上 下
357 / 394
最終章

第344話 黒竜ウェスタード

しおりを挟む
「ヴァルディ、鞍を乗せるよ」
「ヒヒィィン!」

 ヴァルディの背中に鞍を装着し、俺は飛び乗った。

「さあ行こうか」

 鞍にいくつかの荷物をくくり、俺は大きなリュックを背負う。
 エルザとマリンが、数週間分の保存食を用意してくれた。
 この地は気温が低いので、食材の保存も問題ないだろう。

 最も深き洞窟エルサルドは奥に進むほど、感じる風が強くなる。
 周囲の壁は、風の影響で凍っていた。
 俺の鎧は火竜ヴェルギウスの素材で作られた紅炎鎧ファラムだ。
 しかも水竜ルシウスと、氷竜リジュールの素材で強化されており、いくつもの特殊効果が付与されている。
 もし、これらの特殊効果がなければ、この風で俺は凍っていたかもしれない。

 風切り音に、咆哮のようなものが混ざっているように感じる。

「これってウェスタードの声?」
「ウォウ」
「ブルゥゥ」

 エルウッドもヴァルディも分らないようだ。

「二柱はウェスタードに遭遇したことはあるかい?」

 二柱とも首を横に振った。

「そうか、ないのか。始祖といえども住処があるもんなあ。でも、エルウッドは住処を離れてシドと世界を旅してたけどね。アハハ」
「ウォウォウォ」
「ブルゥゥ」

 始祖たちと会話していると、またしても凄まじい咆哮が轟く。
 地面が揺れ、天井から無数の小石が落下。
 希少鉱石まで崩れて落ちてくるほどだ。

「凄いな。紅炎鎧ファラムじゃなかったら、この音で死んでいたかもしれない。二柱ともこの轟音は大丈夫かい?」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」

 始祖の二柱も大丈夫なようだ。
 竜種の装備を装着している俺と、竜種と対をなす生物の頂点たる始祖だから耐えられるが、もしあのまま皆が洞窟に残っていたら危険だった。

 俺たちは、入り口からすでに七キデルトほどの深さにいる。
 だが洞窟は驚くほど真っ直ぐで、未だに出口の光が見えていた。

 ここでまたしても咆哮だ。
 奥に進むにつれ、咆哮の頻度が上がってきたような気がする。

「この空間で咆哮を繰り返すって……。何か意図があるのか?」

 誰に聞かせるというわけでもなく、ただただ反響するだけの咆哮。
 そういえば、狂戦士毒バーサルクは特殊な音に反応すると聞いた。

「も、もしかして……。咆哮を反響させて自分に聞かせているのか?」

 ウェスタードは自らの咆哮で、自らに命令しているのかもしれない。

「もしそうなら、解除は近いかもしれない」

 反響音と振動で感じていた咆哮が、徐々にはっきりと聞き取れるようになってきた。
 間違いなく生物の声だ。

「近いぞ。いいかい二柱とも。今回の目的はウェスタードの狂戦士バーサーカー解除だ」
「ウォン!」
「ヒヒィィン!」

 これまでの俺だったら、竜種は悪とみなし討伐を試みただろう。
 だが、ノルンの竜種と始祖の本を読み、それは間違いだったことに気付いた。

「初めに竜種と始祖が生まれる。竜種が壊し、新たに作る。始祖が育み、終りを告げる。世界は破壊と創造の繰り返し」

 竜種と始祖に関する本の一節を口にする。
 互いに敵対している竜種と始祖だが、世界の地形を作っていくという役割は同じだ。

 俺は竜種を討伐している。
 過ちを戻すことはできないし、許されないかもしれないが、これから新しい関係を築き上げていきたいと考えていた。

 少し進むと約五百メデルトほど先に、黒い巨大な物体が見える。

「ウェスタードだ! 二柱とも警戒を」
「ウォウ」
「ブルゥゥ」

 百メデルトまで近付くと、その全容が確認できた。

 体長は約三十メデルト。
 黒竜の名にふさわしく、全身は漆黒の鱗で覆われている。
 顎下から腹部全体は真紅の鱗だ。

 二枚の巨大な翼。
 広げると全長五十メデルトはあるだろう。
 二本の長い腕、二本の巨大な脚、二十メデルトの長い尻尾、頭部には五メデルトほどの長細い角が、真っ直ぐ二本生えている。
 竜種の眼球は漆黒に金色の瞳孔なのだが、ウェスタードの眼球は真っ白だった。
 狂戦士毒バーサルクによって、狂戦士バーサーカー化した証拠だ。

 姿としてはヴェルギウスに似ている。
 だが、ヴェルギウスよりも遥かに巨体だ。
 ノルンは竜種最強格と言っていたが、この姿を見れば納得できる。

「こ、このウェスタードを捕獲して使役したのか。凄い……」

 ウェスタードを捕獲し使役したノルンとデ・スタル連合国の兵士たち。
 俺は純粋に感心してしまった。
 いくら狂戦士バーサーカーとはいえ、この最強の竜種に挑むなんて考えられない。
 それこそ死にに行くようなものだ。

「グルゥゥゥ」

 ウェスタードが俺たちの存在に気付いた。
 白色の眼球で俺たちを睨みつける。
 まるで上空で輝く満月のようだ。

「グガアァァァァアアァァァァ!」

 それと同時に強烈な咆哮を上げた。
 空気が割れるほどの咆哮だ。
 だが、紅炎鎧ファラムを着る俺に影響はない。

 壁が崩れ、天井から無数の岩が降ってくる。
 俺は両手を上げ頭を守った。

「まさか……これほどとは……」

 俺は正直、今までと同じ竜種なら何とかなると思っていた。
 だが、このウェスタードは明らかにレベルが違う。
 俺はシドとの別れ際の言葉を思い出す。

「アルよ。ウェスタードは古代語で絶望という意味だ。死ぬんじゃないぞ」

 シドの言う通りだ。
 俺は三体の竜種を討伐して、知らずに気が大きくなっていたのかもしれない。
 だけど……。

「やるしかない! やるんだ!」

 額から流れる冷たい汗を感じながら、俺は紅竜の剣イグエルを抜く。
 ウェスタードという絶望に向かって。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~

雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...