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第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」

第十四話 「学内恋愛は始まらない」

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【16:57】

まあ、騙し騙しやろう。というか、一言で終わらせて話を続けさせないようにすればいいだけだ。

「……馴れ初め、ってほどの事でもないですよ。ただこいつが階段から落ちかけていたので、止めた。それだけの事です。」
「前田、要約しすぎ。もっと話せる内容でしょ?」

なんて、優子さんが余計なことを言ってくる。
……久しぶりだ、脂汗なんて。
これだから、この話をするのは嫌いなんだ。精神と肉体が分離するように、思考だけが宙吊りになっていく。
吐き気までしてきたが、これは車酔いからだろうか?  それとも、この話をしようとしたせいだろうか?
どちらにせよ、ロクな事ではない。あんな思い出は。話した所で何かが起こるような物じゃないし、起こしたいとも思わない。 

「まったく……私は桐島さんから聞いてたので、私から説明しますね。」

……あの事を口にしたところでノイズ以上の物は生み出せないし、書き出したって意味のない文字の羅列になる。
しかしながら。いや、だからこそと言うべきか?
当事者にしか、俺にしか、分からない事だってある。俺たち以外がこの件に言及すれば、大きな誤解を招く。

「……ああもう、わかったよ!  俺が言えってんだろ?  後で覚えとけよ!」
「お、言う気になったんだ。」
「ああ。言ってやるよ。俺も腹を括ったぜ。」

……流れる沈黙。いや、腹は括ったよ?括った。括ったは括ったが、タイミングというものは計算に入れられるべきだ。

「言わないの?」
「うっさいな、急かすな!」

まったく、部外者というのはこちらの都合なんてお構いなしなのだから困る。

「そうだな……あれは一年の頃、四月の六日だったか。」

【回想 ー4/6  13:24ー】

確か、入学式の帰りだったかな。あの時、俺は桐島と初めて出会った。といっても、話しもしなかったがな。ただ見ていただけ。
桐島が他の連中の目線を集めていたもんだから、何だと思って見ていただけだったんだ。
とはいえ、ほぼ真横に来ても見つめているのはアレだったかもしれないが。
だが、そのせいかな。俺はその時、気づいてしまった。  

「へ、きゃっ……!」

降りようとした一段目から、盛大に足を踏み外す。しかも、ここは他の階段よりも比較的距離が長い。
この館のメインとなっている階段であろう事は、新入生でも理解できる事であった。
そして、新入生であるということ。大量の教科書類がもたらす鞄の重量は、当時の自分が身をもって感じていた。
だが今となっては、それは後から出て来た理由づけに過ぎない。そんな野暮なことを考える暇などなく、純粋な高一だった俺の体は勝手に動いていた。
自分の体に一番近かったのは、後ろに置いてけぼりになっていた彼女の腕。
咄嗟に掴むが、当時の貧弱な腕力をした俺に支え切れる訳はない。
せめてこの人だけは…なんて碌でもないバカな事を考えた俺は、桐島を後ろに投げて廊下まで戻した。勿論、作用・反作用の法則によって俺は前へ。ここまでなら、ただの良い話だったんだが……

「ちょ、だめっ!」

何をトチ狂ったのか知らないが、このバカ女は。わざわざ離してやった俺の手を、もう一度掴み直しやがったんだ。
しかも、結局何にもなってないからな。結局のところ、二人とも落ちた。その上俺は下敷きになった、あんなになってやったせいで、左腕を脱臼しちまった。
そのうえ、あと数センチずれていたら脊髄損傷で全身不随らしかった。現実に起こる事は無かったからよかったものの、俺はこいつのせいで……地獄を見た訳だ。

【9/12  17:05】

「で、当然の事ながらそんな事があればお互い気まずくなるでしょう?そしてその気まずい空気を引っ張って一つか二つ学期を終えますよね。すると、期間を空けた事でさらに気まずくなります。」

この後のことを話そうとするとまた嫌気がさすので、桐島を少しばかり睨みつけてストレスを発散してみる。そうすると、あちらさんも睨んできた。
これぞ、以心伝心だな。しかし、する側にも相手くらいは選ばせろ。 

「そして迎えたのが、二学期ですよ。二学期の初期に学園祭があったんですが、出し物の方向性の違いで言い争いになり、そのまま険悪ムードに。そのまま、今に至りますね。」
「事細かに説明してんじゃないわよ……」

何だよ、なんか文句あんのか。事実を説明しただけだろう。多少の主観的観測が内包されている事は認めるが。

「なんか思ったんだけど……幸樹君、口悪すぎない?  いつにも増してさ。ってか、優子ちゃんもその内容で説明されたの?」
「いえ。内容の相違があるとは思っていましたけど、ここまで酷いと逆に凄いですね。」

何を言ったんだこいつは⁉︎
俺の説明に主観的側面が入っている事は重々承知しているが、そんなに酷い内容を話したつもりはない。マジで何言ったんだ……?

「……よし、見えてきた。全員シートベルトを外せ。」

一向に口を開かなかった前川さんが、ようやく口を開いた。どうやら、もうご到着の模様だ。といっても、俺はシートベルトなんてしていないがな。そして、楽しいお喋りとドライブはここまで。ここからは、地獄だ。少なくとも、民間人にとってはな。

「戦闘要員は、地下の作戦指揮所にて待機。俺からの命令を待て。」
「了解。」

という……数人の声が、車内に響いた。

【17:12】

作戦指揮所という場所に行った事は一度もなかったが、まあ何とか辿り着いた。そこで先に待っていたのは、屈強な男が六名ほど。

「それでその時相川が……お、来たか。」
「来た?あ、本当だ。」
「あいつなんでしたっけ?最近噂の新入り。隊長、話しかけてきて下さいよ。」
「元からそのつもりだ。どうせもう相川の野郎が来るから、行儀良く座ってろよ。」

……なんか、愉快そうな奴らだな。

「よぉ、新入り! 元気か?この職場にはもう慣れたか?」
「ええ、何とか。ところでその、あなた方は一体……」
「ああ、相川から聞いていなかったか?
俺たちは、君らの支援につく部隊だ。君たちが向かう場所以外の掃討を任されてる。」

まあ確かに、あの学校は複数の棟を持っているからな。そこの制圧が必要であるという考えには賛成だ。

「T能力は無いが、心配しなくてもいい。隊員たちは全員自衛隊から引き抜かれてきた精鋭だ。戦闘能力に関しては、おそらく問題ない。統率は未だに取れないが……その辺はまあ、何とかなるだろう。」
「了解です、よろしくお願いします。」

適当だな、この人。これでいいのか?多少怪しいが……戦闘能力に関しては、信頼していいだろう。
この人からは凄みを感じる。見た目は若いが、幾度もの修羅場を潜り抜けてきたような感じだ。新米の俺にわかる位なんだから、相当だろう。

「とにかくそういう訳だ、よろしく。」

そう言われた後に、手が差し伸べられる。まあ、普通に握り返した。結構でかいな、安心感がある。

「お?仲良くなってるじゃないか、少佐。」
「……まあ、そうっすね。」

相川さんに優子さん、そして桐咲さんと桐島のアホ。どうやら役者は、揃ったらしかった。

「そうかそうか。では挨拶もほどほどにして、作戦を説明したい。とりあえず、座ってくれたまえ。」

そう促され、横一列にある椅子が埋まっていく。その様子をよそに、前方のモニターが光った。相川さんが操作したのだ。
映っているのは、うちの学校。高明高校の見取り図と、外観だ。

「ではまず、本作戦の概要について説明する。
本作戦の目的は、敵組織の情報が記された資料の確保にある。
資料については、皆知っているだろう。敵組織についてもだ。そのため、俺の口からは今は説明しない事とする。
その資料を約一時間前に、そこにいる二名の内部調査員が書類の回収に当たった。だが敵に勘付かれたらしく、回収は失敗した。そのため、これは第二作戦となる。」

……多少の罪悪感があるが、今更それを言い出すわけにもいくまい。この作戦で、挽回だ。

「……それでは、作戦の説明に移ろう。
まず、ここに来てくれたストライカー隊六名の諸君。君たちは、半分ずつの人数で二組に分かれてもらう。名称は、そうだな……チームAとBで分かれてくれ。
チームAは東館、チームBは西館に展開。君たちが行うのは、作戦の第一段階だ。目標となる北館以外を掃討してくれ。
その二館の掃討が済み次第、西館の正面入り口にて待機している我々と合流。君たち六人と我々四人で、北館の仮称“オカルト研究部活動教室”に侵入。必要な書類を奪取して撤退する。
作戦開始時刻は、24:00だ。質問は?
……無い、か。よし、では作戦一時間前にここに集合だ。以上!」

と言われたので仮眠を取りに行こうとするが、相川さんに引き止められる。

「そうそう、君には装備品の支給をしていなかったね。少し、ついてきてもらえる?」

……めんどくせ。


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