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最終章

第356話 アルとレイの影響力

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 改めてレイが仕切り直す。

「今回の侵攻はデ・スタル軍とモンスターです。迎え撃つこちらも二手に分ける必要があります。私の一存で決めてもよろしいでしょうか?」
「ふむ。異存はないぞ」
「朕もじゃ」
「もちろん私もよ」
「儂もない」

 キルス、シルヴィア、ヴィクトリア、ロートが答えた。

「ありがとうございます。まず、モンスターは私とリマ、そしてクロトエ騎士団で対応します。軍の指揮は私が取ります」
「では、我が皇軍は?」
「キルスはデ・スタル軍の対応よ。皇軍、帝国騎士団フォルロス、コート騎士団を率いて欲しい。人数を減らしたとはいえ、二十万人の白狂戦士ハイバーサーカーよ。熾烈な戦いになるでしょう」
「分かった」
「シルヴィア陛下とロート陛下には申し訳ないのですが、今回は私とキルスがそれぞれ軍を率います」

 レイが二人に視線を向け、深く頭を下げた。

「そうじゃな。儂もシルヴィアも戦場で指揮はできんからのう」
「うむ。有事の際じゃ。問題ない」

 レイはテーブルに、一枚の大きな地図を広げた。
 これはマルコが作成した、フォルド帝国とデ・スタル連合国の国境及び、モルシュ河の精密な地図だ。

白狂戦士ハイバーサーカーの侵攻に関して、ルートは判明しています。一つは香辛料の道アルシッド。もう一つはビオル湿原のモルシュ河です。オルフェリアとマルコの情報ですので間違いありません」

 キルスが顎髭をさすりながら、地図に目を落とす。
 高精度な地図に驚いている様子。

「新たなギルマスのオルフェリア殿に、運輸大臣のマルコ殿か。確かに間違いないだろうな。それに、この地図の精度は国家機密レベルだぞ? 公開して良いのか?」
「ええ、わがまま言わせてもらってるもの。さらに地図作成を協力してもらえるなら、完成後各国へ提供してもいいわよ」
「本当か! これは凄いぞ。これまでの情報が更新されるな」

 レイは地図を指差す。

「キルスは香辛料の道アルシッドのゴドイム大橋に布陣をお願い」
「ふむ、了解した。二十万人の白狂戦士ハイバーサーカーとて、国境は超えさせぬ」

 キルスが率いるのは三国の精鋭。
 コート騎士団の蒼き盾騎士フォルーザ二千人。
 皇軍の砂漠の獅子デルソル三千人。
 そして、帝国騎士団《フォルロス》二万人の総勢二万五千人だ。

 対してデ・スタル軍は二十万人。
 十倍近い戦力差だが、微塵の不安も見せないキルス。

「レイはどうするのだ? 数千頭の白狂戦士ハイ・バーサーカーとなったモンスターだ。アルはいないのだぞ?」

 キルスの言う通り、問題はモンスターだ。

「大丈夫よ。リマもいるし、今やクロトエ騎士団の討伐隊は、冒険者ギルドと同等の対モンスターのスペシャリストですもの」
「そうはいってもな……。砂漠の獅子デルソルから部隊を分けるか?」
「いえ、キルスの方が厳しいわ。一兵も惜しい。こっちは私が何とかする。こう見えて、私も竜種殺しなのよ?」
「わははは、そうだったな。お前もアルと同等の化け物か」
「ふふふ、失礼ね」

 レイは余裕があるように装っていた。
 レイとリマ、そしてクロトエ騎士団の討伐隊が千五百人。
 それに対して、一頭で数十人の命を簡単に奪うモンスターたちが数千頭。
 しかも首をはねないと死なない白狂戦士ハイバーサーカーだ。
 状況は圧倒的に厳しい。

 だがレイは、かつて率いていた仲間たちを信頼している。
 そして、アルとともに人類を超えたと言われる己の力を、全て発揮するつもりだ。

「私たちはビオル湿原に行く。マルコが言うには、月に一度モルシュ河の水深が下がり、浅瀬が現れる場所があるそうなの。モンスターたちはそこを渡る。迎え撃つわ」
「そんな場所があるのか。分かった。無理はするな」
「お互い様よ。ふふふ」

 レイが全員を見渡す。

白狂戦士ハイバーサーカーの到着は、軍隊もモンスターも九日後。出陣は明後日の早朝。移動は各国の飛空船を使用。追加の補給が必要な際は、我が国の旅する宮殿ヴェルーユを出します。皆様よろしいですか?」

 全員が頷く。
 これで方針が決まった。
 ゴドイム大橋でデ・スタル軍を迎え撃つ、キルス率いる三国連合軍。
 ビオル湿原でモンスターを討伐する、レイ率いるクロトエ騎士団。
 この両軍でデ・スタル連合国の白狂戦士ハイバーサーカーを殲滅させる。

「キルス、明日は丸一日軍議よ」
「分かった」

 そしてレイは、会議に参加している各国の将軍たちを見渡す。

「各軍の小隊長クラスまで全員参加するように。いいわね」

 その場にいる全将軍たちが立ち上がり、猛烈な勢いで敬礼をした。
 全員がレイを尊敬の眼差しで見つめている。

「レイの影響力はとんでもないわね。各軍を簡単に掌握しちゃって……」

 ヴィクトリアの言葉に、各国の君主たちも苦笑いしていた。

 これで会議は終了と思われたが、ヴィクトリアがレイに向かって挙手。
 
「そうだ。ねえレイ。疑問なのだけど、なぜノルンは死の疫病にかからないの? もしノルンが狂戦士毒バーサルクを飲んだとしたら、それはそれで白狂戦士ハイバーサーカーなるのでしょう?」

 ヴィクトリアが核心をつく。
 誰かに指摘されることはレイも想定していたが、それがヴィクトリアだとは思わなかった。
 答えは予め準備してある。
 
「それは分からないけど、シドはノルンのことを特殊な体質と予想していたわ。世の中には極稀に、特殊な体質を持って生まれる人間がいるそうよ。強靭な肉体を持つアルのようにね」
「アルのようにか。それを言われると妙に納得できるわね。うふふふ」
「そうでしょう? アルは本当に特別だもの」

 レイは動揺を見せず、不老不死を誤魔化した。
 アルの想像を絶する強さのおかげだ。

 二人の会話を聞き、キルスが腕を組みながら頷いている。

「アルが心配だが、あやつのことだ。なんとかなるだろう」
「そうね……。信じてるわ」
「ああ、もちろんだレイ」

 キルスの隣に座るファステルも同じように頷く。

「私もアルを信じてるわ。レイ」

 ファステルの瞳は揺るぎなく、絶対的にアルを信じている。

「あら、ファステル。私もよ? だって私のお義兄様だもの」
「ちょっと! ヴィクトリア!」

 若い君主たちが騒ぐ中、シルヴィアが咳払いをする。

「お主たち会議の場だぞ。じゃがのう、朕もアルは信じておる。アルだから全ての作戦を無条件で承諾しているのだ」
「ふぉっふぉっ。同じく儂もじゃよ。アルだからこそじゃ。アルに早く会いたいのう」

 二人の言葉にレイが驚く。

「まったく……。あの子は。どこまで人を惹きつけるのかしらね」

 レイの言葉を聞いたヴィクトリア。
 両手で頬杖をつき、冷やかすような表情でレイを見つめる。

「あらレイ、最も惹かれたのはあなたでしょう? 氷のように冷たいあなたが、騎士団を辞めてまで追いかけたのだから」
「もうヴィクトリア! うるさいわね!」

 君主たち全員の笑い声が響く。
 将軍たちは笑っていいのか分からず、困惑の表情を浮かべるだけだった。
 だが緊迫した状況の中、アルのおかげで和やかな雰囲気となり会議は終了。

 もちろんアルは、自分の名前が出たことも、作戦がスムーズに進んだ理由も知る由がない。
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