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第十四章

第252話 永遠の愛

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 ウィルがカル・ド・イスクの身体を一気に駆け上る。

「させねーよ!」

 そう言い放ち、二本の剣でカル・ド・イスクの顔面を斬った。
 アタシも腹部を斬りつける。
 手応えは十分だ。
 苦痛の声を上げるカル・ド・イスクだが、狂戦士バーサーカーを発動する強烈な咆哮にはいたらなかった。

「よし! 防いだぞ!」

 レイの狂戦士バーサーカー化を阻止できた。
 すると、レイがついにカル・ド・イスクを標的にした。

 狂戦士バーサーカーは完全に解除されておらず、人の力を超えた凄まじい攻撃を繰り出す。
 ひたすら斬る。
 斬りまくる。
 鱗を斬り、肉を裂き、血が舞う。
 吹き出した血が霧状となって、レイの身体を包む。
 カル・ド・イスクが雪を纏うなら、レイは血を纏う。
 残酷な姿が、あまりにも美しく見えた。

 だが、カル・ド・イスクも最強格のネームドだ。
 ただ黙ってやられるわけではない。
 レイの背中に狙いを定め、長い尻尾の先端にある毒針を突き刺す。

「危ない!」

 アタシが叫ぶと同時に、尻尾を剣で弾く音が響く。
 ナタリーがレイの背中を守っていた。

「ま、まだ私も動けるぞ!」

 満身創痍のナタリーは、レイのサポートに回った。
 自らの怪我の状態では、カル・ド・イスクへ攻撃が通用しないと理解しているのだろう。
 冷静な判断力はさすがの一言だ。

 こうなったらカル・ド・イスクは為す術がない。
 Aランク冒険者四人という、人類最高の対モンスターチームだ。

 レイとアタシとウィルで同時に三方向から攻撃する。
 ナタリーはレイの背中を守る。
 カル・ド・イスクの真っ白な鱗は、完全に赤く染まっていた。

 レイの猛攻は続き、厄介だった尻尾を毒針ごと斬り落とす。

「レイ! 凄いぞ!」

 だがカル・ド・イスクは毒針を失いながらも、大量の透明な液体をレイに向かって吹き出す。
 危険を察知したナタリーは全力でレイを弾き飛ばし、その毒を全て浴びた。

「「ナタリー!」」

 アタシとウィルが同時に叫ぶ。
 カル・ド・イスクの毒は麻痺毒だ。
 ナタリーは立ったまま動けない。

 そこへ最後の力を出したであろうカル・ド・イスクが捨て身の突進。
 顎を大きく開け、ナタリーの身体を食いちぎりながら地面に滑り込んだ。

「しまっ! ウィル!」
「クソォォォォ!」

 ウィルが即座にカル・ド・イスクの心臓に二本の剣を突き立てる。
 アタシも全力で腹部を斬りつけた。
 カル・ド・イスクから大量の血飛沫が上がる。

「キィギイィィィィィ!」

 そして、耳をつんざく甲高い断末魔と同時に絶命。

 レイはすぐに起き上がり、ナタリーへ駆け寄る。
 横たわるナタリーの上半身を抱えた。

「ナタリー! ナタリー!」
「レイ……私は……ぐふっ……もう助からん」

 ナタリーは腹部と右足を喰いちぎられていた。
 地面には大量の血が流れ出している。
 ウィルが駆け寄り、ナタリーの下半身にそっとマントをかけた。

「ウィル……あり……がとう」

 レイはナタリーを抱えながら叫んでいる。

「ナタリー! ナタリー!」
「わ、私の可愛いレイ……最後に笑っておくれ」
「ナタリー!」
「わ、笑って……おくれ」
「笑うから、笑うから私を置いてかないで!」

 レイが必死に笑顔を作っている。
 悲しい……笑顔だ。

「ナタリー、私……上手く……笑えてるかな?」
「もちろん……だ。可愛いぞ……お前は世界で一番可愛い……私の娘……だ」
「ナタリー、置いてかないで! お願いよ! 一緒にいてよ!」
「ふふふ……レイ。お前との生活は……楽しかった……自慢の娘だ」
「お、お母さん! お母さん!」
「母と……呼んでくれるのか……レイ」

 ナタリーは大粒の涙を流していた。
 そのナタリーの胸にすがるレイ。

 アタシもウィルも、ナタリーにすがるように膝をつく。
 すると、ナタリーがウィルを見た。

「ウィル……一緒にクエストできて良かった……お前は凄い剣士に……なるよ」
「ナ、ナタリー! オイラ! オイラ! アンタが……」
「ふふふ……いい女を見つけるんだぞ」

 そして、ナタリーがアタシの手を握る。

「リマ……レイを頼むぞ」
「も、もちろんだ! ナタリー、あとは任せろ!」

 アタシは涙で前が見えない。
 ウィルも号泣している。

 レイは血だらけになりながら、ナタリーにすがりつく。

「ナタリー! お母さん! ナタリーお母さん!」
「ふふふ、嬉しいなあ。嬉しいなあ」
「ナタリーお母さん! やだよ! ナタリーお母さん!」
「……そろそろだ。レイの花嫁姿……見たかったなあ。愛し……てるぞ……レイ」
「ナタリーお母さん! ナタリーお母さん!」

 ナタリーは息を引き取った。
 レイの頬に一筋の雫が伝わる。

「ナタリー! 畜生! 畜生! まだ教わりたいことがたくさんあったんだよ!」
「ナ、ナタリー。オイラ、アンタが好きだったんだ」

 アタシとウィルは涙が止まらなかった。

 ――

 アタシたちは見晴らしのいい丘へ行き、ナタリーを埋葬。
 長い時間をかけて祈りを捧げた。
 あれほど強く、優しく、慈愛に満ちた女性をアタシは知らない。
 ナタリーに出会えたことに心から感謝した。

 その日はキャンプを張っている民家で一夜を過ごす。
 血で真っ赤になっているレイを風呂に入れ、とにかく休んだ。
 寝る時はレイの横で手を繋いで寝た。

 翌日、目が覚めると、レイが部屋にいない。
 焦ったアタシはウィルを叩き起こし、レイを探す。

 レイはナタリーの墓の前にいた。
 小さな背中を丸めて、墓に祈りを捧げている。
 こんな子供なのに、あまりにも、あまりにも辛い出来事ばかりだ。
 理不尽過ぎる。
 レイが何をしたというのだ。
 ただ普通に生きることすら許されないのか。
 アタシは深い悲しみと、ぶつけようのない激しい怒りに震えていた。

「レイ、アタシがアンタを守るよ」

 アタシの人生をかけて、レイを守ると誓った。
 祈りを捧げるレイの肩に、そっと手を置く。
 そして、ナタリーの細剣レイピアをレイに渡した。

「レイ、ナタリーの形見だ」
「リマ……」
「レイ、行くよ」
「や、やだよ。ナタリーお母さんと一緒にいる」
「……レイ。気持ちは分かるが」
「やだよ。やだよ。ナタリーお母さんと一緒にいるの」

 レイの悲しいワガママだ。
 レイのワガママなんて聞いたことがない。
 初めてのワガママ。
 できることなら……叶えてやりたい。

「無理なんだ! レイ! 無理なんだよ!」

 アタシは膝をつき崩れ落ちる。

「叶えてやりたいさ! アタシもナタリーに会いたいよ! でも、でも無理なんだ! レイ、ごめんよ」

 とめどなく溢れる涙。
 レイはそんなアタシをそっと抱きしめてくれた。
 レイも分かってる。
 死んだ人間は生き返らない。

「レイ、ごめんよ。ごめんよ」

 アタシたちは、しばらく抱き合っていた。
 いくら天才とはいえ、十五歳の少女にはあまりにも過酷な運命だ。
 本当の両親を亡くし、最愛の養母も亡くした。
 レイのことを考えると胸が苦しくてたまらない。

 どれだけ時間が経ったか分からない。
 泣き続けるアタシをずっと抱いてくれていたレイ。
 離れた場所にはウィルの姿も見えた。

「リマ、ありがとう」
「レイ……」
「もう大丈夫。行きましょう」

 レイは気丈に振る舞っている。
 年上のアタシが泣いていてはダメだ。
 アタシは両腕で必死に涙を拭う。

「ああ、レイ。行こう」

 アタシは立ち上がり歩き始めた。
 レイは最後にナタリーの墓を振り返る。

「……ナタリーお母さん。さようなら。いつまでも……永遠に愛してます」
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