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第十四章

第249話 世界一のお嫁さん

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 アタシたちは時間をかけて入念に準備した。
 何度も作戦会議を行い、徹底的にカル・ド・イスクの対策を練る。

 食料を買い込み、防寒具を揃え、対カル・ド・イスク用の道具を入手。
 それらを数回に分けて、キャンプ地とした集落の民家へ運ぶ。
 準備にかかった金は、準備金でもらった金貨百枚をゆうに超えていた。
 それでもナタリーは惜しみなく金貨を使う。
 全てはレイのためだった。

 民家に運んだ水や食料は一ヶ月分ある。
 燃石も豊富だ。

 全ての準備を終え、アタシたちは村から集落へ移動。
 討伐方法を十分に検討した結果、闇雲にカル・ド・イスクを探すのではなく、この民家を拠点としてカル・ド・イスクの出現を待つことになった。
 ナタリーによるとカル・ド・イスクは活動期に入っており、一度襲った集落を再度襲撃する可能性が高いという見解だ。

 滞在から数日は天気もよく穏やかな日が続く。
 日中は集落内の除雪を行い、カル・ド・イスクとの戦いを少しでも有利になるよう仕込む。
 思った以上に日差しが強く、雪が溶け出してくれたおかげで除雪は楽になっていた。

「いててて。除雪は腰にくるな」
「アンタって身体の頑丈さだけが取り柄だろ?」
「はあ? ふざけんな! この美貌も頭脳もあるだろうが! 何よりアタシはギャンブルに強い!」
「勝ったことあるのかよ……」
「うるせーな! そんなことより、お前の範囲だけ進んでねーだろ! 見ろ! レイの方が遥かに進んでるじゃねーか!」

 アタシはレイを指差す。
 レイは黙々と除雪作業をしていた。
 
「全く……。レイにも負けるなんて、このおチビさんは」
「な、なんだと!」

 その様子を見たナタリーが笑っていた。

「ふふふ。お前たちは本当に仲が良いな」
「「良くない!」」

 夜は討伐の作戦会議だ。
 テーブルにフィギュアを置き、立ち位置やフォーメーションを確認。
 カル・ド・イスクの攻撃を想定して、何度も戦闘シミュレーションを行う。

「やはりこの戦法だな。リマのパワー、ウィルの手数と素早さで撹乱しながら、私とレイでダメージを与えていく」

 ナタリーは盤上のフィギュアを動かしながら結論付けた。
 今後はこの作戦を元に連携の訓練を行う。

 会議が終わり、アタシは少しだけ熱くなった頭を冷やすため外へ出た。
 晴れ渡った夜空、零れ落ちそうな満点の星がとても綺麗だ。

「レイ、星が綺麗だぞ! 見に来いよ!」
「え? 外に出るの?」
「なんだ、夜が怖いのか? フハハハ」
「うん、夜は嫌い。……怖い」
「な、なんだ、そうか。じゃ、じゃあ無理するな」

 こんなに素直なレイは初めてだ。
 だが無理もない。
 過去、毛布に包まれた暗闇の中で父親と母親を失っている。
 それも二回だ。
 暗闇が怖いのは当然だろう。

「レイが怖がらないように、アタシはずっと一緒にいるよ」

 アタシはレイに聞こえないように小さく呟いた。

 ――

 数日後、ウィルが偵察から帰ってきた。

「さみー!」
「おお、おかえりウィル」
「天気は良いんだけど、急に冷え込んできたな」

 アタシはウィルに珈琲を渡した。
 ウィルは「ありがとう」と呟き、カップで手を温めている。
 そしてナタリーの顔に視線を向けた。

「ナタリー、そろそろここに来るかもしれない」
「どうして分かる?」
「雪山の方が吹雪いているんだが、風の音の中に咆哮らしきものが聞こえた。恐らくあの雪山を中心に、周辺を荒らし回っているんだろうさ」
「そうか。準備しよう」

 カル・ド・イスク用の武器や道具を並べる。
 一つ一つチェックし、問題ないことを確認。

「よし道具類は問題ないぞ」
「ありがとうリマ。では食事にしよう」

 その日の夜は、少しだけ豪華な夕食にした。
 来るべき戦いに向けて決起会だ。

「今日の食事当番はレイか」
「ああ、レイさんの料理はマジで美味い。それに比べてアンタはさ……」
「仕方がないだろ! アタシは料理なんてできん!」
「そんなんだからモテないんだよ!」
「うるせー! アタシはギャンブルがあればいいんだよ!」

 ナタリーが笑いながら仲裁に入った。

「ふふふ、人には得手不得手というものがある。押しつけなくてもいいだろう」
「ふーん。まあいいけどね。でもさ、レイさんは何でもできすぎじゃね? 非の打ち所がないよ。完璧すぎる」
「そうか? そう見えるだけだぞ? 私から見たらウィルだって何でもできるじゃないか。お前は聴力もそうだが五感全てが鋭い。それに機転が利くし、正義感も強い。お前は冒険者というより、ギルドハンターに向いてるかもな。騎士団みたいな融通が利かないところは、お前には息苦しいだろう」
「オイラが? ギルドハンター?」

 ウィルが戸惑っている。
 だが確かにウィルの能力なら、冒険者を取り締まるギルドハンターだって容易に務まるだろう。

「な、なあ、ナタリー。アタシはどうだ?」
「リマはそうだな。お前は要人護衛なんかが向いているな。何事にも恐れず立ち向かう勇気を持っている。何より恐ろしく勘が鋭い。そういった感性で危険を察知し、身を挺して警護できるだろう」
「アタシが? 要人護衛?」

 それを聞いたをウィルが笑っていた。

「ナタリー、こんなガサツな女に要人護衛なんて無理さ!」
「な、なんだと! お前みたいなチビに、冒険者を取り締まるギルドハンターなんて無理だろうが!」
「ふふふ、お前たちは本当に仲が良いな」
「「良いわけないだろ!」」

 アタシとウィルは同時に反論した。
 すると、キッチンからレイが戻って来た。

「ねえ、ナタリー。私は?」

 珍しくレイが会話に参加してきた。
 アタシもウィルも驚く。
 だが、一番驚いているのはナタリーだ。

「レ、レイか! そ、そうだな……」

 とても嬉しそうな表情を浮かべているナタリー。
 レイを見つめるその表情は、母親のように自愛に満ちていた。

「ふふふ、レイは何だってできるよ。レイが望めば何でもできる。冒険者でも、学者でも、商人でも、騎士でも、どんな分野でもレイは世界で最も活躍するよ。だが……そうだな、将来のレイは幸せな家庭を築くんだ。結婚して素敵な旦那さんと幸せな日々を過ごす。うん、そうだ。レイは世界で一番綺麗なお嫁さんになるんだ」
「なれる……かしら」
「もちろんだ!」

 アタシはナタリーの言葉を聞いて涙が止まらなかった。

「ぐすっ。そ、そうだぞ、レイ! オマエは世界一のお嫁さんになれるんだ!」
「世界一のお嫁さんってなんだよ! でも、そうだね。レイさんならなれるよ! 間違いないよ!」

 ウィルも薄っすら涙を浮かべている。

「ありがとう」

 レイの表情は変わらないが、少しうつむき、下に真っ直ぐ伸ばした左手の肘を右手でさすっている。
 照れているような素振りだ。

 可愛い。
 可愛すぎる。
 本当にレイは可愛い。

 これほどの完璧な美少女と結婚できる男。
 どんな男だろう。
 Aランクの冒険者か、大金持ちの商人か、貴族か、それとも王族や国王か。
 まあ、あのギルマスだけはないだろう。

 アタシはレイの幸せを見届けようと思った。
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