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第十四章

第251話 ナタリーの愛

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 ◇◇◇

 リマとウィルがカル・ド・イスクと戦っている最中、その横でもう一つ激しい戦いが行われていた。

 カル・ド・イスクの毒と咆哮によって操られ、死ぬまで戦う狂戦士《バーサーカー》と化したレイ。
 それを止めるナタリー。
 本気で戦う二人。
 いや、ナタリーはレイの剣を受けるだけで、正確には攻撃を仕掛けていない。
 最愛の娘に攻撃なんてできるわけがない。

 ナタリーは何度もレイに呼びかけていた。

「レイ! 目を覚ませ! レイ!」

 だが、レイは構わずナタリーを攻撃する。
 その姿は、まるで怒り狂ったモンスターのようだ。
 美しい顔は見る影もなく、獰猛な目をナタリーに向け、全ての剣撃を全力で繰り出していた。

「クッ! ペース配分も何もない。レイが壊れるぞ」

 実際にレイの細い腕は、毛細血管が切れ血が滲んでいる。
 レイの美しい剣技とかけ離れた激しく荒々しい剣撃。
 人間は己の肉体を守るために、本能で力を抑えている。
 だが、身体を守るという本能が欠如した今のレイの攻撃は、一撃一撃が人間の力を遥かに超えていた。

 ナタリーはレイの攻撃を躱さず、全て剣で受けとめる。
 避けるとレイの腕に大きな負担がかかるからだ。
 剣で受けることで、その衝撃と負担を全て自分が肩代わりしていた。

「つ、強い!」

 王国騎士団の一番隊隊長として最強を誇っていたナタリーですら、十五歳のレイの攻撃を受けるだけで精一杯だ。
 それでもレイへの呼びかけをやめない。

「レイ! 目を覚ますんだ! レイ! 私だ! ナタリーだ!」

 剣と剣が激しく火花を散らす。
 レイの身体が壊れないように、優しく的確に衝撃を吸収する。
 自分を犠牲にしてレイの身体を守る。
 それはナタリーの愛だった。

 だがそれも限界が近付いていた。
 ナタリーの剣術をもってしても、理性を失くしたレイの全力攻撃を捌ききれない。
 ナタリーの腕から血が吹き出す。

「もう少し、もう少しもってくれ!」

 ナタリーほどの剣士になれば、自分の身体の限界を知っている。
 限界が近いことを悟ったナタリー。
 だが、レイは構わず攻撃を繰り出す。

「ぐうっ!」

 腕から鈍い音が鳴り響き、ナタリーがうめき声を上げる。
 全ての衝撃を負担していた右腕の骨がついに折れた。

「ぐううう!」

 強烈な痛みが身体を貫く。
 しかし、声を漏らしながらも、ナタリーは必死に歯を食いしばった。

 レイの攻撃が止まないからだ。
 むしろ激しさを増すレイの攻撃。
 右腕に続き、踏ん張る右足首の骨も折れた。
 気力ではどうにもならず、僅かに動きが鈍ってしまったナタリー。

 その隙を見逃さず、レイはとどめとばかりに全力でナタリーの頭に剣を振り下ろす。
 苦痛に顔を歪めながら、ナタリーはレイの剣を受け衝撃を全て吸収。
 激しく火花が飛ぶ剣。
 ナタリーはその直後、剣を手放し、レイを強く抱きしめた。

「レイ! 思い出せ! あいつがお前の両親を殺したカル・ド・イスクだ! 思い出すんだ!」

 レイ渾身の一撃で、ナタリーは鎖骨や肋骨まで折れていた。
 食いしばる歯が砕け、口から血が流れる。
 それでも暴れるレイを押さえつけ、レイの耳元で叫ぶ。

「レイ! 思い出せ!」
「ググ……グ」

 レイが暴れながらも声を漏す。

「レイ……レイ! 私の愛しいレイ!」

 涙を流し叫ぶナタリー。
 すると、徐々にレイの動きが弱まる。

「ナ、ナタ……リー……」

 レイがナタリーの名を呼んだ。

「レイ! 相手はカル・ド・イスクだ! お前の両親を殺したカル・ド・イスクだ! 思い出せ!」
「カル・ド・イスク……」

 レイが動きを止め、カル・ド・イスクを睨みつけた。

「あいつ……が……両親……仇」
「そうだ! お前の全てを奪った元凶だ!」
「お父さん……お母さん……仇」

 レイは苦悶の表情を浮かべている。

「グ……ググ」
「レイ! 思い出せ!」
「……仇」

 ナタリーの強い呼びかけに応じたレイは、カル・ド・イスクへ視線を向けた。

 ◇◇◇

 カル・ド・イスクが吐く冷気の塊を避けたアタシは、ウィルと共に猛攻を仕掛けていた。

 ナタリーとレイを邪魔させない目的もある。
 ナタリーは絶対にレイを救う。
 毒を用いた呪いのような狂戦士バーサーカーなんて、本物の愛には敵わないはずだ。

 カル・ド・イスクは完全に手詰まりとなっていた。
 切り札の冷気の塊を避けられ、アタシとウィルの攻撃を浴びる。
 あとはレイを正気に戻すだけだ。

「リマ! レイとナタリーが!」

 ウィルが叫んだのでナタリーの様子を横目でうかがうと、ナタリーはレイを抱きしめていた。

「よし! いいぞナタリー!」

 アタシは歓喜の声を上げた。
 全て作戦通りだ。
 そして、この先の展開も当然想定している。
 カル・ド・イスクはレイを支配下に置くため、必ずもう一度狂戦士バーサーカーの咆哮を上げるだろう。

 超高音の咆哮を上げる際、大きな隙が生まれる。
 その瞬間がカル・ド・イスクの最後だ。
 アタシとウィルでとどめを刺し、断末魔を上げさせ、レイの狂戦士バーサーカーを完全に解く。

 予想通りカル・ド・イスクが大きく口を開け、空気を大きく吸い込む。
 咆哮を上げるつもりだ。

「ウィル! 来るぞ!」
「分かってるよ!」
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