上 下
19 / 38
第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」

第十九話 「貫く暗闇」

しおりを挟む
【19:30】

……その行動の結果を、見るまでは。
さっき俺がナイフで攻撃した時は、無意味だったはずなのに。

「新入り……!?」

弾丸が通った部分、人間の部位で言うと左の大腿辺りだろうか。
そこには、ぽっかりと穴が空いていた。まるで、俺がアスファルトでできた三枚の壁を撃ち抜いた時のように。
……こいつ、なんで物理攻撃で穴を開けられているんだ?  さっきまで物理が効かない敵だった筈だろうに。
ただでさえ、この事態は意味がわからない。全くもって、理解が追いつかない。
だが、奇妙な事態はもう一つ追加される事になる。奴が、かなり驚いたような所作を取ったのだ。貫かれた部位を見るような動きをして、上半身を後ろに下げたのだ。
そもそも、奴に視界があるのか?  あるとして、本体と共有しているのか?
どちらにせよ、人間くさい動きだった。輪郭の動かし方だけで、読み取れるほど感情に溢れていた。今の今まで、感情表現の一つもしなかったくせに。
一瞬で発生した疑念の数々をかき消すように、少佐が声を上げる。

「撃て、撃てっ!」

少佐がそう掛け声を出すのと、大尉が民間人を下げるのが同時くらいだ。そして少佐が発砲し、続いて大尉も発砲する。見事な連携と言うべきなのだろうが、効果をなしてはいなかった。むしろ、分からないことが増えるばかり。
大尉と少佐の銃撃は、奴には効果を及ぼさない。俺の撃った自動拳銃よりも遥かに威力が高い、ライフル弾を叩き込んだのにだ。ますます分からない。こいつの弱点は何なんだ?

「ダメだ、効かない!  どうなってるんだよ、こいつは!」
「俺じゃ倒せない、とにかく民間人を下げます!」
「ああ、頼む!
おい新入り、ボサっとしてないで撃て!」
「っ!了解!」

声をかけられたことで思考を現実の方へ引き戻され、言われるがままに発砲する。今度は、穴から少しずれた位置だ。
そうして俺の銃から放たれた弾丸は、やはり影を貫いて穴を開ける。今度はさっきの穴の左右に一つずつ穴を開けてみる。
すると今度もまた貫通し、合計三発分の穴が空く。
誤解しないよう言っておくが、穴というのは弾丸でできるような小さな穴ではない。アニメや漫画でよく表現されるような、少しデカめの穴だ。
三発撃ち込むだけで大腿部がほぼ消えてしまうくらい、と言うと分かりやすいか。
そして、そこを起点に影がバランスを崩して転倒する。
何故影がバランスを崩すのか、何故わざわざ転倒する動きをするのか、それはまだ謎だ。しかし、それは一旦置いておく。その謎は置いておき、今起こっている事象に集中しよう。
バランスを崩す過程で、弾丸を撃ち込んだ部位がついに千切れたのだ。すると当然、大腿から上と下で分離する。これは、至極当然……ではないが、バランスを崩して転倒する位だからな。まあ納得はできるといえる。
そして、問題はここから。あの影で千切れた左足太腿から下の部分が、消え去ったのだ。それはまるで、朝日によって暗闇が晴れていくように。

「やったか……?」
「いえ、足を破壊しただけです。致命傷じゃない、放っておけば攻撃されますよ。」
「クソッ、大尉!  何してるんだ、とっとと民間人を下げないか!  この状況じゃ、遮蔽物にもならないぞ!」

焦りながらも、彼は指示を出す。どうせ大尉がいても攻撃できない以上、これは最適解だろう。
しかし、彼が指示のため後ろを向いたその瞬間。運の悪い事に、黒い影が起き上がった。
見ると、手を振り上げている。それが意味する事を理解できたのは、やはり俺しかいない。
左腕で彼を掴もうと、あわよくば逃がそうとして、気づいた。今自分が置かれている状態に。
掴むための左腕など、どこにある?右でやろうにも一瞬動作が遅れるし、誰も奴に反撃できない状況になってしまう。
かと言って、言葉で伝えても同じ事だ。反応のディレイは、どうしても避けられない。
俺がその場で取れる行動は、たった一つだった。

「でぇああっ!」

俺の体重、約57キロ。腕が無くなった分重量は減っているだろうが、人の一人を動かすだけなら十二分の重さだ。それに、二ヶ月間の訓練でついた筋肉は伊達ではない。
やはりというべきか、俺の目論見通りに事は進む。少佐を退かし、攻撃から救い出した。もちろん、奴には銃を向けながら。
狙うのは、腕を振り上げられた事で露出した肩。所謂、意趣返しというやつだ。己の勝利を確信しつつ人差し指を曲げると、発砲による爆音と共に黒い影に穴が開けられる。そのまま連続して発砲し続けると、腕との接続が曖昧になっていく。
そこからはそう待つ事なく、腕と体が泣き別れになっていく。嫌な事に、こいつはまたも人間的な苦しみ方をしていた。だが、二度目ともなれば感じる事も減るだろう。
そしてそれとほぼ同時、相川さんが驚いた様子で上げた叫び声を俺たちは聞いた。
さっき彼が制圧に行った、右の部屋からだ。
どうせロクに動けない影野郎を尻目に、彼の方に視線をやる。
そこに映っていたのは……血の海となり、男が倒れているベビーベッド。そして、その横で驚いている相川さんの姿だった。
さっきまではいなかった男に恐怖しつつも、敵の出どころを探るべく周囲を見回す。

「幸樹君、上だ。こいつは上から落ちてきたんだ。」

そう言われて上を見てみると、天井の中央部分に四角の穴が空いている。丁度、人間一人位ならば通れそうな大きさだ。

「なるほど……という事は、ここに?」
「ああ、あるだろうね。僕たちの目標物が。」

前川さんがそう言った時、俺は見ていた。
ベビーベッドの上の男が、ゆっくりながらも起き上がる所を。そしてその男には、片腕と左足が無いという事に俺は気づく。そしてそれは、人為的なもの。傷口は新しく、血が床に滴り落ちている所が見えた。
“こいつはヤバい”と直感で理解し、二歩ほど後退。それを察してか、前川さんも下がってきた。
こいつは、後ろにいる影の本体だ。その証拠に、こいつの後ろには影がない。まるで写真の中から出てきたようで、不気味だな。

「おいお前、もう動くな! どうせ残ってる奴はお前一人なんだ、勝ち目などない! 投降しろ!」

少佐もやってきて、男に銃を突きつける。

「おのれぇ……おのれぇ……!
小僧、お前、ものを動かす能力だったな……能力で光を収束させて、影に当てたか……!」

こいつ自身は、俺の攻撃の謎を解いたと思っている事だろう。しかし実際、俺にも『え、そうなの?』としか言いようがない。
とはいえ、論理としては割と間違っていないのかもしれない。俺は無意識にこいつへの攻撃方法を実行していた……としか、考えられないな。つまり、そういう事なんだろう。

「そうだ。お前の能力では、決して俺には勝てない。諦める事だな。」
「諦める、だと……?  小僧が、舐めるなよ!」

死にたいのかは知らないが、残っていた右腕で服の内側からナイフを取り出す。その行動を見て、俺含む全員が銃を向けた。

「おい、本当に撃つぞ!  やめろ!」
「やかましい! 研究所から逃げ出した、Sタイプの失敗さ……」

言い切る前に、銃声が響く。当然ながら男は倒れ、もう声を発する事はなくなった。

「中佐、何故撃った!? 何か喋っていたし、こいつから情報を抜き取れるかもしれないんだぞ!」
「それは今の我々の任務ではない。」

少佐が問い詰めても、返ってきたのは、たった一言だった。普段なら何とも思わないのだろうが、今の彼の言葉には……何と言えば良いだろうか。凄味、という言葉が一番近いだろうか?
とにかく、凄味があった。
前川さんが何故、ここまで男が何か喋ることを嫌ったのか。そして男が死ぬ直前、俺に言った“Sタイプの失敗”という言葉の続き。
結局俺は、自分の事さえよく分かっていない。親の事や能力も、そして自分が何に関わっているのかさえも。
知らない事が、多すぎるな……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お仕事? お仕事!!

神無ノア
ライト文芸
色んな仕事をちまちまと

昇れ! 非常階段 シュトルム・ウント・ドランク

皇海宮乃
ライト文芸
三角大学学生寮、男子寮である一刻寮と女子寮である千錦寮。 千錦寮一年、卯野志信は学生生活にも慣れ、充実した日々を送っていた。 年末を控えたある日の昼食時、寮食堂にずらりと貼りだされたのは一刻寮生の名前で……?

ワニと泳ぐ

エコ
ライト文芸
夏と共に、高校内には噂がやってきた。 それは、ありきたりな学校の七不思議。 そんなこと気にしないはずだった”私”はなぜか、 遠巻きに見ているだけだった、クラス人気No.1の”倉橋”と共に噂を追いかけることになる。 どうしてこうなった。嘆きながらもついて行けば、倉橋には別の悩みがあるようだった。 誰にも言えなかった、あいまいな記憶。 それを確かめる術はあるだろうか。 短くも、記憶に残る夏がはじまった。

蒼穹(そうきゅう)の約束

星 陽月
ライト文芸
 会社の上司と不倫をつづける紀子は、田嶋正吉という太平洋戦争に従軍した経験を持つ老人と公園で出会う。  その正吉とベンチで会話を交わす紀子。  そして、その正吉とまた公園で会うことを約束をして別れた。  だが、別れてすぐに、正吉は胸を抑えて倒れてしまった。  紀子も同乗した救急車の中で息をひきとってしまった正吉。  その正吉は、何故か紀子に憑依してしまったのだった。  正吉が紀子に憑依した理由とはいったい何なのか。  遠き日の約束とは……。  紀子のことが好きな谷口と、オカマのカオルを巻き込んで巻き起こるハートフル・ヒューマン・ドラマ!  

婚約破棄〜さようなら、あなたのしあわせな未来【完結】

春の小径
恋愛
死に瀕したこの世界は禁忌の技術に手を出しました。 おかげで滅びは回避できましたが…… 愚か者が増えました。 全6話完結

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...