に加えてそんな事まで言われたら。

「行かないわけないだろう、お人好しの俺が……!」

センサーに大きな反応。俺は対空防御中、尚且つ突然だったせいかな。反応が一手ほど、遅れた。
ああ、こりゃ……終わったな。
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