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最終章

第374話 遺言

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「はあ、はあ。キルス、後退してるぞ」

 連合軍は善戦しているものの、暗黒騎士団マノウォルの圧力は尋常ではない。
 少しずつ後退している。

 今すぐ助けに行きたいが、ここで闇雲に突っ込んでも死ぬだけだろう。
 水筒を取り出し水を飲み、残りの水を顔にかけた。
 そして、深く息を吸う。
 肺に新鮮な空気を入れ、全身に行き渡るイメージを思い浮かべた。
 呼吸を何度か繰り返し、右手を握る。

「よし! 握力は戻った!」

 一時的でも力が戻ればいい。

「ウェスタードはここで休んでいてくれ」
「グゴォォ」

 ウェスタードも状況を把握している。
 広範囲に及ぶウェスタードの攻撃は混戦に向かない。
 味方にまで被害が出てしまうため、素直に言うことを聞いてくれた。

 もう一度呼吸を整え、俺は暗黒騎士団マノウォルへ突進。

「キルス! 交代する!」
「アル! 大丈夫か!」
「もちろんだ!」
「なら共闘だ!」

 俺とキルスに続き、デッド、イアン、グレイグが暗黒騎士マノウの首を切り落とす。
 さすがは各軍の最高戦力たちだ。

 キルスたちが一人斬る間に、俺は十人の首を落とす。
 俺の体力は残り僅かだ。
 その間に暗黒騎士団マノウォルだけは全滅させる。

 しかし、暗黒騎士団マノウォルの進軍は止まらない。
 その元凶となる一人の暗黒騎士マノウが、最前線で猛威を振るう。
 髑髏を模した黒銀色の鎧は、返り血を浴び禍々しいまでに赤く染まる。
 二メデルトはあろう巨体の暗黒騎士マノウ
 両手剣グレートソードを二本持ち、一振りで一人に死を与えていた。

「な、何だあれは! 化け物か!」

 両手剣グレートソードの双剣など見たことがない。
 連合軍に死を振りまく髑髏の暗黒騎士マノウは、まさに厄災だ。
 俺たち五人を残し、突撃した三百人の騎士たちは全滅してしまった。

「アル! あれは暗黒騎士団マノウォルの団長だ!」
「分かった! 俺がやる!」
「私がやる! アルは後ろの奴を頼む!」
「おい! キルス!」

 暗黒騎士団マノウォル団長に突進するキルス。
 三将軍が即座に動く。
 他の暗黒騎士マノウが近付けないように、立ち位置を変え見事に牽制していた。

 俺は暗黒騎士団マノウォルの最後尾に立つ、ひときわ豪華な鎧を纏う一人の暗黒騎士マノウに視線を向ける。
 白銀色の美しい鎧。
 左胸には紋章。
 鉄鎖と剣、髑髏と薔薇は王家の紋章だ。

「まさか……」

 兜を被っており顔までは判別できない。
 白銀の暗黒騎士マノウは俺に近付きながら、長剣ロングソードを抜く。
 同時に恐ろしいほどの速度で突きが放たれた。

「グッ!」

 その速度は、レイの死の彗星デ・モールを遥かに超えている。
 確実に俺の喉元を狙う突き。
 俺は身体を捻りながら、左下段から右上段へ紅竜の剣イグエルを振り上げ、暗黒騎士マノウの突きを弾く。
 その勢いを利用してジャンプ。
 身体を一回転させながら、暗黒騎士マノウの首に回転水平斬りを放つ。

 だが、暗黒騎士マノウは弾かれた剣の力を利用し、俺と同じように身体を一回転させ、回転水平斬りで紅竜の剣イグエルを弾いた。

「強い!」

 着地した俺はすかさず突きを放つ。
 これまで躱されたことのない全力の突きだ。
 決まると思った瞬間、暗黒騎士マノウは上段の構えから超高速で剣を振り下ろし、紅竜の剣イグエルの剣身を叩き落とした。

「グッ!」

 辛うじて剣は離さないものの、両腕に痺れが走る。
 レイ以外で、初めて互角の人間に出会った。

 俺の焦りを見透かしたかのように、瞬時に攻撃へ移行する暗黒騎士マノウ
 音が遅れるほどの速度で、俺の首を狙い水平斬りを繰り出す。

「クッ!」

 俺は紅竜の剣イグエルを右前方へ振り上げながら、垂直に立て防御の姿勢を取る。
 火花を散らし甲高い音が響くと、次の瞬間には反対方向の左から水平斬りが繰り出されていた。

「なっ!」

 たった今、右方向からの水平斬りを防御したばかりだ。
 暗黒騎士マノウは一振りの剣しか持っていない。
 まるで双剣使いと戦っているようだ。
 白狂戦士ハイバーサーカーとはいえ、こんな動きが人間に可能なのか。

 もう間に合わない。
 確実に俺の首を狙う暗黒騎士マノウの剣。

 いや、諦めたら終わりだ。
 俺は瞬時に左手を捨てる判断を下す。

 左腕に力を込め、前腕を覆う腕鎧ヴァンブレイスで水平斬りを弾き飛ばした。
 鈍い音が聞こえたが、左手一本の犠牲で済めばまだ戦える。

「ここだああああ!」

 バランスを崩す暗黒騎士マノウに向かって、俺は右手で紅竜の剣イグエルを振り上げた。
 暗黒騎士マノウは剣を引き戻し、頭上で水平に構え防御の姿勢を取る。

 俺は一瞬だけ左手に視線を落とす。
 切り落とされたと思ったが、紅炎鎧ファラム腕鎧ヴァンブレイスが割れただけで左手は無事だ。
 すぐに両手で握り、ツルハシを振るかのように、全力で紅竜の剣イグエルを振り下ろした。

 音を置き去りにし、空気を切り裂く紅竜の剣イグエルの剣身が発火。
 炎を纏う紅竜の剣イグエル
 暗黒騎士マノウが構えた剣を焼き切り、兜を砕き、首筋を斬りつけた。

「グガッ……」

 暗黒騎士マノウの首から噴射する大量の血液。
 そして、割れた兜が地面に転げ落ちた。

「ガ……。ア、アル……陛下……。か、感謝……します」

 暗黒騎士マノウが言葉を発した。

「あ、あなたは! ウルヒ・メルデス陛下!」

 暗黒騎士マノウはデ・スタル連合国のウルヒ国王陛下だった。

 殺戮を繰り返すだけの存在となった白狂戦士ハイバーサーカーの群衆を、ここまで率いてきたのだろう。
 そうでなければ、自我をなくした白狂戦士ハイバーサーカーたちによる進軍などできなかったはずだ。

 シドやノルンの想像を超え、白狂戦士ハイバーサーカーを統率したウルヒ。
 犯罪国家とはいえ、この若さで一国の王だ。
 よほど優秀な統率者だったのだろう。

 膝から崩れるウルヒ。

「アル……陛下。ノ……ルン様を……た……のみ……ます」
「ウルヒ陛下!」
「たのみ……ます」
「分かりました」
「首……を……」

 両膝をついた状態で、辛うじて姿勢を保つウルヒ。
 右手を持ち上げ、すでに半分ほど切断された自分の首を指差す。

「ウルヒ陛下。ノルンにあなたの最後を伝えます。必ず伝えます。敵ながら……お見事でした」
「ありが……と……ござ……ま……す」
「安らかに……」

 俺は紅竜の剣イグエルを振り下ろした。

 ――

「アル! 大丈夫か!」

 キルスが声をかけてきた。
 俺はウルヒ陛下の死体に向かって黙祷を捧げ、右手で涙を拭う。

「アル?」
「ああ、大丈夫だ」

 キルスは見事に暗黒騎士団マノウォル団長を討ったようだ。
 だが全身に傷を負っており、まさに満身創痍だった。

「アルよ。お前のおかげで暗黒騎士団マノウォルが壊滅した。残りは数万といったところだ。あとは連合軍が受け持つ」
「だけど白狂戦士ハイバーサーカーは強いぞ」
「こちらも精鋭だ。暗黒騎士団マノウォル鉄鎖の戦士ブルバスがいなければ問題ない。レイの元へ行くんだろう?」
「ああ、そうだ」
「後は任せろ」
「ありがとう。……キルス、頼みがある」
「なんだ?」
白狂戦士ハイバーサーカーたちを丁重に葬ってくれ」
「うむ。分かっておる」
「ありがとう」

 俺は口笛を吹き、ウェスタードを呼び寄せた。
 ウェスタードの背中に乗る。

「ウェスタード! 銀灰の鉄鎖スタル・ヨールへ行こう」
「グゴォォ」

 ウェスタードが羽ばたく。

 俺は左腕の腕鎧ヴァンブレイスを確認。
 完全に割れていた。
 竜種の素材で作られた紅炎鎧ファラムの硬度を超えていたウルヒの剣撃。
 あの攻撃は竜種の攻撃を遥かに凌ぐ、恐ろしくも最高の一撃だった。

「ウルヒ陛下。強かったです」

 勝負を決めたのは装備の差。
 仲間たちと戦い素材を集め、仲間たちが作ってくれた装備は、俺の人生そのものだ。

 俺はそっと左腕の腕鎧ヴァンブレイスに右手を置く。

「ありがとう」

 ――

「シド!」

 銀灰の鉄鎖スタル・ヨールの研究室に入った。

「陛下! 血が!」
「大丈夫だよ。全て白狂戦士ハイバーサーカーの血だ」

 シドが青白い顔色で、珍しく心配していた。

暗黒騎士団マノウォル鉄鎖の戦士ブルバスを殲滅した。残りは連合軍が引き受けてくれる」
「そ、それは……。よくぞご無事で」
「このままいけば連合軍が勝つだろう。キルスには白狂戦士ハイバーサーカーたちを丁重に葬るように伝えた。デ・スタル式の祈りを捧げてくれ」
「承知いたしました」

 ノルンに視線を向けると、複雑な表情で俺を見つめていた。

「ノルン。……ウルヒ陛下に会った」
「な、なんじゃと!」
「一騎打ちで俺が斬った。最後にウルヒ陛下からノルンのことを頼まれたよ」
「ウルヒが?」
「ウルヒ陛下が白狂戦士ハイバーサーカーを統率していたようだ。最期まで見事だった」
「そうか……白狂戦士ハイバーサーカーになっても……そうか……そうか。アルよ、感謝する。感謝する」

 ノルンが大粒の涙を流し、何度も頭を下げている。

「シド。俺はレイの元へ行く。後は頼んだ」
「承知いたしました。陛下、こちらをお持ちください。食料と、蜂蜜と果物から作った飲料です。少しでも体力を回復してください」
「ああ、ありがとう」

 俺はすぐに銀灰の鉄鎖スタル・ヨールを出て、バケツの水を頭から被る。
 全身に浴びていた返り血を流した。

「ウェスタード! レイの元へ行くぞ!」
「グゴォォォォ!」
「全速力で飛んでくれ!」
「グゴォォォォ!」

 ウェスタードの背に飛び乗ると、一気に上空へ羽ばたく。

「レイ、待っていてくれ!」

 俺とウェスタードはモルシュ河の下流を目指し、北へ飛び立った。
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