上 下
293 / 394
第十七章

第281話 アルの功罪

しおりを挟む
 ◇◇◇

 旅する宮殿ヴェルーユはルシウスの強烈な水の槍に備え、上空百メデルトほどまで避難していた。
 そこで全員がアルの戦いを見つめている。
 満月の光は眩しく、この距離であれば目視可能だ。

「シ、シド。アルが偵察どころか、普通に戦ってるんですけど……」

 オルフェリアが呟く。
 額から脂汗が流れていることに気付かない様子だ。
 シドは戦いから目を離さず、オルフェリアに答えない。
 いや、答えられない。

 リマが横に立つレイの腕を掴む。

「な、なあ、レイ。このままだと、アル君はルシウスを倒すんじゃないか?」
「そ、そんなことあり得ないわ。相手は竜種よ。しかも今日初めて遭遇したのよ。いくらアルとはいえ……」

 リマに問われたレイは言葉を濁す。
 現実的にあり得ないと思っていても、初見で竜種を追い詰めているアルの姿を目の当たりにしている。
 リマの言葉に同意せざるを得なかった。

 ローザは腕を組みながら、真剣な眼差しで戦いを見ている。
 自分が打った紅竜の剣イグエルの性能を冷静に確認していた。
 アガスやメイド二人も、その尋常ではない戦いぶりに驚いている。
 そして、戦いから僅かな時間で、海面に崩れ落ちるルシウス。

「レイ! アル君が! と、と、と、討伐……してしまったぞ……」

 叫ぶリマ。
 だが、誰も答えない。
 操縦室に広がる静寂をシドが破った。

「とりあえず、アルをピックアップしよう……」

 ルシウスを討伐したにもかかわらず、船内は重い空気が流れていた。

 ◇◇◇

 海面に浮かぶルシウスの巨体。
 俺は頭部に立ったまま、完全に死んだことを確認。

「やったぞ! エルウッド! ヴァルディ! 竜種相手に勝ったぞ!」
「ウォンウォン!」
「ヒヒィィン!」
「二柱とも本当に凄いぞ!」

 ヴァルディが海の上を歩いて近付いてきた。
 エルウッドはヴァルディの背に乗っている。

「エルウッド! 雷の道ログレッシヴの威力が上がったな。あれは竜種でも耐えられないよ!」
「ウォンウォン!」
「ヴァルディ! 君の走りは本当に凄い! 海の上も走れるなんて! そのうち空も走れそうだな。アハハ」
「ヒヒィィン!」

 超巨大な肉塊となったルシウスが海の上に漂う。
 シドが言うには、海は塩分の影響で浮力が上がるそうだ。

「なあ、ヴァルディ。君は昔、ルシウスと戦ったことがあるんじゃないか?」
「ブフゥゥ」
「やっぱりね。あの水の槍を初見で避けられるわけがない。本当にヴァルディのおかげだよ」

 海上に立つヴァルディの背中から、エルウッドがルシウスの首に飛び降りる。
 そして、ヴァルディと二柱で、ルシウスの血を舐め始めた。
 そのままエルウッドが海に向かって歩き始める。

「お、おい! エルウッド!」

 エルウッドが海上を歩く。

「え? う、嘘だろ? エルウッドも?」

 信じられないものを見たのだが、考えがまとまらないうちに旅する宮殿ヴェルーユが高度を下げてきた。
 後部のハッチが開くとシドの姿が見える。

「アルよ! ひとまず上がれ! ルシウスを回収する! 説教はその後だ!」

 なんで説教なんだ?
 意味不明だが、とりあえず俺たちは船内へ入った。

 ――

「アル!」

 レイが駆け寄ってきた。
 俺の両腕の上腕をさする。

「身体は? 怪我は?」
「大丈夫だよ。無傷だ」
「良かった。もうあなたのすることには口を出さないけど、本当に無理だけはしないで。竜種相手に……あなたは一度……」
「ご、ごめん」

 珍しくレイが声を震わせている。
 そして俺に抱きついてきた、

「お願いよ……もう私を一人にしないで」
「もちろんだよ。今回だって偵察の途中から、確実に勝てると思ったから戦ったんだ」
「うん。分かってるわ」

 怪訝な表情を浮かべながらリマが近付いてきた。

「か、勝てるだって?」
「ああ、エルウッドとヴァルディがいたからね。俺一人なら絶対に無理だったよ」
「だ、だからって……りゅ、竜種が相手だぞ……。な、なあレイ。竜種って、偵察ついでに倒せるものなのか……」

 レイが俺から離れ、リマの顔を見つめる。

「できるわけないわ……アルだからよ」
「そ、正直、アタシはアル君が恐ろしいよ。個人の強さ、始祖を従えるカリスマ性……」

 リマはそれ以上言葉が出ないようだ。

 船内一階は討伐したモンスターを収容できる。
 倉庫の全長は四十メデルトほどあり、どんなモンスターでも収容可能とのことだった。
 だが、ルシウスの全長も約四十メデルトある。

「さて、ルシウスを回収しよう」

 シドが作業用のグローブをはめる。
 オルフェリアもモンスターの革で作られた解体師用エプロンを装着。

「アガス! クレーンを出すぞ!」
「はい!」

 一階の天井に設置されたクレーンと呼ばれる大きな装置。
 シドが開発した特殊な装置で、いくつもの歯車や滑車が連結している。
 これにより、どんな巨体のモンスターでも、簡単に運ぶことができるそうだ。

 シド、オルフェリア、アガスがルシウスの身体にロープを結ぶ。

「俺も手伝うよ」
「アルは休んでいてください! ルシウスを討伐したばかりなんですよ!」

 オルフェリアが両手を俺に向けて大きく振る。
 俺を近付けないようにしていた。

「アガス! クレーンを巻け!」
「はい!」

 アガスが歯車の取っ手を回すと、ロープが巻き取られていく。
 これは以前トーマス兄弟が作った釣り竿のリールを巨大化させ、さらに発展させた装置だ。
 小さな力で巨大なものも運べる。
 すでに国際特許を取得していた。

 あっという間に超巨体のルシウスが海上から引き上げられた。
 乗り物とは思えないほどの広い倉庫だが、その全てを占領してしまったルシウスの死骸。

「アルよ! いきなり設計の最大値を超えるようなモンスターを討伐しないでくれ」
「本当ですよアル様。旅する宮殿ヴェルーユは、どんなモンスターでも収容可能と謳っているんです」
「解体しなければ乗らないかもしれません。ですが、勝手に解体するとジョージ様に怒られますね」

 シド、アガス、オルフェリアが文句を言ってきた。

「アハハ、それを何とかするのが皆の仕事だろ?」
「き、君も言うじゃないか。ハッハッハ」

 やられっぱなしでは俺も悔しかったので、少しだけ国王の威厳を使わせてもらった。
 だが、アガスとオルフェリアは、俺の発言に対し嬉しそうに笑っている。

「かしこまりました!」

 アガスが敬礼した。

 引き上げたルシウスに対し、三人は迅速に対応していく。

「アガス! 防腐処理を頼む!」
「はい!」
「オルフェリア! 解体は必要か?」
「そのまま乗りそうです!」

 シドが指示を出す。
 アガスは元運び屋だし、オルフェリアは凄腕の解体師だ。
 自分たちの仕事を理解している。
 手際良くルシウスを収容した。

「まったく……。旅する宮殿ヴェルーユの処女飛行で、この倉庫に初めて収容するモンスターが竜種なんてあり得んぞ」
「フフ、本当ですね。アルはどこまで行くのでしょう」

 シドとオルフェリアが話し合った結果、ルシウスは解体せずに運ぶことになった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ダブル魔眼の最強術師 ~前世は散々でしたが、せっかく転生したので今度は最高の人生を目指します!~

雪華慧太
ファンタジー
理不尽なイジメが原因で引きこもっていた俺は、よりにもよって自分の誕生日にあっけなく人生を終えた。魂になった俺は、そこで助けた少女の力で不思議な瞳と前世の記憶を持って異世界に転生する。聖女で超絶美人の母親とエルフの魔法教師! アニメ顔負けの世界の中で今度こそ気楽な学園ライフを送れるかと思いきや、傲慢貴族の息子と戦うことになって……。

レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした

桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

転生弁護士のクエスト同行記 ~冒険者用の契約書を作ることにしたらクエストの成功率が爆上がりしました~

昼から山猫
ファンタジー
異世界に降り立った元日本の弁護士が、冒険者ギルドの依頼で「クエスト契約書」を作成することに。出発前に役割分担を明文化し、報酬の配分や責任範囲を細かく決めると、パーティ同士の内輪揉めは激減し、クエスト成功率が劇的に上がる。そんな噂が広がり、冒険者は誰もが法律事務所に相談してから旅立つように。魔王討伐の最強パーティにも声をかけられ、彼の“契約書”は世界の運命を左右する重要要素となっていく。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

処理中です...