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第十四章

第244話 さらなる不幸

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 大きく息を吐くナタリー。

「村の再建も終わり、これからって時に……あの村はまたしてもモンスターに襲われたんだ」
「なんだって!」
「報告を受けた私は全速力で村へ駆けつけた。すると、凍ったレイの母親がありったけの毛布を抱えていた」
「毛布? ま、まさか……」
「ああ、毛布の中にはレイがいたよ。その時からだ。レイは感情をなくしたように冷たく、何事にも動じなくなっていた。そして時折恐ろしい攻撃性を見せるようになった」

 そうだったのか。
 だからレイは表情が固く、感情を表に出さないのか。
 いや出せないのか。
 親を二度もモンスターに殺され、自分だけが生き残ったのだ。
 無理もない。
 だが、どうして攻撃性まであるのだろうか。

 そんなことを考えながらナタリーを見つめると、その表情は悲しげだった。

「私はレイを引き取り養子にした。そのタイミングで一番隊隊長になったので、王都でレイと生活を始めた。だが、レイの感情は戻らない。何人もの医師に見せたのだが、何も改善されなかった。それどころか、私が目を離した隙に、レイに手を出そうとする医師がいてな。……レイは……医師を殺したよ」
「こ、殺したのか?」
「そうだ。武器なんか持ってないのに、医師が使っていたペンを奪い喉に突き刺したんだ」
「ペ、ペンで人を殺すだと? まだ十歳だろ?」

 ナタリーが「そうだ」と小さく呟き、葡萄酒を一気に流し込む。

「これが問題になってな。私は全ての責任を取って退団した。娘が人を殺したのだ。ただ、その医師は数多の問題が発覚したから、結局罪に問われなかったがな」
「じゃあ、騎士団を辞める必要はなかったんだろう?」
「まあそうだな。私は騎士団を変えるという志を持っていた。不正に塗れた騎士団を正し、貧しい人でも安全を享受できるようにしたかった。そして、誰もが自由に騎士を目指せるようにしたかったんだ」
「た、確かに聞いたことがある。貧しいと冒険者ギルドどころか騎士団すら頼れないって。そして、騎士になるには家柄が必要だってことも」
「リマの言う通りだ。だから、そういった悪しき風習を変えたかった」

 アタシごときの人間でも、ナタリーの言ってることは素晴らしいと思う。
 ナタリーは間違いなく、騎士団で将来を嘱望されていただろう。
 一番隊の隊長だから、もしかしたら団長候補だったのかもしれない。

「じゃあ、なぜ辞めたんだよ!」
「レイだ」
「レイ?」
「ああそうだ。私にとってレイが全てだ。私はレイがこの先、生きていくための力をつけ、何かに興味を持って欲しかった。だから他国の言葉や文字、様々な知識、そして剣を教えた。だが、あの子は天才だった。教えたことは全て瞬間的に吸収する」
「す、凄いな。本当に天才っているんだ」
「そうだな。だが、さすがに平気で人を殺すとは思わなかった。私は悩んだよ。剣を教えて良かったのだろうかと……」

 ナタリーは葡萄酒を口に含む。

「それと同時に、レイの心は壊れてると思い始めてな。それを治す旅に出るため退団を選んだのだ。それから国中を旅したよ。そこで、元医療機関シグ・シックスの局長だった医師がいると噂を聞きつけ、ラバウトまで行ったんだ。その医師は普段街にいないというのだが、運良く診てもらうことができてな。レイの状態は精神的なショックと、さらにモンスターの毒の影響ということが分かったのだ」
「毒?」
「そうだ。その医師、パート先生は村を襲ったモンスターが凍蝙蝠竜ラヴィトゥルと見抜いたよ。さすがはギルド最高の医師と呼ばれていただけある」
凍蝙蝠竜ラヴィトゥル!」

 ◇◇◇

 凍蝙蝠竜ラヴィトゥル

 階級 Bランク
 分類 竜骨型翼類

 体長約三メデルト。
 中型の翼類モンスター。

 灰褐色の鱗で全身を覆われており、腕から進化した二枚の大きな翼を持つ翼類モンスター。
 だが飛行はあまり得意ではない。
 翼に関しては飛行よりも、全身をマントのように覆うことに使われる。

 雪山に生息する。
 二本の足には四本の大きな鉤爪を持ち、洞窟などの天井部分にぶら下がっている。

 尻尾の長さは二メデルト。
 細く引き締まっており、先端は鋭く尖った毒針になっている。
 獲物に突き刺し即効性の麻痺毒を注入するため、麻痺した獲物は雪山で凍死する。

 凍った獲物を巣に持ち帰り、保存食にする習性がある。
 また、毒には防腐成分があり、雪山という条件であれば数年は保存可能。

 ~追記~

 この防腐成分は、冒険者ギルドのモンスター防腐処理の技術に採用されている。
 なお、防腐成分は冒険者ギルド医療機関シグ・シックス局長バディ・パートが発見し、ギルドが国際特許を取った。
 
 ◇◇◇

 アタシはモンスター事典を思い出した。

「しかもな、パート先生が言うには、通常種の毒とは成分が違うそうだ」
「つ、通常種?」
「ラヴィトゥルの固有名保有特異種ネームドモンスターカル・ド・イスクだ」
「ネームド! カル・ド・イスク!」

 アタシは全身から一気に汗が吹き出した。
 ネームドの名前を聞いて、平常心でいられる冒険者なんていない。
 突然変異で、恐ろしい力や能力を持ったモンスターがネームドだ。
 しかもカル・ド・イスクは、ネームドの中でも恐ろしいほどの残虐性を持ってることで知られている。

「カル・ド・イスクの毒には、生物の攻撃性を高める成分がある」

 アタシは言葉が出なかった。
 あのレイにそんなことが起こっていたなんて。

「レイは毒を注入されたのではなく全身で浴びたそうだ。そのため、麻痺の効果は比較的早く解けた。もし体内に注入されてたら、大人でも二日、三日は動けない。子供なら死んでもおかしくないそうだ」
「そ、そんな……」
「カル・ド・イスクの毒を浴びると、狂ったように他者を攻撃するのだが、レイは親の死で精神に大きなショックを受けたことが幸いした。感情をなくしたおかげで、今は攻撃性が抑えられている。だが、時折容赦ない攻撃性を見せるだろう?」
「た、確かに……」

 躊躇せず人を殺すレイだ。
 アタシもその姿は見ている。
 だから実は、アタシもレイには細心の注意を払っていた。
 それはレイが怖いというわけではなく、いつアタシに攻撃をしてくるのか分からないからだ。
 まさか、カル・ド・イスクの毒のせいだったとは思わなかった。
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