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第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」
第十五話 「移動開始」
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【18:43】
あの後俺は、相川さんに連れられるままに武器保管庫に行って銃をもらった。そしてその足で戦闘準備室とでも呼ぶべき部屋に行って、防弾装備や備品なんかを受領した。
それが終わって、仮眠を取りに来たんだが……起きてしまった。
ちなみに仮眠を取りに来たといっても、自室なんかがある訳ではない。最初にここへ来た時に寝る事になった、コンクリートの地面だ。何故か知らないが、硬い地面で寝るのは癖になる。
とはいえ、あくまで仮眠。別に本格的に睡眠に入るような時間でもないので、ほんの十分前くらいには俺の脳は起きてしまっていた。
どうしようもない暇な時間を、無感情のままに終わらせようとした時だった。
「新入り! ここにいたか!」
さっき作戦指揮所にいた、俺に声をかけてきた特殊部隊の男が俺を呼んできた。
「何です? そんなに慌てて、何を……」
「何をじゃない、緊急出動だ! 戦闘準備を完了させて作戦指揮所まで集合、急げ!」
さっきとは違い、その言葉には有無を言わせない迫力があった。思わず、声を出す。
「は、はい!」
すぐにさっきの戦闘準備室に戻って防弾チョッキ、ヘルメット、ナイトビジョンなんかの備品を必要分持つ。この辺は、二ヶ月の訓練で鍛えられたな。
そして渡された銃を持ち、作戦指揮所に向かって走り出した。
【18:48】
指揮所には、数時間前に説明された作戦参加メンバーの全員が、フル装備で待機していた。
「新入りで全員だな!」
「はい、十名全員が揃っています!」
「よし、状況を説明する。
本日18:43に、目標だった書類が何者かによって強奪された。敵性勢力の正体は不明だが、研究所絡みの何かである事は間違いない。
よって我々は、緊急で奪還作戦を開始する。
現在、偵察班が敵の車両を追っている。そのため我々は十分後に出撃し、偵察班と共に追撃。尾行して敵の拠点を捜索、その後に書類を強奪して撤退だ。敵と遭遇した場合、皆殺しで構わない。
では、上の建物の前に車を回させる。十分後、必ずだ!
諸君、質問は?」
誰も答えない。張り詰めた空気を、今更ながらに感じる。
今度こそ、作戦開始だ。必ず奴らの尻尾を掴んでやる。
「……では、各自上にて待機!」
『了解!』
【18:58】
「作戦開始時刻だ。出せ。」
「了解。」
ドライバーがアクセルを踏み込むと、一瞬体が座席に押し付けられる。
こちらは二両で出撃するらしい。あちら側には前川さんと桐咲さんが載っていたのが見えた。こっちは俺と、優子さんが乗っている。親子で相乗りをしない理由は大変謎だが、まあいい。そこまで問題はないからな。
「こちら二号車、今発進した。偵察班の位置確認、間も無く完了。偵察班は状況を報告されたし、どうぞ。」
『こちら偵察班、現在追跡中。目標がこちらに気付いた様子はない。追跡を続行します、どうぞ。』
「二号車了解、通信終了。
……聞きました?バレてないらしいですよ。」
「バレていないフリをして、誘ってきている可能性も否定はできん。我々もあまり気を抜くなよ。」
「了解。では、一号車と連絡取ります。
……二号車より一号車、応答されたし。繰り返す、二号車より一号車。応答願う、どうぞ。」
『こちら一号車、通信状況は良好。』
聞こえてきたのは、女性の声。無線というのもあって少しばかりノイズは入るが、まあ間違いなく桐咲さんだろう。
「了解、こちらも先程出撃した。一号車に異常ないか、どうぞ。」
『こちら一号車、問題なし。何もなければ通信を終了する、どうぞ。』
「了解、こちらも異常なし。通信終了。」
桐咲さん、大丈夫なのだろうか。あの人昼間に事故ったイメージしかないが、運転技術は信頼できるのか?
「よし、異常なし。
……どうした?新入り。何か心配でも?」
そう語りかけてくるのは、またあの部隊の隊長さんだ。
「ああ、いえ。一号車の運転は桐咲さんが?」
「桐咲……ああ、あの人か。そうだが、どうした?」
「すっごい言いにくいんですけど……あの人、俺とそこの優子さん乗せて事故ったことがあるんですよ。」
「マジ? 本当に事故ったの?」
「大マジです。だから心配なんですよね、一号車。これ、かなり重要な作戦ですよね?もしそんな状況で事故ったら……」
「私見で構わない、新入り。一号車、運転手を交代させた方がいいと思うか?」
ふむ、難しい問題だ。正直言うと、あの人に運転を任せたくはない。だが前川さんも得意ではないだろうし、この人の部下が運転をできるかどうかに関して、俺はまったく知らない。
「まあ、いいんじゃないですか? たまたまですよ、たまたま。」
「そうか? それならいいんだが……ま、まあとにかく。新入り君、うちの部隊に入らないか?」
「は、はい?」
突然の勧誘。そして気付けば、何故かこの人は俺の右隣に座っていた。そして、優子さんが向かい側へ移動している。
「俺が思うに、君には何かがある。T能力とかそんなんじゃない、もっと特別な何か。俺にはそれが、何となくわかるんだ。」
そんな事を言ってはいるが、別に彼の部下は信じている訳ではないようだ。始まったよ、などと言って面白がる始末だ。
まあ、軽い冗談のようなものだろう。
「隊長、いい加減やめません? その勧誘方法。それで人が来た事無いじゃないですか。」
「何だよ、いいだろ? 勧誘のやり方は自由さ。
それに、俺が今まで失敗してきたのは妨害工作があったせいだ。何度も言ってるだろ?」
「妨害ねぇ……確かに、理論は間違っちゃいませんよ。あんたが引っ張って来るような奴は優秀だ。そして、だからこそ内部で引き抜かれないよう工作をしているという事も、辻褄が合わないわけじゃない。」
「ほら、そうだろ!」
なんだと? 優秀な人間の引き抜き?
……って事は、この人の感覚が間違いであると思われているって訳じゃないのか。
「だから優秀そうな新入りを引き抜いてくる、忠誠心が育たないうちに。」
「正解。最高の作戦だと思わないか?准尉。」
「理屈は否定しませんぜ? 少佐。けどよぉ、それで人が増えました?」
「そこはご愛嬌だ。それに、お前が入ってくれるだろ?新入り。」
「はは……ご冗談を。」
そこで俺に振るな、俺に。あんたら今楽しそうに内輪ノリの話してただろうが。
「いや、実際君は優秀だと思うぞ?俺。
たった三ヶ月の訓練で特務に入隊なんて、相当優秀な奴じゃないと不可能だ。お前にはセンスが……」
『偵察班より全チームへ緊急! 目標停車、目標停車! 現在資料を一般の家屋に輸送している。我々が攻撃すべきか、指示を求む!』
運がいいのやら、悪いのやら。この流れを切ってくれたのは嬉しいが、通信の内容は緊迫している。
『一号車より偵察班へ、攻撃不要。繰り返す、攻撃不要。その位置で待機しろ、一号車は間も無く到着する。』
聞こえてきたのは桐咲さんではなく、前川さんの声だった。おそらくは隊長として命令するために、わざわざ自分から無線で話しているのだろう。
「二号車より偵察班及び一号車へ。二号車もあと数分で到着。繰り返す、数分で到着。」
何故わかったのかと言えば、この人も同じ事をしていたから。単純な話だ。
「……前田。緊張する?」
さっきから大して喋りもしていなかった優子さんが、急に語りかけてくる。
「していたよ。あの人のおかげで解けたがな。」
「あっそ。」
何だか知らないが、沈黙が流れる。気まずくて仕方がない。
「本格的な戦闘は今日が初めてだと思うけど……死なないでよ、前田。」
「……まあ、努力するよ。」
そう、俺にできるのは努力だけだ。実戦において生き残れるかどうかは、運も関わる。そして俺には、運がいいという自信がない。
しかし、それでもやれる事をやる。生き残るためにできる事は、それだけだ……
あの後俺は、相川さんに連れられるままに武器保管庫に行って銃をもらった。そしてその足で戦闘準備室とでも呼ぶべき部屋に行って、防弾装備や備品なんかを受領した。
それが終わって、仮眠を取りに来たんだが……起きてしまった。
ちなみに仮眠を取りに来たといっても、自室なんかがある訳ではない。最初にここへ来た時に寝る事になった、コンクリートの地面だ。何故か知らないが、硬い地面で寝るのは癖になる。
とはいえ、あくまで仮眠。別に本格的に睡眠に入るような時間でもないので、ほんの十分前くらいには俺の脳は起きてしまっていた。
どうしようもない暇な時間を、無感情のままに終わらせようとした時だった。
「新入り! ここにいたか!」
さっき作戦指揮所にいた、俺に声をかけてきた特殊部隊の男が俺を呼んできた。
「何です? そんなに慌てて、何を……」
「何をじゃない、緊急出動だ! 戦闘準備を完了させて作戦指揮所まで集合、急げ!」
さっきとは違い、その言葉には有無を言わせない迫力があった。思わず、声を出す。
「は、はい!」
すぐにさっきの戦闘準備室に戻って防弾チョッキ、ヘルメット、ナイトビジョンなんかの備品を必要分持つ。この辺は、二ヶ月の訓練で鍛えられたな。
そして渡された銃を持ち、作戦指揮所に向かって走り出した。
【18:48】
指揮所には、数時間前に説明された作戦参加メンバーの全員が、フル装備で待機していた。
「新入りで全員だな!」
「はい、十名全員が揃っています!」
「よし、状況を説明する。
本日18:43に、目標だった書類が何者かによって強奪された。敵性勢力の正体は不明だが、研究所絡みの何かである事は間違いない。
よって我々は、緊急で奪還作戦を開始する。
現在、偵察班が敵の車両を追っている。そのため我々は十分後に出撃し、偵察班と共に追撃。尾行して敵の拠点を捜索、その後に書類を強奪して撤退だ。敵と遭遇した場合、皆殺しで構わない。
では、上の建物の前に車を回させる。十分後、必ずだ!
諸君、質問は?」
誰も答えない。張り詰めた空気を、今更ながらに感じる。
今度こそ、作戦開始だ。必ず奴らの尻尾を掴んでやる。
「……では、各自上にて待機!」
『了解!』
【18:58】
「作戦開始時刻だ。出せ。」
「了解。」
ドライバーがアクセルを踏み込むと、一瞬体が座席に押し付けられる。
こちらは二両で出撃するらしい。あちら側には前川さんと桐咲さんが載っていたのが見えた。こっちは俺と、優子さんが乗っている。親子で相乗りをしない理由は大変謎だが、まあいい。そこまで問題はないからな。
「こちら二号車、今発進した。偵察班の位置確認、間も無く完了。偵察班は状況を報告されたし、どうぞ。」
『こちら偵察班、現在追跡中。目標がこちらに気付いた様子はない。追跡を続行します、どうぞ。』
「二号車了解、通信終了。
……聞きました?バレてないらしいですよ。」
「バレていないフリをして、誘ってきている可能性も否定はできん。我々もあまり気を抜くなよ。」
「了解。では、一号車と連絡取ります。
……二号車より一号車、応答されたし。繰り返す、二号車より一号車。応答願う、どうぞ。」
『こちら一号車、通信状況は良好。』
聞こえてきたのは、女性の声。無線というのもあって少しばかりノイズは入るが、まあ間違いなく桐咲さんだろう。
「了解、こちらも先程出撃した。一号車に異常ないか、どうぞ。」
『こちら一号車、問題なし。何もなければ通信を終了する、どうぞ。』
「了解、こちらも異常なし。通信終了。」
桐咲さん、大丈夫なのだろうか。あの人昼間に事故ったイメージしかないが、運転技術は信頼できるのか?
「よし、異常なし。
……どうした?新入り。何か心配でも?」
そう語りかけてくるのは、またあの部隊の隊長さんだ。
「ああ、いえ。一号車の運転は桐咲さんが?」
「桐咲……ああ、あの人か。そうだが、どうした?」
「すっごい言いにくいんですけど……あの人、俺とそこの優子さん乗せて事故ったことがあるんですよ。」
「マジ? 本当に事故ったの?」
「大マジです。だから心配なんですよね、一号車。これ、かなり重要な作戦ですよね?もしそんな状況で事故ったら……」
「私見で構わない、新入り。一号車、運転手を交代させた方がいいと思うか?」
ふむ、難しい問題だ。正直言うと、あの人に運転を任せたくはない。だが前川さんも得意ではないだろうし、この人の部下が運転をできるかどうかに関して、俺はまったく知らない。
「まあ、いいんじゃないですか? たまたまですよ、たまたま。」
「そうか? それならいいんだが……ま、まあとにかく。新入り君、うちの部隊に入らないか?」
「は、はい?」
突然の勧誘。そして気付けば、何故かこの人は俺の右隣に座っていた。そして、優子さんが向かい側へ移動している。
「俺が思うに、君には何かがある。T能力とかそんなんじゃない、もっと特別な何か。俺にはそれが、何となくわかるんだ。」
そんな事を言ってはいるが、別に彼の部下は信じている訳ではないようだ。始まったよ、などと言って面白がる始末だ。
まあ、軽い冗談のようなものだろう。
「隊長、いい加減やめません? その勧誘方法。それで人が来た事無いじゃないですか。」
「何だよ、いいだろ? 勧誘のやり方は自由さ。
それに、俺が今まで失敗してきたのは妨害工作があったせいだ。何度も言ってるだろ?」
「妨害ねぇ……確かに、理論は間違っちゃいませんよ。あんたが引っ張って来るような奴は優秀だ。そして、だからこそ内部で引き抜かれないよう工作をしているという事も、辻褄が合わないわけじゃない。」
「ほら、そうだろ!」
なんだと? 優秀な人間の引き抜き?
……って事は、この人の感覚が間違いであると思われているって訳じゃないのか。
「だから優秀そうな新入りを引き抜いてくる、忠誠心が育たないうちに。」
「正解。最高の作戦だと思わないか?准尉。」
「理屈は否定しませんぜ? 少佐。けどよぉ、それで人が増えました?」
「そこはご愛嬌だ。それに、お前が入ってくれるだろ?新入り。」
「はは……ご冗談を。」
そこで俺に振るな、俺に。あんたら今楽しそうに内輪ノリの話してただろうが。
「いや、実際君は優秀だと思うぞ?俺。
たった三ヶ月の訓練で特務に入隊なんて、相当優秀な奴じゃないと不可能だ。お前にはセンスが……」
『偵察班より全チームへ緊急! 目標停車、目標停車! 現在資料を一般の家屋に輸送している。我々が攻撃すべきか、指示を求む!』
運がいいのやら、悪いのやら。この流れを切ってくれたのは嬉しいが、通信の内容は緊迫している。
『一号車より偵察班へ、攻撃不要。繰り返す、攻撃不要。その位置で待機しろ、一号車は間も無く到着する。』
聞こえてきたのは桐咲さんではなく、前川さんの声だった。おそらくは隊長として命令するために、わざわざ自分から無線で話しているのだろう。
「二号車より偵察班及び一号車へ。二号車もあと数分で到着。繰り返す、数分で到着。」
何故わかったのかと言えば、この人も同じ事をしていたから。単純な話だ。
「……前田。緊張する?」
さっきから大して喋りもしていなかった優子さんが、急に語りかけてくる。
「していたよ。あの人のおかげで解けたがな。」
「あっそ。」
何だか知らないが、沈黙が流れる。気まずくて仕方がない。
「本格的な戦闘は今日が初めてだと思うけど……死なないでよ、前田。」
「……まあ、努力するよ。」
そう、俺にできるのは努力だけだ。実戦において生き残れるかどうかは、運も関わる。そして俺には、運がいいという自信がない。
しかし、それでもやれる事をやる。生き残るためにできる事は、それだけだ……
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