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第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」

第二十三話 「絶対無理!」

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【12:45】

絶対この人が進めた話なんだろうが、だからこそ聞くしかないというのはどうにも嫌気が差してならない。
ほんと、面倒くさい事になったものだな。

「今から説明するから、二人とも落ち着いてくれよ。」
「落ち着けるのならとうの昔に落ち着いてますよ。
……まあ、説明は聞かせて頂きますが。」
「そうね。私も、説明は聞かせてもらいます。
彼と口喧嘩をしているのは時間の無駄ですからね。」

おっと。こいつは、俺に喧嘩でも売っているのか? 
さらに怒りが湧いてきたが、もうこれ以上火種を量産する事は無駄だろう。それは、俺も理解しているつもりだ。例えこの女が、クソッタレの嫌味言いであったとしてもだ。
だが、だからと言って無抵抗でいるつもりはない。無言の圧力をかけるべく、俺は握り拳を手のひらで押す。
そうすると指の付け根が押し込まれ、パキパキと音が鳴った。いわゆる、ヤンキーが戦闘前に指を鳴らすあれだ。原理は確か、関節の気泡が弾ける音だったろうか?
まあそれはとにかく、俺は無言の圧力をかける。そして桐島も、俺を睨みつけて来る。
そうしてお互いに戦闘体勢に入った所で、しかしまたも茶々が入れられた。もちろん、それは相川さんによってだ。

「君たちって、僕が思ってる三倍くらいは仲良い感じだったりする?」

なんて事だ、俺たち二人のどちらもが言われたくない台詞ナンバーワンをこんなに易々と! この人、ムードクラッシャーの才能があるんじゃないか?
いやまあ、ムードクラッシャーなんて存在しないはずなんだがな。しかし、その概念を新たに作り出せるくらいのポテンシャルはあるぞ……この人。

「そんなわけないでしょう!」
「ある訳ないわよ、そんな事!」

抵抗のため口を開くが、奇しくも出てきたのは同じ言葉。これでは回り道をしただけ、少なくとも受け取る側としては実質的な同意に他ならない。

「最悪だ……! お前、同時に同じ事言ってどうすんだよ!」
「何よ、あんたが被せてきたんでしょ⁉︎ 変な事言わないでよ!」
「俺のほうがコンマ数秒早かっただろうがよ、
ええ!」
「そんな細かい事気にして、情けないとか思わないの⁉︎どうせ結果は同じくせに!」

ああクソ、これの繰り返しだ! 一時間は続くぞ、この感じ! いい加減この言い争い止めて、色々聞きたい事だってあるのに!

「おいおい、せっかく落ち着いたのにヒートアップしてるんじゃ……」

相川ぁ……! アホ! このアホ! 本当に見損なったぞ! 昨日のあんたは少しは優秀だったのに、なんでこういう状況で最悪手しか打たないんだよ、あんた!

「あんたが元凶だろうが!」
「あんたが元凶でしょうが!」

当然、我々二人は反射でツッコミを入れる。それが良い結果を招かないと気づいて行動を止めようとする前に、だ。

「君たち、この流れもうやめない? 仲が良いのは分かったからさ。
こっちだって色々と説明もしたいんだよ、落ち着いて?」

何だこいつ、本当に何だ。誰のせいだと思ってるんだよ、この状況が。
相手の顔面に鉄拳を入れたくなるほどの苛つきを、何とかして理性で押さえ込む。
俺だってこの状況の説明をして欲しいのは同じなんだ。この人がいつものように全然関係ない所へ話を広げているだけで、俺だってやりたくてやってる訳じゃない。

「だったらとっとと始めてくれません……? いや、本当に。」
「はいはい、わかったわかった。要は話しゃいいんだろ、話しゃ。」

何でちょっと面倒臭そうなんだよこいつ。誰なんだよ、最初に“落ち着いて”なんて宣ったのは。
「まあ、簡単な話さ。
最初は、幸樹くんだけの新居をプレゼントする予定だったんだよ。前の家は襲撃されるだろうから、住処は変えるべきだと思ってね。
だが、桐島君。我々は本来の作戦に関与していなかった、イレギュラー的存在である君を保護しなければならない。当然、用意などすぐにはできない。
だからこの手段が最適なんだ。元はセーフハウス兼幸樹くんの自宅にする予定だったものだし、一人くらい増えたって何ともならないだろう?」

何が一人くらい、だ。くらいじゃないだろ、人間一人は。だいぶだぞ、だいぶ。誰が家事をやるんだ? というかそもそも、こいつにマトモな生活ができるのか?
俺はこいつの、普段の姿を知らない。学校以外では見た事もないんだ。当然、家での生活も知らない。
大丈夫なのかクソッタレ、という思いを抱えながら何とか受け答えを続ける。

「ええ、問題ありませんね。高校二年生の精神的影響を考慮しないのならば。」
「大丈夫だよ、君たち仲良いんだから。」

……オブラートに包んだとはいえ、“死んでも断る”という意味合いで言ったんだが。この人は直接意見を言わないとダメなのか?
だいたい、さっきまでの流れをどう解釈すれば仲が良いという結論に至るんだ。頭がおかしいのか?
こうなったらもうダメだ、この人は。多分もう、抵抗するのは無理だ。さっき程ではないが、軽く絶望してみる。すると、訳のわからない事が起こったのだ。
……なんと、なんか行けるような気がしてきた。いや、別に彼の意見に賛成とかいう訳ではない。ないが、行けるんじゃないかと思ってしまって止まらない。

「あー……もういいです。貴方がそういう人間って事は、すでに理解していますから。」
「え、ちょ、幸樹はそれでいい訳⁉︎」
「なら他に何か、俺たちにできる事があるのか?
どうせ何を言ったって変わらねえ、俺たちにできる事なんて受け入れる事ぐらいなもんだ。
俺はもう慣れた。この三ヶ月、いや四ヶ月だったか?とにかくそのくらいの間で俺は……
このクソッタレの状況を受け入れた。俺はいつだってそうだったんだ。
それで? お前はどうする?」
「あんたもう感覚が麻痺してきてない?」

ああそうさ。おれは感覚が麻痺している、ごもっともな発言だ。だが俺に、慣れる以外の道があったか?
ないんだよ。ないからこんな事言ってんだ、理解しやがれ。

「……さて。中学校の社会で習ったと思うが、一応復習だ。
幸樹くん、日本で採られている間接民主制ってあるだろう? あれの特徴、一つ言ってみたまえよ。」

間接民主制の特徴か。ここでその話をするという事は、今の状況に関連したもの。もう、一つしか思い浮かばないな。

「多数決の原理、でしたっけ?一番の特徴は、それでしたね。」

俺がそう答えると、相川さんがこっちを向いてニヤリと笑う。
悪い顔だ、裏稼業の人間にぴったりの表情だな。折角だから、楽しんでやろう。そうでもなきゃやっていられない。

「そうとも、多数決の原理だ。僕、そして幸樹くんも事実上OKサインを出している。
そして……君の両親も、その一人なんだよ。」
「な、なんですって⁉︎」

桐島は、その言葉に露骨に驚く。親が男との同居を認めたとなれば、思春期女子は気が気でないというのは理解するがね。
とはいえ、俺も初耳だ。動くのが早すぎないか?

「すでに僕の部下が、親御さんと話を付けてきていたよ。いや、これ裏話なんだけどね? 今日も本来は幸樹くんだけ呼ぶ話だったんだよ、絶対こんな短期間じゃ話つけられないと思ったから。
でも幸樹くんの話を出したら、親御さんすぐにオッケーしてくれたらしいんだよ。それが何でかって、向こうの家族は知ってたらしいんだけどね?桐島君って、幸樹くんの事が……」
「ふぁっ、わぁああああっ!わかりました!この男と同居させていただきます!これからよろしくお願いします!」

……ベタな展開だ。俺が彼女の本心に気づいてさえいなければ、の話だがな。
意外と、因果というのは廻るものなのだろうか。後悔していたはずの過去が、こんな場所にまで帰って来るなんて思いもしなかった。

「いいね、その意気だ。君の許可をもらっているという嘘もついたが、たった今真実に切り替わった形になるな。」
「あの、今後はあまり抵抗しませんので、その話は何卒……」
「わかってる。面白くはあるけど、君のプライバシーも尊重されるべきだとは思うからね。それに、貴重な交渉材料を捨てるような真似はしない。」

絶対、本来の理由って後者なんだろうな……。
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