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第十四章

第243話 レイの素顔

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 アタシはその日、宿屋の酒場でナタリーと酒を飲んでいた。
 レイは部屋にいる。
 強いと言ってもまだ子供だ。
 そろそろ寝る時間だろう。

 ナタリーは葡萄酒を好む。
 アタシは酒なら何でもいい派だ。
 今は麦酒を飲んでいる。

「リマ。悪いがイーセ王国を出ることにした。フォルド帝国で活動したい。ついて来れるか?」
「フォルド? なんで?」
「ああ……正直に話すよ」

 ナタリーは真っ赤な葡萄酒が入ったグラスを少し傾けた。

「私はな、クロトエ騎士団の隊長だったのだ」
「クロトエ騎士団? え? 王国の騎士団じゃないか! しかも隊長って! 最高戦力の一人だぞ!」
「私はそこで一番隊隊長だった」
「い、一番隊隊長って……騎士団のエースだろ!」
「まあ……そうだな」

 ナタリーが照れたような笑いを浮かべ、葡萄酒を飲む。

「最近、団から戻ってくるように通達があった。だが私はもう騎士団に戻らない。レイがいるからな。レイを一人前にするまでは、あの子と絶対に離れない。だから、このまま王国にいると面倒なことになる。あの子を連れてフォルド帝国へ行く」
「な、なあ。何でそこまでレイにこだわるんだ? 血は繋がってないんだろう?」

 ナタリーが店員を呼び、葡萄酒のグラスを一つ注文。
 グラスを持ってきた店員がアタシに葡萄酒を注ぐ。
 その様子を眺めているナタリー。
 店員が離れるまで待っているようだ。

「リマ、今から話す内容は覚悟を持って聞いてくれ。そして他言無用だ。レイ本人にもだ。もしあの子が将来結婚したとしても、相手にも絶対に言うな。墓場まで持っていけ」
「わ、分かった」
「誓えるか?」
「ああ、リマ・ブロシオンは我が剣にかけて誓う」

 ナタリーが「ありがとう」と小さく呟く。
 そして瞳を閉じた。 

「六年前、私は八番隊隊長だった」
「八番隊というと、守護地は王国最北端のユニオ地方か。雪原地帯じゃないか」
「そうだ。そこで一つの村がモンスターに襲われたと報告があってな。翌日には村へ向かった。村では多くの家屋が破壊されていたよ」

 ナタリーが一気に葡萄酒を煽る。
 アタシもそれに合わせ葡萄酒を飲み干す。
 ナタリーは新しい葡萄酒のボトルを注文した。

「村を調査していると、集会場のような大きな建物が半壊していた。入ってみると、五人ほどの男が集団で輪になって死んでいたんだ。だが様子がおかしくてな。何枚にも重ねた毛布を抱きかかえて死んでいた」
「毛布?」
「そうだ。不審に思うだろう? 私は祈りを捧げ、死んでいる男たち全員を引き離した。すると、毛布にくるまっていた二人の人間が現れた。少女と女性……レイと母親だった」
「レイと母親?」

 新しい葡萄酒が運ばれてきた。
 これはアタシでも知っている高級な銘柄だ。
 店員が新しいグラスに葡萄酒を注ぎ、一礼して離れた。

「二人とも奇跡的に生きていた。母親に話を聞くと、村は突然モンスターに襲われたそうだ。モンスターは吹雪を巻き起こした。男たちは助からないと悟り、ありったけの毛布を持ち寄りレイと母親を守った。男の中にはレイの父親もいたよ。レイの母親は死んだ夫を前にして泣いていた。七歳のレイは状況をよく分かっていなかったが、母親が泣いている姿を見て泣いていたよ。私がレイの泣き顔を見たのはそれが最初で最後だった」

 ナタリーが葡萄酒を口に含む。

「我々はレイと母親を保護した。八番隊本隊が駐屯するユニオ地方の最大都市へ引っ越すように伝えたのだが、母親は助かった村人と共に村の再建を選んだ。気持ちは分かる。私でもそうしただろう」
「そうだろうな。故郷は捨てられない」
「だから、八番隊は可能な限り援助した。私も暇を見ては村に顔を出したよ。レイの母親とは年齢も近かったし、とても仲良くなってな。彼女とは色んな話をした。素晴らしい女性だ。何より彼女は本当に美しかった。まあレイの母親だから当然か。八番隊の隊員も喜んで彼女を手伝ってたよ。ふふふ」
「じゃ、じゃあレイの母親は今どこに?」

 ナタリーの表情が一変。
 うつむき、暗い表情となった。

「……それから三年。十歳になったレイは、それはもう可愛くてな。明るくて素直な子に育った。私が村へ行くとナタリーと呼んで、抱きついてくれるんだ。まさに天使だったよ。母親も、村人も、隊員たちも、私も含め全員がレイは王国一、いや世界一の美女になるのは間違いないと思っていた。だが、また地獄が訪れた」
「え? ど、どういう」

 ナタリーは拳を強く握りしめた。

「すまん、少し酒を飲む」

 ナタリーは自分のグラスに葡萄酒注ぎ、一気に煽った。
 そんな飲み方をする葡萄酒ではない。
 きっと、飲まなければ話せないようなことなのだろう。
 空になったナタリーのグラスに、アタシは葡萄酒を注いだ。

「すまんな。ありがとう」

 ナタリーがグラスを見つめていた。
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