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第十七章

第279話 水の槍

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 旅する宮殿ヴェルーユから飛び出し、海の上を疾走するヴァルディ。
 湖を走った時も驚いたが、海の上ですら走ってしまう火の神アフラ・マーズは尋常ではない。
 エルウッドも含めて、始祖の能力は生物のそれを越えている。

「本当に信じられない」

 海の走った感触としては湖上と変わらない。
 硬い地面というわけではなく、ゆるい泥道の上を走っているような感覚だ。

 ルシウスまでは約一キデルトの距離。
 エルウッドは当然ながら水の上を歩くことができないので、俺の後ろで振り落とされないように座っている。

 ヴァルディにとって一キデルトの距離なんて一瞬だ。
 すぐルシウスに近付いた。

「あ、あれがルシウスか」

 海面から長い首を出しているルシウス。
 その長さは二十メデルトはあるだろう。
 首の長さだけで二十メデルトだと、全身はどれほどの体長になるのか想像もつかない。
 
 ルシウスもこちらの存在に気付く。
 その瞬間、ルシウスは口を大きく開いた。

「うわっ!」

 巨大な口から、突然から海水を吐き出した。
 いや、もはや水ではない。
 凄まじい威力で、水というより巨大な槍を発射したように見える。

 水飛沫を上げ、海面を真っ二つにする水の槍。
 あんなものが当たったら即死は間違いない。
 だが、ヴァルディが超高速で避けてくれた。

「た、助かった! ありがとうヴァルディ」

 もしかしたらヴァルディはあの水の槍を知っているのかもしれない。
 いくら始祖とはいえ初見で躱すのは無理だ。
 それほどの速さと威力を持っていた。

 続いてルシウスは、旅する宮殿ヴェルーユに向かって水の槍を吐き出した。
 見境ないその姿から凶暴な性格が分かる。

「シド!」

 水の槍は旅する宮殿ヴェルーユに直撃。
 衝撃で船体が大きく揺れている。

 一キデルト離れていても、威力が落ちない水の槍。
 直撃した瞬間は心臓が止まるかと思ったが、どうやら無事なようだ。
 ヴェルギウスの素材でコーティングをしていなかったら、間違いなく船体は砕け散っていただろう。

「シド! 頼む! 逃げてくれ!」

 すると、ヴェルーユの高度が上がっていった。
 シドも水の槍を脅威と感じたはずだ。

「ひとまず安心だ。ヴァルディ、シドが逃げるためのサポートだ」

 俺は牽制するために、ルシウスの正面に回る。
 そもそも偵察が目的だ。
 情報を引き出さなければならない。
 俺は観察を始めた。

 ルシウスの長い首は、まるで巨樹のようだ。
 直径は五メデルトほどあるだろうか。

 鱗の色は薄群青色で、首の内側は白色。
 眼球は黒く、縦長の瞳孔は金色に輝く。
 ヴェルギウスと同じ目だ。
 竜種の目は皆同じなのだろうか。

 巨大な頭部は七、八メデルトはあるだろう。
 額の中心には、五メデルトほどの一本の長い角が伸びている。
 口の中には数百本のノコギリ状の歯が並んで見えた。
 しかもその歯は三重になっている。

 首下は海の中で、その様子は全く見えない。

「あの水の槍が厄介だ!」

 一キデルトの距離でも届く水の槍。
 至近距離で直撃したら、身体は跡形もなく消える威力だ。

 ルシウスが眼球を大きく動かし、こちらに視線を向けた。
 そして口を開ける。

「水の槍だ! ヴァルディ!」
 
 ヴァルディは俺の言葉の前に、すでに避けていた。
 水の上を信じられないスピードで駆け抜けるヴァルディ。
 そのまま大きくジャンプし、ルシウスの顔面スレスレを通り過ぎる。

「エルウッド! 今だ!」

 エルウッドが雷の道ログレッシヴを放つ。
 閃光と轟音が発生し、ルシウスの長い角に落雷した。

「ギャオォォウゥゥゥゥ!」

 叫ぶルシウス。
 雷が落ちて平気な生物などいない。
 エルウッド以外は。

 ヴェルギウスにも効いた雷の道ログレッシヴは、ルシウスにも有効のようだ。
 いや、ヴェルギウス以上に効いている。
 水棲生物と雷の相性はいいのだろう。
 それに、ルシウスの角はまるで雷を落としてくれと言わんばかりの形状だ。

「いいぞエルウッド! 効いてるぞ!」

 だが相手も竜種だ。
 これだけで勝てるわけないだろう。
 ルシウスは一旦海へ潜った。

 以前戦ったヴェルギウスは溶岩を飲み、体内で固めて岩石として吐き出した。
 その数は六発が限度だったが、ルシウスの周囲には水が無限にある。
 水の槍は限度なく吐き出すと見るべきだろう。

「ヒヒィィン!」

 突然、ヴァルディが叫ぶ。
 同時にルシウスが潜った方向に背を向けて、超高速で走り出した。
 俺は振り落とされないように、鞍の取っ手を握る。
 ヴァルディには手綱が必要ない。
 全て口頭で通じるからだ。
 それに超高速で走るので、しっかりと身体を固定できる取っ手のほうが人馬共に安全だった。

「グ、ググ……。ど、どうしたヴァルディ」

 あまりのスピードに呼吸ができない。
 あっという間に数キデルト離れたヴァルディは、水飛沫を上げながら海面を滑るように停止。
 そして、そのまま海上で立ち止まり振り返った。

 その瞬間、ルシウスが潜った地点を中心に、海面が山のように盛り上がる。
 そして高さ百メデルト以上も海水を巻き上げ大爆発した。

「ルシウス!」

 海面から飛び出すルシウスが、海面上で爆発を起こした。
 爆発地点を中心に、猛烈な勢いで飛び散る海水。
 凄まじい量の海水を巻き上げ、上空へ大きくジャンプするルシウス。
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