鉱夫剣を持つ 〜ツルハシ振ってたら人類最強の肉体を手に入れていた〜

犬斗

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第314話 兄弟の恋愛

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「アガス! お前どうなってるんだ!」

 突然マルコ兄さんが怒鳴って部屋に入り込んできた。

 ラルシュ工業の広大な敷地内にある本部で、最も見晴らしが良い部屋が僕の部屋だ。
 この最高責任者の部屋に手続きもなく入ってこれるのは、ラルシュ王国の幹部か両陛下だけ。

 マルコ兄さんは額に汗をかいている。
 恐らく走ってきたのだろう。

「どうなってるって?」
「シド様から聞いたぞ! お前、その、ロ、ロ、ローザさんと結婚するのか!」
「あ、いや、その……うん。そうみたい」
「そうみたいって!」
「僕も……よく分からないんだ」

 そう、僕はローザさんと結婚することになった。
 空気が読めないシド様の一言から、まさかこんなことになるとは。

 マルコ兄さんの表情は困惑している。

「からかわれてるんじゃないだろうな?」
「ローザさんだよ。そんなことするわけないじゃん」
「まあそうだな。うちの国でそんなことする人自体いないもんな」

 マルコ兄さんの心配も分かる。
 幼い頃に両親をなくした僕ら兄弟。
 マルコ兄さんは僕の親代わりとして、泣き虫だった僕をいつも守って、そして育ててくれた。

「マルコ兄さん。成り行きでこういうことになったけど、僕は改めてローザさんにプロポーズするよ」
「そうか……。そうだな。それがいい」
「成功するか分からないけどね」
「上手くいくさ。でも……ちぇ、弟に先を越されるのか」

 ただの運び屋だった僕たちが、今や一国の幹部だ。
 僕はラルシュ工業の最高責任者で、世界の交通の覇権を取った飛空船建造をメインに様々な製品を製造している。
 アル陛下とマルコ兄さんと僕の三人で立ち上げた会社は、たった五年で世界最高の収益を上げる会社にまで成長した。

 マルコ兄さんなんて、ラルシュ王国の運輸大臣として、飛空船の運行や飛空場の建設など世界に影響力を持つ。

 五年前はアル陛下とオルフェリアさん、僕ら兄弟でクエストに行って同じ荷車で寝ていたのに。
 アル陛下についてきただけで人生が激変。
 しかも、結婚の話まで出るようになった。

「アル陛下についてきただけなのに、こんな人生になるとは思わなかったよ」
「そうだな。あのお方は本当に凄い。俺たち兄弟は一生ついて行く」

 マルコ兄さんの言う通りだ。
 僕ら兄弟は何があってもアル陛下について行く。

「さて、次は兄さんの番だね」
「な! お、俺は……」
「知ってるよ。ユリアさんのこと好きだって」
「バ、バ、バカなことを言うな!」

 マルコ兄さんの顔が茹で上がった大挟甲蟹アキュラータの殻のように真っ赤になっていた。

「ユリアさんだぞ。無理に決まってるだろう」
「やってみなきゃ分からないよ」
「やってみなきゃ……か。そうだな。チャレンジしなきゃ何も変わらないか……」

 マルコ兄さんの顔つきが、何かを決断したよう表情に変化した。

 ◇◇◇

 王城の宰相室に訪れる小柄な女性。
 薄い緑色のショートヘアは少し癖がかっている。
 瞳の色は驚くほど美しい金糸雀色かなりあいろだが、それを隠すかのように大きめのメガネをかけている。

「ユリア宰相に用事だ」

 その言葉を聞いた警備兵が扉を開ける。
 ローザが部屋に入ると、大きな机で書類を作成しているユリアに迫った。

「ユリア、開発機関シグ・ナインの予算の話をしたい」
「何よローザ。アポ取ってないでしょう?」

 大きく溜め息をつき、手に持つペンを置くユリア。
 そして席を立ち、トーマス兄弟が発明したポットの湯で珈琲を淹れる。
 これは燃石で沸かした湯をしばらく保温できるもので、比較的安価なため爆発的に売れていた。

 ユリアが珈琲を淹れたカップをローザに渡す。

「予算はこれ以上増やせないわよ?」
「いや、もういらん。以前のギルドのように、独自会計でやっていけるようになった」
「本当に? あなた鍛冶師なのに凄いわね?」
「まあ、以前のギルドと同じようにしただけだ」
「ふーん。ねえ、そんなこと言いに来たんじゃないでしょう? 本当は何よ?」
「ああ。その……なんだ。け、け」
「け?」
「け、結婚することにした」
「え? け、結婚! あなたが? 誰と? え? 相手なんていた?」
「アガスだ」
「アガス! え? た、確かにアガスはローザのことが好きだったけど……」
「私だけ気付いてなかったようだ」
「あなたはそれほど恋愛に興味ないでしょう?」
「そうだな。男を良いと思ったのはアル陛下くらいだからな」
「ウフフフ。あの子……失礼、アル陛下は皆そうなるのよ。本当に不思議な方よね。私ももっと若ければアプローチしたわよ」
「ククク、そうだな。ユリアは女帝の異名を持つからな。欲しいものは何でも手に入れてきただろう?」
「まあね。でも、今はもう何もいらないわ。仕事も生活も満足してるもの。本当にアル陛下についてきて良かったわ」

 珈琲を口にする二人。

「それにしてもローザが結婚ね。おめでとう。アガスとの年の差は六歳だっけ? まあ良いんじゃない?」
「ありがとう。結婚しても今まで通り何も変わらないがな。あと、証人は両陛下がやってくださる」
「それは良かったわね。幹部で初めての結婚だから、陛下も喜んでるんじゃない?」
「そうだな。お祝いしてくださると言っていたよ」
「良かったわね」
「ユリアはどうするんだ?」
「どうするって?」
「このまま独身なのか?」
「そうね。だって私はもう五十三歳だもの。もういいわ」
「そうか。まあ、何かあったら私が面倒見るよ」
「あら、あなたがそんなこと言うなんて驚いたわ。ウフフフ、嬉しいわ。本当に頼るわよ?」
「任せろ」
「その前にジョージもね」
「そうだな、ジイさんの面倒も見てやるか。ククク」
「ええ、そうしましょう。ウフフフ」

 冒険者ギルド時代から付き合いがある二人は、もう一人の仲間で引退したジョージのことを思いながら笑っていた。

 ◇◇◇

 マルコ兄さんに言われてから、僕はローザさんを食事に誘った。
 街にある超高級レストランの個室だ。
 今日僕はここで正式にプロポーズする。

 席につくと、高級な葡萄酒が運ばれてきた。
 乾杯して一口飲んだ後、僕は意を決する。

「ローザさん、ぼ、僕と結婚してください!」
「お前……何を言ってるんだ?」
「え!」

 ま、まさか、なかったことになっているのか。

「結婚すると言っただろう。今さらプロポーズなどいらぬ」
「ご、ごめんなさい」
「まあだが……その……う、嬉しいぞ」

 ローザさんの顔が仄かに赤い。
 でもローザさんは酒に弱い。
 もう酔ってるのかもしれない。

「ありがとうございます」
「お前その敬語やめろ。夫婦になるんだぞ?」
「え? いや、でも」
「いらん」
「分かりま……分かったよ」
「私だって、適当に選んだわけじゃない。お前は努力家だ。運び屋だったお前がここまで来るのは大変だっただろう。それにお前は優しいし、思いやりがある。家の猫も大切にしてくれたからな。だからお前が良いのだ」

 ローザさんは五匹の猫を飼っていて、何度か遊んだことがある。
 もちろん僕は全員の顔と名前も覚えている。

「あ、ありがとう。ローザさんはもちろん、モジュ、ミニモ、コンス、ポリモ、タウラも幸せにするよ」
「ああ、頼んだぞ」

 僕は心から安心した。
 ローザさんと結婚できる。
 こんなに幸せんことがあって良いのだろうか。

「そうだ。この後マルコ兄さんが来るけど、ユリアさんに告白するそうだよ」
「何? ユリアに? うーむ、それはまずいな」
「どういうこと? マルコ兄さんは前からユリアさんが好きだったんだよ」
「そうだったのか。それは気付かなかった。もちろんユリアも知らんだろう。上手くいくかどうか……厳しいな」

 しばらくすると、マルコ兄さんが来た。
 僕とローザさんの結婚を祝福した後、マルコ兄さんがテーブルに頭をぶつける勢いでお辞儀をする。

「ローザさん、アガスは俺が男手一つで育ててきました。いたらない弟ですけど、何卒、何卒よろしくお願いいたします」
「やめろマルコ。私はアガスの良さを知っている。だから結婚する。お前も私の義兄になるのだ。もう家族だ」
「あ、ありがとうございます」

 マルコ兄さんが涙を流していた。
 両親が死んでからマルコ兄さんの涙なんて見たことがない。
 何があってもいつも毅然としていた。
 そうだ、僕はいつもマルコ兄さんに助けられてきたんだ。

「マ、マルコ兄さん。ありがとう」
「アガス、本当に良かったな。良かったな。幸せになれよ」

 その時個室のドアが開いた。

「ちょっと、兄弟で涙を流してどうしたのよ?」
「ユリア。遅かったな」
「陛下と会っていたのよ」

 改めて四人で食事。
 ローザさんはお酒が弱いけど、ユリアさんは酒豪だ。
 もうすでに葡萄酒を三本も開けている。
 それでも姿勢は崩れず、酔った素振りも見せない。

「ローザもアガスもおめでとう。でもローザが結婚なんてね。アガス、しっかりしなさいよ。ローザを泣かしたら……逆になるか、ウフフフ。ローザに泣かされないよう、ちゃんとやりなさいよ」
「はい! ありがとうございます!」

 ローザさんからありがたいお言葉をいただいた。

 その時、緊張した面持ちのマルコ兄さんが立ち上がる。

「ユ、ユリアさん! 俺と結婚を前提にお付き合いしてください!」
「え? なに急に、どうしたのよ?」
「俺と結婚を前提にお付き合いしてください!」
「結婚? 嫌よ」

 突然告白したマルコ兄さん。
 だが瞬殺。
 アル陛下の突きのような速さだ。
 僕とローザさんは思わず姿勢を崩し、椅子の足を鳴らした。

「そ、そこをなんとか!」

 でも、マルコ兄さんは食い下がる。

「私は今の生活に満足してるもの。それに老後はローザに見てもらうのよ」
「そのローザさんは俺の義妹です! だから俺も面倒を見ます!」
「な、何よその乱暴な論法。ウフフフ。ウフフフ」

 ユリアさんが珍しく大笑いしている。

「ユリアさん、お願いします!」
「あのねえ、私はもう五十三歳よ?」
「年齢は関係ありません」
「あなたいくつだっけ?」
「三十七歳です」
「そっか。やっぱり無理よ」
「ユリアさん、お願いします! 好きです! 幸せにします!」
「もう十分幸せなんだけどなあ」
「もっと幸せにします!」
「ふーん、じゃあ私を好きにさせてみなさいよ。そしたら良いわよ」
「分かりました! 任せてください!」

 これは断られてるのと一緒のような気がするが……。
 でも本当に嫌だったら、ユリアさんもこんな言い回しはしないはずだ。
 脈はあると思う。

 僕は知っている。
 マルコ兄さんは優しくて、努力家で、辛抱強い。
 そして、絶対に諦めない。

「マルコ兄さん、頑張ってね」

 ◇◇◇

 王城の執務室。
 レイが俺に珈琲を淹れてくれた。

「アル、昨日の話を聞いた?」
「え? なに?」
「アガスがローザにプロポーズしたんだって。その時、マルコがユリアに告白したそうよ」
「え? アガスとローザの結婚は知ってるけど、マルコがユリアに告白?」
「ええ。マルコがユリアに、結婚を前提にしたお付き合いを告白したんだって」
「そうなんだ。あ、確か以前、マルコはユリアが気になるって言ってたな。まあ皆大人だし、問題なければいいんじゃない?」
「ふふふ、そうね。でもローザは難しいと思うわよ」
「んー、大丈夫だよ。皆知らないんだ。マルコはとても優しくて、頼りになって、努力家で、辛抱強い。弟のアガスを一人で育てた。それに、文字の読み書きができなかったのに、今や世界に影響力を持つ国家の大臣だよ? 絶対大丈夫さ。マルコは本当に良い男だよ」
「ふふふ、アルが言うとなんとかなりそうね」

 仲間の恋愛ごとには口を挟まないが、きっと上手くいく。
 マルコは冒険者時代からの付き合いだし、俺は誰よりもマルコの人間性を知っているから。

 皆が幸せになっていくことが、俺はとても嬉しい。
 仲間には幸せになってもらいたい。

 もちろん、今は国王という立場だ。
 国民全員に幸せになってもらいたい。

 そのために俺ができることを全力でやっていこう。
 この素晴らしい仲間たちとともに。

 ◇◇◇
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