上 下
293 / 355
第十七章

第281話 アルの功罪

しおりを挟む
 ◇◇◇

 旅する宮殿ヴェルーユはルシウスの強烈な水の槍に備え、上空百メデルトほどまで避難していた。
 そこで全員がアルの戦いを見つめている。
 満月の光は眩しく、この距離であれば目視可能だ。

「シ、シド。アルが偵察どころか、普通に戦ってるんですけど……」

 オルフェリアが呟く。
 額から脂汗が流れていることに気付かない様子だ。
 シドは戦いから目を離さず、オルフェリアに答えない。
 いや、答えられない。

 リマが横に立つレイの腕を掴む。

「な、なあ、レイ。このままだと、アル君はルシウスを倒すんじゃないか?」
「そ、そんなことあり得ないわ。相手は竜種よ。しかも今日初めて遭遇したのよ。いくらアルとはいえ……」

 リマに問われたレイは言葉を濁す。
 現実的にあり得ないと思っていても、初見で竜種を追い詰めているアルの姿を目の当たりにしている。
 リマの言葉に同意せざるを得なかった。

 ローザは腕を組みながら、真剣な眼差しで戦いを見ている。
 自分が打った紅竜の剣イグエルの性能を冷静に確認していた。
 アガスやメイド二人も、その尋常ではない戦いぶりに驚いている。
 そして、戦いから僅かな時間で、海面に崩れ落ちるルシウス。

「レイ! アル君が! と、と、と、討伐……してしまったぞ……」

 叫ぶリマ。
 だが、誰も答えない。
 操縦室に広がる静寂をシドが破った。

「とりあえず、アルをピックアップしよう……」

 ルシウスを討伐したにもかかわらず、船内は重い空気が流れていた。

 ◇◇◇

 海面に浮かぶルシウスの巨体。
 俺は頭部に立ったまま、完全に死んだことを確認。

「やったぞ! エルウッド! ヴァルディ! 竜種相手に勝ったぞ!」
「ウォンウォン!」
「ヒヒィィン!」
「二柱とも本当に凄いぞ!」

 ヴァルディが海の上を歩いて近付いてきた。
 エルウッドはヴァルディの背に乗っている。

「エルウッド! 雷の道ログレッシヴの威力が上がったな。あれは竜種でも耐えられないよ!」
「ウォンウォン!」
「ヴァルディ! 君の走りは本当に凄い! 海の上も走れるなんて! そのうち空も走れそうだな。アハハ」
「ヒヒィィン!」

 超巨大な肉塊となったルシウスが海の上に漂う。
 シドが言うには、海は塩分の影響で浮力が上がるそうだ。

「なあ、ヴァルディ。君は昔、ルシウスと戦ったことがあるんじゃないか?」
「ブフゥゥ」
「やっぱりね。あの水の槍を初見で避けられるわけがない。本当にヴァルディのおかげだよ」

 海上に立つヴァルディの背中から、エルウッドがルシウスの首に飛び降りる。
 そして、ヴァルディと二柱で、ルシウスの血を舐め始めた。
 そのままエルウッドが海に向かって歩き始める。

「お、おい! エルウッド!」

 エルウッドが海上を歩く。

「え? う、嘘だろ? エルウッドも?」

 信じられないものを見たのだが、考えがまとまらないうちに旅する宮殿ヴェルーユが高度を下げてきた。
 後部のハッチが開くとシドの姿が見える。

「アルよ! ひとまず上がれ! ルシウスを回収する! 説教はその後だ!」

 なんで説教なんだ?
 意味不明だが、とりあえず俺たちは船内へ入った。

 ――

「アル!」

 レイが駆け寄ってきた。
 俺の両腕の上腕をさする。

「身体は? 怪我は?」
「大丈夫だよ。無傷だ」
「良かった。もうあなたのすることには口を出さないけど、本当に無理だけはしないで。竜種相手に……あなたは一度……」
「ご、ごめん」

 珍しくレイが声を震わせている。
 そして俺に抱きついてきた、

「お願いよ……もう私を一人にしないで」
「もちろんだよ。今回だって偵察の途中から、確実に勝てると思ったから戦ったんだ」
「うん。分かってるわ」

 怪訝な表情を浮かべながらリマが近付いてきた。

「か、勝てるだって?」
「ああ、エルウッドとヴァルディがいたからね。俺一人なら絶対に無理だったよ」
「だ、だからって……りゅ、竜種が相手だぞ……。な、なあレイ。竜種って、偵察ついでに倒せるものなのか……」

 レイが俺から離れ、リマの顔を見つめる。

「できるわけないわ……アルだからよ」
「そ、正直、アタシはアル君が恐ろしいよ。個人の強さ、始祖を従えるカリスマ性……」

 リマはそれ以上言葉が出ないようだ。

 船内一階は討伐したモンスターを収容できる。
 倉庫の全長は四十メデルトほどあり、どんなモンスターでも収容可能とのことだった。
 だが、ルシウスの全長も約四十メデルトある。

「さて、ルシウスを回収しよう」

 シドが作業用のグローブをはめる。
 オルフェリアもモンスターの革で作られた解体師用エプロンを装着。

「アガス! クレーンを出すぞ!」
「はい!」

 一階の天井に設置されたクレーンと呼ばれる大きな装置。
 シドが開発した特殊な装置で、いくつもの歯車や滑車が連結している。
 これにより、どんな巨体のモンスターでも、簡単に運ぶことができるそうだ。

 シド、オルフェリア、アガスがルシウスの身体にロープを結ぶ。

「俺も手伝うよ」
「アルは休んでいてください! ルシウスを討伐したばかりなんですよ!」

 オルフェリアが両手を俺に向けて大きく振る。
 俺を近付けないようにしていた。

「アガス! クレーンを巻け!」
「はい!」

 アガスが歯車の取っ手を回すと、ロープが巻き取られていく。
 これは以前トーマス兄弟が作った釣り竿のリールを巨大化させ、さらに発展させた装置だ。
 小さな力で巨大なものも運べる。
 すでに国際特許を取得していた。

 あっという間に超巨体のルシウスが海上から引き上げられた。
 乗り物とは思えないほどの広い倉庫だが、その全てを占領してしまったルシウスの死骸。

「アルよ! いきなり設計の最大値を超えるようなモンスターを討伐しないでくれ」
「本当ですよアル様。旅する宮殿ヴェルーユは、どんなモンスターでも収容可能と謳っているんです」
「解体しなければ乗らないかもしれません。ですが、勝手に解体するとジョージ様に怒られますね」

 シド、アガス、オルフェリアが文句を言ってきた。

「アハハ、それを何とかするのが皆の仕事だろ?」
「き、君も言うじゃないか。ハッハッハ」

 やられっぱなしでは俺も悔しかったので、少しだけ国王の威厳を使わせてもらった。
 だが、アガスとオルフェリアは、俺の発言に対し嬉しそうに笑っている。

「かしこまりました!」

 アガスが敬礼した。

 引き上げたルシウスに対し、三人は迅速に対応していく。

「アガス! 防腐処理を頼む!」
「はい!」
「オルフェリア! 解体は必要か?」
「そのまま乗りそうです!」

 シドが指示を出す。
 アガスは元運び屋だし、オルフェリアは凄腕の解体師だ。
 自分たちの仕事を理解している。
 手際良くルシウスを収容した。

「まったく……。旅する宮殿ヴェルーユの処女飛行で、この倉庫に初めて収容するモンスターが竜種なんてあり得んぞ」
「フフ、本当ですね。アルはどこまで行くのでしょう」

 シドとオルフェリアが話し合った結果、ルシウスは解体せずに運ぶことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~

荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。 ========================= <<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>> 参加時325位 → 現在5位! 応援よろしくお願いします!(´▽`) =========================  S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。  ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。  崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。  そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。  今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。  そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。  それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。  ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。  他サイトでも掲載しています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。 え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。

みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ! そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。 「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」 そう言って俺は彼女達と別れた。 しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。

スキルハンター~ぼっち&ひきこもり生活を配信し続けたら、【開眼】してスキルの覚え方を習得しちゃった件~

名無し
ファンタジー
 主人公の時田カケルは、いつも同じダンジョンに一人でこもっていたため、《ひきこうもりハンター》と呼ばれていた。そんなカケルが動画の配信をしても当たり前のように登録者はほとんど集まらなかったが、彼は現状が楽だからと引きこもり続けていた。そんなある日、唯一見に来てくれていた視聴者がいなくなり、とうとう無の境地に達したカケル。そこで【開眼】という、スキルの覚え方がわかるというスキルを習得し、人生を大きく変えていくことになるのだった……。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

処理中です...