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第十六章

第272話 始祖の血液

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 旅する宮殿ヴェルーユを見学した数日後、俺は朝からシドに呼び出されていた。

 場所は旅する宮殿ヴェルーユ内にあるシドの研究室だ。
 シドは居住区二階にある自由作業室の一部屋を、勝手に自身の研究室へ改築していた。
 まあ誰からも文句がないので別に構わないのだが。

「アル、来てもらってすまないな」
「いいよ。あ、これ。オルフェリアから弁当頼まれた」
「ああ、ありがとう」

 オルフェリアの愛妻弁当だ。
 ついでということで、俺の分も作ってもらっていた。

「あと、夕飯はシドの好きな黒森豚バクーシャのスペアリブだってさ。いいなあ。あれ美味いんだよな」
「そうか! それは楽しみだ。今日は早く帰るとしよう」

 俺は三メデルト四方の部屋を見渡す。
 他の作業室とは違い、少し広くスペースを取ってある。
 とはいえ船内だ。
 いくつもの本や試験道具などが所狭しと並んでいて、男二人では狭く感じる部屋だ。

「実はな、君だけに報告があるんだ」
「報告?」
「ああ、これは私と君だけの秘密だ」
「な、何、どうしたの?」
「エルウッドのことだ」
「エルウッド? ど、どうしたんだ!」

 シドが二本の試験官を取り出した。

「エルウッドの血液と始祖火の神アフラ・マーズの血液だ」
火の神アフラ・マーズだって! ど、どうやって?」
「それがな、私も驚いたのだが、アルが不在中に一度だけアフラに来たのだ」
「え? 何しに?」
「分からん。ふらっと立ち寄った。始祖が人の住む地域に出てくるなんて聞いたこともないからな」

 ヴェルギウスの討伐は火の神アフラ・マーズの力が大きい。
 火の神アフラ・マーズの協力がなければ、正直討伐は無理だった。
 火の神アフラ・マーズが俺たちに心を開いているか不明だが、興味を持っているのは確かだろう。

「私とエルウッドが対応した。その際ダメ元で火の神アフラ・マーズに採血を依頼したのだが、驚いたことに応じてくれたよ」

 始祖の採血なんて、史上初ではなかろうか。
 シドも大概無茶をする。

 シドが目の前で二本の試験官を並べた。

「結論から言おう。エルウッドは始祖の可能性が高い」
「は? エルウッドが……始祖?」

 シドは何を言っているんだろう。
 エルウッドが人類の想像を超えた最上種族である始祖だって?

「種族の違うエルウッドと火の神アフラ・マーズの血液成分が限りなく似ていたのだ。こんなことはあり得ない」
「じゃ、じゃあ、エルウッドは十四柱目の始祖になるのか?」
「その可能性は高い。それに不思議だったのだが、現在は雷の名を持つ始祖はいない。つまり雷の神イル・ドーラだ」
「う、嘘だろ! エ、エルウッドが雷の神イル・ドーラ……」

 エルウッドは雷の道ログレッシヴを放出する。
 竜種にも通用するほどの威力だし、旅する宮殿ヴェルーユの動力にもなるほどだ。
 さらに、エルウッドは不老不死の石パーマネント・ウェイヴスの素材となる。
 確かに生物として、その能力は常軌を逸しているだろう。
 雷の神と言われてもおかしくない。

 シドが珈琲を淹れてくれた。

「アルよ。私たちは世界の深淵を覗こうではないか。もっと研究して世界の理に近付こう」
「そうだね。せっかく飛空船もできるのだから、世界を旅して研究しよう」
「ハッハッハ。まったく、アルのおかげで生きるのが楽しくて仕方がない。感謝するぞ」
「な、なんだよ。これまではつまらなかったのかよ」
「……ああ。今までは生きることが苦痛だった。正直な……ずっと死にたいと考えていた」

 俺はシドの壮絶な人生を知っている。
 だからこそ、人生を楽しんでもらいたいと思っていた。

「そ、そんなこと言うなよ!」
「ハッハッハ! すまんすまん。だが今は違うぞ。君とレイがいて、何より愛するオルフェリアがいる。国まで作った。楽しいぞ」
「そうだよ。俺たちの国はこれからなんだって」
「ああ、もちろんだ」

 シドが俺の肩に手を乗せてきた。
 こうしていつまでもシドと、仲間たちと一緒に過ごせたらと思う。

 俺はふと丸い窓に目を向けた。
 外はすでに暗くなっている。

「あ! シド! そろそろ帰らないとオルフェリアに怒られるぞ!」
「そ、そうだった! オルフェリアが夕食を作ってくれているのだった!」
「オルフェリアは怒ると怖いからなあ」
「アルよ! 一緒に帰ってくれ! 一緒に夕食を食べようではないか!」
「嫌だよ! 俺は自分の家に帰るよ。メイドの二人が料理を作ってくれてるもん」
「くそ! この薄情者め!」
「なんとでも言え!」

 俺たちは言い争いながら、走って家に帰った。
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