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第一章 第一幕 「傀儡を追うは、少年少女」

第五話 「二つの解明」

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【17:42】

「あんたの命で、名誉挽回させてもらうよ!」

と叫びながら、チラッと相手の方を見てみる。
さっきとは違い、ノーガード。わざわざ狙われに来ているかのように、ぼっ立ちでいる。

「防御しないのは、こっちの射撃を誘おうって魂胆? 面白い、その挑発乗った!」

あちらさんのお望み通り、車の陰から出て射撃してみる。拳銃の発砲音が三発、四発……しかし、そのどれもあいつに着弾している様子はないようだ。コンクリの壁が針のように伸びてきて、弾丸を弾いているらしい。それもかなりの速度で。

「はぁ……さては貴様、アホか?」
「誰がアホよ、誰が!」
「いや、貴様はアホだ。その証拠に、まんまと俺の挑発に乗って、射程内に入ったんだからな。横を見ろ、アホが。」

……まずい、見なくてもわかる。あいつと同じように、私の横にあるのはコンクリの壁だ。
咄嗟に車の陰にまたも転がり込むと、真横にはさっき見た針が迫っていた。間一髪、隠れたおかげで位置の把握ができなくなったようだ。ギリギリで針が止まっている。少しばかり冷や汗をかいたけれども、戦闘には問題ない。射線確保のため、サッと右に転がる。

「おっと、外したか……さっき私は君をアホだと言ったが、訂正しよう。戦闘センスのあるアホだな、君は。
だが銃撃の一本調子では、私には勝てない! 喰らうがいい!」
「攻撃……⁉︎ やばいっ!」

今度は手当たり次第に、車を突き刺しまくっている。さっき横に移動しておいて、全くもって正解だった! あのままいけば、間違いなく串刺しになって死んでいた事だろう。けど事実、私はまだ生きてる。そして今なら、相手が攻撃の準備を始める。攻撃の準備時間になら、チャンスがあるはずだ。
さっきの攻撃が当たっていない事なんて、あちらには簡単に分かる。
おそらくあいつは、私を炙り出すべく二台の廃車全体を攻撃してくるだろう。しかし、全部を今の一瞬で賄えるとは思えない。あいつの能力発動までにある少しばかりの準備時間中に、あいつに鉛玉を叩き込めばいいんだ。ただ、車を攻撃しようとした針で弾丸が落とされるとまずい。車の残骸でジャンプして、上から狙おう。

「……あそこではない、か。だがどうせ、その車の後ろなんだろう? なら、車の裏にまで貫通してしまうほどの針を大量に出して、貴様を炙り出してやる!」

やっぱり、読みは正しかった。攻撃ギリギリまで待ってから上に登って、蜂の巣にしてやる。
幸運にも車のサイドミラーが折れて、向こう側が断片的に見える。今は攻撃準備中、だけど後五秒くらいで攻撃が来るようだ。なら私は、その二秒前に上がろう。こっちの攻撃まで残り三、二、一……

「今っ……!」

運転席の窓に足を掛け、そのままそれを蹴って空中から狙おうとした、まさにその瞬間だった。

「そう来ると思っていたよ、アホが。」

空中で、腹に激痛を感じる。そしてその後の一瞬は、何かに支えられ宙に浮いていた。しかし、私を支えるそれによって壁側へ引っ張られ、しまいには歩道に落下する。

「やはり、初歩的なブラフに引っかかったな! 敵の言う事を真面目に聞くバカなど、お前くらいだ! 炙り出すとわざわざ言ったのなら、誰だって車の後ろから離れるに決まっている。それを狙った訳だ!
上から攻撃してくるのは少々想定外だったが、車の周辺全てにも攻撃を置いておいたのでな!」

やられた……完全に、手が読まれていた。
いや、そもそもあの状況に持って行ったのが問題だった。さっさと逃げるべきだったんだ。さっきの攻撃を外した事で、視界を本人に頼っているという事は分かっていたんだから。
アスファルトの能力相手に逃げるよりは、いくらか簡単だったろう。逃げていれば、またチャンスもあったろうに。

「さて、貴様には地獄を見せてやる。弟を殺した罰としてな。もう一人、石ころを飛ばす能力者がいたはずだが……いないな。どこに隠れているのかは知らないが、まあ後でもいいだろう。」

森兄がそう言っている時、私は見た。私たちが乗って来た車の後部座席ドアが、震えている。
続いて少し、ミシミシという音も聞こえるようになってきた。そして金属が引きちぎられるような音が大きくなり、やがて真横にいた森兄もそれに気がつく。

「……な、何だこの音は? このドア、一体何が……?」

好奇心を持ったのか知らないが、開けようとする森兄。だが、わざわざ手で開ける必要性はその瞬間で消え失せた。
森兄が手でドアに触れようとした瞬間、車のドアが内側から弾け飛んだのだから。

「何っ⁉︎  ええい!」

突然の攻撃に対してコンクリートを壁から出し、迎撃する。その判断自体は、決して悪いものではなかった。そして事実、飛ばされたドアの勢いを殺したのだ。ただし、ほんの一瞬だけという事を除けば。
そのドアは、なぜかひとりでに動き出したのだ。突き出てきたコンクリートによってL字状にひん曲げられたかと思ったら、突如として。何の脈絡もなく。
そしてフライパンの上のポップコーンが弾けるように、あるいはダンサーがステップをするように。一瞬で移動し、森兄を壁と自分とで挟んで押さえつける。その挙動には、何者かの明確な意思があった。

「がぁ……っ!ば、馬鹿な!」

そして壊れた車内から、“彼”は降りてきた。

「……全く、最悪ってのは更新されるもんだよな。
ナンパから女の子を助けたつもりが死を覚悟するところまで行き、そこから助けられたと思ったら事故で意識を失い、そして事故った本人も死にかける。」
「き、君は……!」

この姿、そしてこの能力。間違えるはずはなかった。

「ぐうっ……お、お前は……!」

【17:44】

「ところでお前、さっき俺のこと石ころの能力者とか言ってたよなぁ……石ころ飛ばすだけの能力で、身動きが取れなくなる気分はどうだ?」
「勝った気になって……! でかい口を叩くな、小僧がぁ!」

何だか知らんが怒り狂い、壁から針のような物体を伸ばしてくる。
だが、無駄だ。

「な、あ……っ⁉︎」
「何だかよく分かんねぇがよぉ、寝て起きてみたらビビッときた。俺の能力は、物体の運動を操作できるらしいぜ!
何で分かったのか自分でも知らんが、何にせよあんた相手なら特効の能力だ!
そうして何もできないまま、ドアに挟まれて潰れろ!」

何言ってんのか分からんだろうが、実際そうなのだから仕方がない。そして俺が押さえつけている間に、店長は既に立ち上がっていた。

「よくやった、幸樹くん! そのまま針を押さえ込んでいて!」
「クソっ、畜生!こんな奴らに!弟の仇に…」

言い切る前に、弾丸が撃ち込まれる。脳天に直撃したにも関わらず数秒はもがいていたが、その後にはゆっくりと動きが止まっていった。
こいつは今、死んだのだ。それを理解すると、俺は能力を解除した。

「……よく、やってくれたね。最高だ、幸樹君。……って、あれ? 何してるの?」
「キャラメルの箱、探して……あ、あった。
なんか、妙な疲れがあるんです。糖分取んないと、脳みそがヤバい。」
「まあ、いいけど…ちょっと、優子さん呼んでくれない?腹に穴あけられたから、すぐ治してもらわないと……」
治す? 治せるもんなのか、あいつに? まあいい。戦闘も終わったし、呼んでかまわんだろう。

「おーい、終わったぞー! 出てこい!」

辺り一帯に聞こえるように叫ぶと、そいつは路地から顔を覗かせる。

「おう、出てきたか。店長が死にかけてるから何とかしろ。」
「わかった。あんたは?」
「俺はいい。でかい怪我もないからな……ってかお前、なんか態度違くねぇ?」
「当たり前でしょ?歳一緒なんだから。」
「はぁ? 俺は知らねーんだよ、そんな事。」
「待って、ちょい待ち。もしかして二人、自己紹介とかしてない感じ?」
「当たり前でしょうよ、そんな時間なんてなかった。」
「いや、それはあんたが車内で寝始めるのが悪い。」
「あー……まあ、とりあえず自己紹介とかしたら?」

……なんでこの人は、腹に風穴空いてるのに俺たちの仲裁をしてるんだ。
しかし……自己紹介、か。入学式の時ぐらいだな、そんな事するのは。次にするのは来年だろうなと思っていたが、まさか高校入って二度目がこんな状況になるとはな。

「俺は前田、前田幸樹だ。そっちは?
「相川優子、能力名は『カインド・ヒール』。」
「はあ? 能力名⁉︎ なんだそりゃ、決めてねえよそんなもん! ガキかお前!」
「うるっさいわね、あんたもなんか能力に名前ないの⁉︎」
「ある訳ねーだろうが!」

だいたい、そんなもん決めてる奴なんてそんなに居ねえよ! 中学生じゃないんだから!

「まあまあ、良いじゃん。なんか呼びやすい名前にしてみたら?」
「って、店長治療早くないっす……か……」

何だか知らないが、腹に穴を空けられたマネキンの胴体が転がっている。

「えぇ……」
「これが、彼女の能力。特定の部品の代わりを出現させて、交換する力さ。ちなみに人体の場合、元の部品はマネキンに置換されて出てくる。」

変な方向に配慮してんのは何なんだ……マジで。

「なんか付けなよ、名前。何でもいいからさ。能力にちなんだやつでもいいし、そうじゃなくてもいいし。名前あった方が便利だよ?」

……そうか。なら、こうしよう。

「それなら、俺の能力は……『ヴァリアス Lv2』だ。」
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