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第十四章

第245話 一瞬の笑顔

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 ナタリーの表情が少し和らいだ。

「だがな、そのパート先生には七歳くらいの息子がいて、一度だけレイと話したことがあるんだ。あの子はとても優しい子だった」

 ナタリーがくすっと笑っていた。

「あの子はな、レイを元気付けるために、小さな鉱石を見せてくれた。本当に綺麗だった。恐らくあれは蒼星石だったと思う。するとレイがな、その時一瞬だけ、本当に一瞬だけ男の子と狼牙に向かって笑ったんだ。レイが笑ったんだぞ?」
「笑った? レイが?」
「私は涙が出たよ。先生も驚いていた。レイの笑顔を見て、私はレイを元の美しく可愛い子供に戻すために人生をかけようと誓ったんだ。その後も私はレイと王国を旅した。レイは鉱石に興味を持ったようで、旅先の市場で鉱石も見て回ったよ。それから三年。冒険者となり、レイは徐々に感情を見せるようになっている。まだ笑うことはないがな」
「レイの笑顔か。一度見てみたいな」
「あの笑顔は本当に天使だ」
「だろうな。フハハハ」
「ふふふ、あの子はリマに懐いている。いつか見せてくれるだろう」
「え? そうは思えねーんだけどな。フハハハ」

 アタシは照れながらも、その言葉を聞いて内心でとても喜んだ。
 ナタリーと同じように、アタシもレイに人生を捧げようと思い始めていたからだ。

「ちなみに、先生が言うには、レイの容姿は長く保たれると言っていた。つまり老化が遅くなる。カル・ド・イスクの強力な防腐成分と、レイの体質が噛み合ったそうだ」
「おいおい、それってずるくねーか? あの美しさを長く保てるんだろう?」
「まあ、女性としては羨ましくもあるな。ふふふ」

 酒を飲んだことで、少し冗談を言える雰囲気になっていた。
 アタシたちは二本目の葡萄酒を空にする。

 アタシはナタリーも美しいと思う。
 それは外見だけでなく、内面から溢れ出る意思の強さがそう感じさせるのだろう。

「レイは私の訓練にも平然とついてくる。間違いなく世界最高の剣士となるだろう。現時点ですでに私と互角だからな」
「は? ナタリーと? 待てよ! アンタ一番隊の隊長だったんだろ!」
「ふふふ、今あの子が騎士団に入っても通用するよ。それほどの逸材だ」
「じゅ、十三歳だぞ?」

 ナタリーと互角の剣士なんて、この世にそうそういないだろう。
 アタシだってナタリーの足元にも及ばないというのに。

「リマ、今日の話は他言無用だぞ」
「分かってる。墓場まで持っていくさ」
「ありがとう」

 ナタリーとレイの過去を知った。
 特にレイは……十三歳ですでに壮絶な人生を送っている。
 それに比べてアタシは呑気に生きてきた。

「ナタリー、アタシもレイの力になりたい。帝国へ行くよ。これからもアンタらと一緒に行動する。アタシもレイを守る」
「ふふふ、ありがとう。だが、レイの方が強いがな」
「うるせー!」

 笑いながら、三本目の葡萄酒で乾杯した。

 ――

 アタシたちはイーセ王国から出て、フォルド帝国の地方都市へ活動拠点を移した。

 しかも、その街はアタシが勝てる賭博場もある。
 クエストがない日は入り浸っていた。
 これまで負けた分も取り返すことができそうな程の勢いだった。

「リマ。またここにいるの?」
「レイ! なんだよ、オマエが賭博場に来るなんて珍しいな」
「クエストよ。ナタリーが探してるわ」

 レイが呆れた顔をして立っていた。
 レイの美貌に全員の男が振り返る。
 だが、すぐに噂のレイ・ステラーと分かり、視線を逸らす。

「あなたね、勝負師なんて言われるようになってるけど、恥ずかしくないの?」
「う、うるせーな! 勝ってるアタシに嫉妬してんのか!」
「は? 死にたいの?」

 レイが細剣レイピアの柄に手を置く。

「じょ、冗談だろ!」
「……全く、ほどほどにしなさいよ?」
「バカだな、レイ。勝てる時に勝っておくんだ!」
「いつになったら治るのかしらね。その病気」
「びょ、病気じゃねーし!」

 アタシはツキまくっており、ギャンブルで勝った金で高い装備品を揃えることもできた。
 ナタリーとレイは呆れていたが。

 だが、アタシにとっての幸せな日々は、そう長く続かなかった。
 せっかく勝てていたこの賭博場を、ロヴィチ・ヴァトフという男に潰されたのだ。
 もし会う機会があれば、その時は殺すと誓った。

 レイと知り合って約半年。
 今ではレイと普通に会話するようになった。
 レイは少しずつ人間味と柔らかさを見せ始めている。
 十三歳なのに、おとなびた話し方はナタリーの影響だろう。
 それも微笑ましく思えた。

 あるクエスト出た時に、ナタリーがアタシの肩に手を置いてきた。

「リマのおかげだ」
「な、なんだよ!」
「レイに少しずつ人間味が見えてきただろう? リマが人間の様々なところを見せてくれるおかげだ。私から見てもお前は面白い」
「おい、それって褒めてねーだろ!」
「ふふふ、褒めてるぞ」

 酷いことを言われたような気がするが、レイが喜んでくれているのなら嬉しい。
 だが、時折見せる氷のような冷たい表情と、容赦のない残虐な性格、そして圧倒的な武力で冒険者からは恐れられていた。
 子供だと舐めてかかり、乱暴しようと迫ってくる男を躊躇なく斬る。
 一部からは氷の美少女と言われているほどだ。

 その後もアタシたちパーティーは、順調にクエストをこなしていった。
 そしてクエストで稼いだ金で、アタシとレイはAランクを受験。
 アタシは辛うじて合格。
 レイは余裕で合格だ。
 それどころかレイは、地獄の体力試験では史上初の満点を出し、冒険者ギルドに衝撃を与えていた。

 アタシの十九歳でAランク合格も驚異的だったのだが、レイの十四歳でAランク合格は当然ながら最年少記録。
 ギルドでも、レイを特別な存在として見るようになっていた。

 レイは美しさも含め、帝国内のギルドでも知らない者はいないほどの評判となっていた。
 帝都でレイと面会したギルドマスターなんて、レイにプロボースして本気で殺されそうになったほどだ。
 にもかかわらず、あのギルマスは笑っていた。
 ナタリーが止めなければ死んでいただろうに。
 頭がおかしいのだろうか。
 いや、間違いなく頭はおかしい。

 その後、アタシたちはフォルド帝国を転々とし、活動の地をウグマに決めた。
 ウグマはウグマ州の州都で大都市だ。
 ギルトはウグマに保有している邸宅を、Aランク冒険者であるナタリーとレイに貸し出した。
 しかも執事やメイドもいる家だという。
 一流の冒険者の証しだ。

 だが、アタシだけは安宿に泊まっていた。
 Aランク冒険者でかなり稼いでいたのだが、アタシは金がなかった。
 前の街であれほど勝てていたギャンブルも、ウグマでは全く勝てずにクエストで稼いだ金が消える日々。
 ナタリーはギャンブルをやめたら一緒に住んでいいと言ってくれたが、ギャンブルをやめるくらいなら死んだ方がマシだと突っぱねた。

「クソッ! やっぱりあのロヴィチ・ヴァトフって奴のせいだ! 絶対に殺してやる!」

 そんな日々を過ごしながら、アタシが二十歳、レイは十五歳になった。
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